❸一筋の光
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「待ちなさい」
いきなり姿を現したローブ姿のセナに、男達はあからさまな動揺を示す。だが、間違いなく相手は一人。しかも声から女と分かったのだろう、直ぐに暴力的な空気を取り戻した。
追われていた少女は呼吸をするのもキツいのか、手を地面について動けないようだ。
「邪魔だ。余計な手出しをするなら……いや、ソイツの顔を見た以上、無事に帰す訳にいかないな。ふん、くだらない正義感なんて出しやがって」
「……一応悪者か確認しようと思ってたけど、聞くまでもなかったね」
「はん! 無手の女一人、多少腕に覚えがあっても」
会話をしながら事前に準備済み。そんな精霊魔法をセナは解き放つ。
「風の精霊よ。力を私に」
そう。やると決めた以上、会話さえ無駄だ。セナの経験からベラベラ喋る輩に大した奴はいない。もちろん例外もあるが。
ドバッとセナの背後から強い風が発生し、不可視の刃となって男達を襲った。完全な不意打ちのため、殺す事も出来たが……手足、剣やナイフの持ち手を切り裂いた。一気に出血が起き、遅れて痛みが襲う。
「な! ぐ、ぐあっ……! ま、まさか、精霊使いか!」
いきなり痛みが走ったのだろう、全員が腕や手を抑え、蹲る者ばかり。唯一はさっきから一人喋っていた男だが、彼もやはり脂汗を額に掻き始める。縦に切れたので、相当な激痛が走っているはずだ。
「早く血を止めないと死ぬよ。まだやるなら」
セナは続いて火の精霊を召喚。別名を火蜥蜴と言い、予め対処法を用意しておかないとかなり厳しい相手だ。名前の通り、真っ赤な炎を纏うトカゲに見える。魔法剣などの魔力の籠った武具や、魔法自体を撃てないと通常は勝てないだろう。
「くそが……なんでこんな場所にエルフが居るんだ!」
全く顔も見えないので、精霊魔法からそう判断したようだ。まあ黒エルフなぞ、まずヒトの世界では見掛けない。精霊魔法を戦闘で使いこなすエルフは例外なく強者であり、男も当然にそれを知っている。
「死にたいみたいだね」
火蜥蜴がチロチロと炎の舌を出し、今にも火炎を吐く仕草をした。それを見た者達は悲鳴を上げ、血を噴き出しながらも逃げ出すしかない。
「ち、ちきしょう!」
最後の男も逃走に入り、路地裏からヒトの姿が無くなった。だが、セナは油断せず召喚したままにしている。暫くそうしていると気配も完全に消えて、軽く息を吐きつつ精霊を還した。そうして背後に振り返ると更に深い溜息を溢すしかない。
どうやら気を失い、そのまま倒れてしまったようだ。
「……こんな場所に残していく訳にもいかないか」
出来るだけ関わらないつもりだったが、この状況では仕方ない。セナは自分の家に連れ帰るべく、横たわる少女を抱え上げた。丁度お姫様抱っこの姿勢になり、オーラヴ村に着いた初日の夜が頭に浮かぶ。いきなり石のナイフで襲い掛かって来た、あの戦闘狂エルフ少女のことだ。
「……馬鹿みたいに騒がしいと思ったら、セナかよ」
「あ、親父さん」
つい先ほど後にした雑貨店の店主ジャレッドが、ノソリと隠し扉から顔を出していた。まああれだけ煩い声を出されて、おまけに精霊魔法まで使ったのだ。ご近所迷惑甚だしい話だろう。
「お前、また金にもならないヒト助けを……困ったヤツって……その抱えてる子は」
少女の長めの髪は赤色。小柄な細い体も"らしさ"を見せている。
「気絶、いや、疲労からかも。えっと、さっきそっちから逃げて来て、それで」
「そんな事じゃない。セナはその子を知らないだろうが……」
「知り合い?」
「だー! とにかく店に入れ! このままはまずい!」
強引に腕を掴み、セナ達を再び店に連れ込む。最後に周辺を警戒した後、ジャレッドは扉をしっかりと閉めた。
「そうだな、とりあえずそこのテーブルに寝かせよう。邪魔なのを避けるからちょっと待ってくれ」
戻って来たジャレッドはテキパキと指示を出し、奥から毛布を持ち出して来た。それを片付けたテーブルの上に敷き、簡易ベッドが完成したようだ。
「親父さん、悪いけどお水を一杯貰える?」
「あん? どうした?」
「ちょっと気持ち悪くて、口の中を濯ぎたい」
「? まあ良いが」
不本意ながら戦い、見たくもない血を大量に見てしまった。未だ慣れない赤色の不快感に、セナはほんの少しだけ吐き気を催していたのだ。それを知らないジャレッドは不思議そうにコップ一杯の水を持って来てくれた。
「ありがと」
「うがいするならあっちだ」
「うん」
赤い髪は少し傷んでおり、肌も荒れ気味。
セナを含むエルフの様な種族が特殊なだけで、一般的な生活を営んで来たヒト種ならば珍しくもない。まあよくいる町娘と言えばしっくりくるだろう。
そんな容姿を持つ少女は未だ意識を取り戻せない。セナはあることが気になって、彼女の口元に顔を近づけた。
「お、おい、何を」
意識不明の女の子に無理矢理口付けをしようとしている。そんな風に見えたジャレッドは思わず聞いた。だが直ぐにセナが行った行為の意味を知る。クンクンと口元の匂いを嗅いでいるようだ。
「弱いけど……薬。多分痺れるやつ、と思う。もしくは眠りかな」
「ちっ、一服盛られたのか。こんな子供に何てことを」
「だから気を失ったんだね。むしろ良く此処まで逃げて来れたと思う」
「命に影響は?」
「それはないよ。そんな毒なら走ったり出来ないし。暫くしたら薬も抜けて目を覚ますでしょ。それより親父さん、この子を知ってるみたいだったけど」
「あ? ああ、まあな。別に知り合いとかじゃないが、レムや特にオーフェルに住む連中なら知ってる奴も多い。確か名前は、レオナ、だったか」
「レオナ、ね。それで?」
レオナがどんな人物で、どの様な背景があるのか、それが此処にいる理由にも繋がる。たった一人の少女に薬を盛り、あれだけの大人数に追われていたのだから。
「多少の又聞きも含むが……」
そうして始まったジャレッドの説明はこうだ。
オーフェルの前統治者は相当な善人だったのか、庶民に向けた施策や改革を繰り返し、非常に人気が高かったらしい。遠いが貴族の血も流れていたために血統も全く問題ない。そのため次期連合の代表にも推薦され、事実そう成りかけた。
だが、光ある所に闇が存在するのは世の常。甘い汁を吸っていた地元の有力者達から敵視され、残念ながら政争に敗れたらしい。しかも人気を恐れた者達により暗殺までされたまさに悲劇のヒトだ。
これにより現体制派は力を取り戻し、今の圧政に繋がる。最悪なことに、行われた改革のほぼ全てを破壊して、旧態然としたカタチへと戻ってしまった。
オーフェル側は当然に反発し、反体制派を組織。南方の領地争いとして見られる事が多いが、実際にはその悲劇がきっかけとなっている。
「……もう予想がついてきた」
セナとしても、此処まで聞けば何となく理解するしかない。続くジャレッドの説明でそれも証明された。
「だろうな。このレオナは孤児として生まれ、オーフェルに住む里親に育てられていたらしいが……最近流れた噂として、今や血を受け継ぐ唯一の子供、とのことだ。まあ英雄色を好むとはよく言ったもので、女癖だけは治らなかったって訳だな。で、これ幸いと反体制派に担ぎ出され、ごく普通な町娘は旗印になった。追っていたのは間違いなく体制派の子飼いだろうよ」
今の内戦と言って良い状況に影響を与える重要人物だ。その割に奴らは直ぐ逃げ去って行ったが、薬を盛った少女一人を大勢で追っていた連中程度、正規の者達とは思えない。持つ雰囲気や武装、訓練を受けた軍人らしさも全く感じなかった。恐らく金目的の雇われか。
そして、そんなレオナを知らなかったとは言え助けた。だからセナは"運命の悪戯"を嫌でも疑ってしまう。偶然との違いなど、誰にも判別出来ないのだから。
ならば無視して一人帰る? そんな事が出来るのなら、クラウディアとの出会いと別れも無かっただろう。運命から逃れるために冒険者をやめ、占術師へ転身したのだが……今を完全に捨て去ることも出来なかった。
「……ここは?」
色々と考えに耽っていたら、レオナが目を覚ました。上半身をゆっくりと起こし頭を振っている。
「余り無理しないで、横になってた方がいい。目を覚ましたなら薬も直ぐに抜けるから」
レオナは声のした方に顔を向け、シーグリーン(深い黄緑)の瞳をセナに合わせた。少しボサボサの赤髪をそのままに、でも横にはならない。
「その声、覚えてます。私を助けてくれた方ですね。ありがとうございます」
ローブで顔を隠したままだが、声で直ぐに分かったようだ。
「ただの偶然だから気にしないで。後ろのオジサマはジャレッドさん。此処の店のヒトだよ」
「ジャレッドさんですね。すいません、ご迷惑を」
「ああ、構わんよ」
しっかりと頭を下げる態度から、持つ誠実さが伝わってきた。きっと素晴らしい人柄の女の子なのだろう。
「私は……レオナと言います」
一瞬偽名を名乗ろうとして、レオナはそれをやめた。今の立場はかなり厄介だが、命の恩人に対して失礼に当たると判断したのだ。それを察したセナからしたら甘い考えと思ったが、同時にその真摯さは好ましい。
「親父さん」
「ん? ああ、分かってるよ。レオナ、勿論キミのことは知ってる。それと今の微妙な立ち位置も想像が付くしな。で、聞くが、レムに頼れる相手はいるか?」
俯き悔しそうにするレオナを見れば、答えは簡単だった。
「みな、私を逃がす為に……多分、生きていないと思います。レムの知り合いに心当たりはありません」
「そうか……」
現在のレムは体制派の本拠地と化しており、レオナに力を貸せる者は残っていないだろう。居たとしても捕まっているか、身を隠しているはずだ。
「何故レムに? 危険なのは分かってたよね?」
キツイ話だが非常に重要な事のため、セナは構わず聞いた。
「オーフェルで捕まってしまって……あの場で殺さなかったのは金の欲しい悪漢達だろうと、そう仲間は言っていました。だから、必死に助けようと飛び込んできた。死ぬのは分かっていたのに」
大切だった仲間達の幻影を見ているのか、レオナは顔を上げ遠くを眺める様にする。だが涙は流れない。
「こいつは強い娘だ。そう思うだろ?」
「……ええ」
彼女はある意味で強引に担ぎ出された存在だ。なのに、自らの意思で戦いに身を置いている。それが如何に難しいことかセナもよく分かっていた。自身と、望まずとも"白の姫"として生まれたクラウディアのように。それぞれの年齢など全く関係ない。尊敬の念が生まれるのも当たり前だろう。
「お二人とも本当にありがとうございました。私は失礼します」
「おいおい、ヤバいだろそれは」
「ご存知の通りの者なので……また直ぐ追手が来るでしょうし、私を匿うと大変なことになります。お礼が出来ないのは申し訳ありませんが」
「そりゃ……」
やはり清廉なレオナ。しかしそれは正しくもあり、ジャレッドは言葉に詰まった。
「大丈夫です。まだ望みがありますので」
「この街で望みがあるなら大したもんだが」
ついさっき、レムに知り合いは居ないと言っていたのだ。
「逃げる寸前、仲間が最後に教えてくれたのです。レムに……今は不思議なほどに情報が伏せられ、しかし十数年前まで活躍していた伝説的冒険者がいると。現在は占術師となり、それでもこの街に残っているそうです。その方ならば必ず力になってくれるはず。そう言い残し、彼は囮として」
ジャレッドはローブで顔を隠したままのセナを見る。意識を取り戻したレオナの前で"セナ"の名は伏せていたのだが。だが万が一の可能性も考え、ジャレッドは質問を重ねた。
「その占術師の名は?」
「はい。お会いした事はありませんが、黒エルフの女性と聞きました。なので会うことさえ出来たら……間違う事もないと思います。お名前は」
セナ=エンデヴァル、と。
キャラ紹介15
レオナ
赤毛と深い黄緑色した瞳。
磨けば光る可愛らしさはあるが、一般的かつ庶民的ヒト種と同様に肌や髪の手入れは余りしていない。
小柄だが、芯の通った精神を持ち、セナから見ても高潔なヒトと思われる。
クラウディアと外見的年齢が近かったこともあり、悪漢に追われていたところをセナに助けられた。
現在は反体制派に担ぎ出され、旗頭として活動している。最初は御飾りだったのだが、その精神性と心の強さに人々は惹かれ、今や名実共に指導者となった。そのため体制派から狙われ、多額の懸賞金もかけられている。




