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5 懐かしき老ドワーフ

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 オーフェルレム聖王国


 "聖"と名にある事から、その意味に興味を持つ者がいるかもしれない。しかし、意外にも深い意味は余りないらしい。過去に聖女が居たとか、精霊に関わるとか、神々の祝福を受けているとか、そういった伝承は存在しないのだ。そもそも国の歴史も浅く、まだ百五十年程度しか経過していない。


 "聖"とは自らを律し、王族は清濁を併せ持ちながらも決して穢れてはならない……そのような意味を込めているのだ。因みに、名付けの際にとある黒エルフの仄めかしがあったと噂されたりしている。


 現王レオンは噂を否定も肯定もしないが、王家は多大な恩を受けたと話していたらしい。


 そして聖都レミュは、現代魔法技術を駆使しながらも、歴史の趣きを忘れていない美しい都だ。特徴的なのは赤い屋根瓦だろう。白い壁と赤の配色は見る者に強い印象を与え、窓枠や扉は原色に白を混ぜた淡い色が目立つ。花を意味する淡色は非常に華やかで、歩くだけでも楽しい。


 そんな街中をセナは歩いていた。


 黒エルフは非常に珍しくて目立つため、愛用の焦茶色したローブを頭から被っている。だから、誰もが注目してしまう美貌も肌も、特徴的な長耳も他人からは見えない。ローブ自体はよく見かけるので、その姿は街に溶け込んでいた。とは言え、女性であるのは隠せていないし、背の高さや肉感的な線も同様だ。何人かの男達がチラリと視線を送ったあと、何も見てませんからと逸らすのは仕方ない事なのだろう。


「此処がラウラの言ってた新しい南街区かな……確かに見覚えないし」


 先ず多種多様な野菜と果物が目につく。非常に色鮮やかで、とても瑞々しい。これは魔法具による鮮度維持が働いているからだ。冷却から始まり、保存にも魔法は利用されていて、特に最新技術も目立っているのが分かる。さすが新しい街区なだけはあった。


 暫くテクテクと歩いていると、服飾、雑貨、魔法具などの店が連なる地域に入る。ふと値札を見ると中々の価格になっていた。これは法外な値付けをしている訳でなく、実際に品質が良いのだ。買い物をする人々の笑顔と、激しい値引き合戦の様子を見ても暗い空気はない。


「……わ、珍しいな」


 とある露店にズラリと並んだ魔法具たち。その中にある一点にセナは興味を惹かれた。思わず立ち止まり、腰を屈めて観察してしまう。


「お、お目が高いな。コイツは知る人ぞ知るってヤツだぞ」


「ええ、以前に見たことがあって」


 予想よりずっと若く、そして艶やかな声に店主の親父は驚いた。ローブを頭から被っているのは、攻撃的な魔法を操る連中などの一般受けしない奴が多い。しかし聞こえた声音は丁寧で、礼儀も出来ていると分かる。


「そうか。じゃあ詳しい説明も要らないかもしれないが、コレはエルフ族の持つ"夢護り"だよ。最近とある伝手で手に入れてな」


「やはりそうですか。眠りに関する魔法に耐性がつく上に、普段から悪夢を祓ってくれるとされる魔法具ですね」


 一種の縁起物だが、魔力が込められた本物は実際の効果も持つ。ぱっと見は細い蔦で編まれた袋の中に、透明度の低い宝石が入っている感じだ。宝石と言っても高価な種類でなく、その辺りでもバラ売りしているもの。重要なのはエルフ族の住む森にしか生えない植物の蔦と、込められた魔力になる。


「まあエルフ族からしたら、魔法具なんて言われると怒るってよ。一族により造りも違って、同じ物は二つとないらしい」


「……まさか」


「ん? いやいや! 奪ったとか、そんなんじゃないぞ! 大昔の時代じゃあるまいし、エルフ族とは友好的な関係だ。ホントに知り合いから仕入れたものだよ、安心してくれ」


 ずっとずっと昔は長耳族などと言われ、偏見の目で見られていたらしい。その美しい容姿と長い寿命から、略奪の対象になった時代があるとされる。勿論エルフ達も黙っていた訳でなく、大戦へと傾きそうな暗黒時代もあったのだが……今はもう過去の話だ。この聖王国にエルフなど他種族は少ないが、他の国であれば普通に街中を歩いていることも珍しくない。


「そうですか。確かに魔力もちゃんと込められてますし、良い品ですね」


「おうよ。まあこれはエルフ族なんだが、黒エルフ族にも似たようなものがあるらしい。一度は扱ってみたいものだ」


「うーん。黒エルフはかなり閉鎖的な種族なので、難しいと思いますよ」


「やっぱりそうか。さっき言った知り合いも同じ事を言ってたよ。それでも一度懐に入れてくれたなら、一族をあげて歓迎してくれると聞いたが……人間だって色々なやつがいる。別におかしな事じゃないな」


 確かに。ローブに表情は隠れていたが、その言葉でクスクスと笑ったのが分かる。身体も僅かに揺れているから間違いないだろう。ユラユラと大きな胸まで揺れたから、店主の視線は思わず固定された。哀しい男の(さが)だが、ローブ姿であろうと隠し切れないものがあるのだ。


「いつもこの辺りに店を出してます?」


「ああ、大体毎日な」


「なるほど。ではまた寄らせて貰います」


「待ってるよ」


 よくある社交辞令だし、その台詞を吐いてまた来るヤツなんて少ない。しかし、店主はもう一度来てくれたらいいなと後ろ姿に見惚れつつ思った。やはり隠し切れない尻の丸さに視線を奪われながら。











 南街区を冷やかしたセナは、反対側の北街区に来ていた。既に夕方に差し掛かり、夕闇とランプの灯りが綺麗に調和している時間だ。南と違い北は非常に古く、聖都レミュが発展する最初の頃から存在していた。全体的に古びていて、色褪せてもいる。しかしある種の趣きが感じられ、セナもこの雰囲気が好きだ。


「こんばんわ」


「らっしゃい」


 店の奥、一人の老齢を迎えた男性が座っている。かなり小柄で、長い白髭が目についた。眉毛もモジャモジャだし、シワの刻まれた顔もかなり厳つい。筋肉質な身体は商売人と言うか、どこぞやの戦士に勘違いされそうだ。組んだ両腕は筋肉が盛り上がっていて、間違いなくドワーフ族だろう。


「ヴァランタン、久しぶり」


「あん? いきなり俺の古い名前を……まさか……おい、ローブを取ってみろ」


「あ、ごめんごめん。忘れてた」


 頭を隠していたローブをセナは脱いだ。丁寧に折りたたみ、横の台の上に置く。漸く全身が現れて、特徴的な橙色した瞳もはっきりと映る。黄金に輝く髪も肩口で切り揃えており、それもヴァランタンの記憶と全く変わらない。


「セナ……お前、今頃になって……!」


「うん、聞いたよ。間に合わなかったの、悪いと思ってる」


 セナは、心から申し訳なさそうに頭を下げる。そこには間違いない懺悔と悲哀があって、ヴァランタンの心もストンと落ちついた。


「いや、今のは俺が悪い。何一つ謝る必要なんてないのにな……アイツは最期までお前に御礼を言っていたよ。直接会って伝えたかった、と。だからせめて、代わりに言わせてくれ、ありがとう」


「……うん」


 ヴァランタンの妻もやはりドワーフ族の一人だが、ある病気に罹り数年前に亡くなった。彼等はエルフ族に比較される程の寿命を誇り、セナとも顔見知りの関係だ。


「よし! 暗いのは無しだな。アイツにも怒られちまう。久しぶりだ、顔をよく見せてくれ。ほら近くに来いって」


「はいはい。この椅子、座っていい?」


「ああ、俺のだから低いぞ?」


「大丈夫だよ」


 ドワーフ族は非常に小柄な者が多く、ヴァランタンも例外ではない。対して黒エルフは全体的に大柄な者が多いのだ。


 セナがゴトリとテーブルに置いたのは酒だ。お土産にも色々あるが、ヴァランタンならば、いやドワーフ族ならば決まっている。


「お、こりゃアーシントの火酒じゃねーか!」


 アーシント王国は砂漠のど真ん中にあり、かなり珍しい文化を持った国だ。火酒はその一つで、燃えるように辛い酒として有名でもある。生産量も非常に少なく、酒好きならば一度は味わいたい一品だろう。そして同時に、アーシントでは鎮魂の意味を持つ。


「私はお酒得意じゃないし、ヴァランタンなら好きでしょ」


「かー! さすがセナだ! 分かってるな、お前は!」


 まるで赤子を抱くようにヴァランタンは火酒を抱き締める。本当に嬉しそうだ。


 小さな椅子に座り直し、テーブルを挟んだ向こうにいる老ドワーフを眺めた。お土産も喜んで貰えたし、セナとしても嬉しいだろう。そして周囲を見渡して次の言葉を紡いだ。


「装備類が見当たらないけど」


 店に並ぶのは調理用の鍋や刃物だ。丁寧な仕事ぶりは相変わらずで、どれも素晴らしい一品と知れる。おまけに値札だってとんでもなく安く、如何に商売気がないか分かった。


「ん? ああ、この聖王国は平和だし、魔物の酷い被害なんて何年も起きていない。需要も少ないと意味がないだろ。それに、楽だしな。俺も良い歳さ」


 ガハハと笑う老鍛冶師ヴァランタンに、セナも思わず笑顔になった。実際には剣や弓、鎧などの需要は途切れない。聖都や街を離れたならば、危険は隣り合わせとなる。装備類の整備だけで十分商売になるし、有名な鍛冶師ならば尚更だろう。ヴァランタンはその有名な一人になるが、妻の死と共に何かが変わったのかもしれない。


「そっか。じゃあ他を当たるよ。出来れば紹介を……」


「馬鹿言うな。セナの装備なら俺がやるさ。まだ腕は錆びついちゃないし、それこそアイツに叱られちまう」


「……いいの?」


「ったりめえよ! さあ見せてみろ!」





引き続き、感想や評価をお待ちしています!


キャラ紹介③


ヴァランタン。

鍛冶を生業とする老ドワーフ。真っ白な長い髭が特徴。

元々は非常に有名で、武器を扱わせれば超一流の腕を持つ。だが、長年連れ添った妻を亡くしたあと、ある意味で引退を決意した。今は鍋などの調理器具を修繕したりして余生を過ごしている。

セナとは古い馴染み。彼女が持つ特別な武器を整備出来るお爺さん。セナの特殊な出生や過去を知っており、いつも気に掛けていた。いつか幸せになって欲しいと思っている。




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― 新着の感想 ―
エピソード5のセナとヴァランタンの再開シーンを画像生成してみました。 セナのローブを脱いだ衣装は本編①2ラウラとの再会より引用しました。 セナ=エンデヴァル関連 https://x.gd/EZ3rq
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