(20)真白の誓い
話も随分と進み、気を利かせたセナがお茶を用意した。シャティヨンやザカリア、セナも渋目にしたが、クラウディアだけはミルクを垂らしているようだ。
「美味しい」
「良かった」
「セナは淹れ方に拘りがありますね。何処で習得したのですか?」
シャティヨンの"習得"という言葉選びに少しだけ笑い、セナは質問に答えた。
「ヒト種のオーフェル=レム連合都市国家群って知ってる?」
「はい。遥か南方の領土権を求め戦乱を繰り返し、現在はオーフェルとレムの二大都市間同盟により仮初の平穏で誤魔化す地域ですね。統制すべき国も手を出せず、今は治安も大幅に悪化していると聞いています」
「やっぱりシャティヨンってはっきり話すよね。まあそんなところも好きだけど」
「好き」のところでクラウディアが隣を僅かに睨んだ。幸いなことにセナは気付いていない。シャティヨンは目の前なので当たり前に目撃したが、特に反応はしないようだ。
「で、それが?」
「レムから脱出する幾つかの家族からの依頼でね。いわゆる護衛についたんだけど、その中にお茶に詳しいヒトが居てさ。で、依頼達成後に教えてくれたんだ」
「なるほど」
依頼達成後にわざわざ教えるなど普通は考えられない。報酬はギルド経由だし、直接の交渉は禁止されている。依頼者と冒険者は、簡単に言えばかなり割り切った関係性となるのが一般的だ。ましてや黒エルフとヒト種となれば、かなり疎遠な間柄である。
だが、目の前の黒エルフはどうも"ヒトたらし"の気が強い。いや、今はエルフも含まれるか。隣で"尊敬します"のキラキラした視線を隠せないクラウディアがいるのだから。
「おかわりを貰えるか」
「どうぞ、ザカリアさん」
「ありがとう。さて、クラウディアよ、もう一つ聞かせて貰うぞ」
「うん、どうぞ」
ミルクを追加で継ぎ足し、クラウディアも視線を上げた。
「精霊との距離と言えばよいか……精霊魔法も使えるようになったらしいな」
「そうだね。今は使えるよ」
「一体どうして?」
「セナのおかげ。怒りの上位精霊との関係がきっかけだから」
「私? んー、何か言ったかな?」
「向こうが一方的に気に入ってるって。だから召喚も出来ないって言ったでしょ? なのにアダルベララは言う事を聞くし、セナを狂戦士にしない」
「言った、かも? でもそれがきっかけって?」
「セナと同じ、使役じゃ駄目なの。私が精霊魔法を使おうとしても、他の精霊まで一緒に応じて邪魔される。もう無茶苦茶になって、それが気持ち悪くなった理由」
「……じゃあ、クラウの場合は」
「お願いする」
何が違うのか、ザカリアやシャティヨンは本能的に理解出来ない。だが、セナは違った。元の世界の日本では"八百万の神"が万物に宿ると信じられていたからだ。石にも、川にも、時を経た紙や包丁さえも。全てにこの世界で言う"精霊"が宿る。だから、それを「使役」する事に、僅かな抵抗感があったのがセナだ。
「そっか……偉い、ね……」
森の上位精霊のミスズは、クラウディアのことを子供じゃないと指摘していたが、今ならそれを受け入れる事が出来た。ありのままの精神に隠されがちだが、彼女は思うよりずっと成長しているのだ。
「待ってくれ。つまり、クラウディアは詠唱さえ要らず、お願いすれば精霊が応えてくれると、そう言うことか? 精霊力の変換は? 魔力の餌遣りはどうなる?」
「変換? 餌遣り? 何それ」
絶句した。何度も教えてきたのに……いや、そもそもそれが事実ならば……
「定義自体も不要……威力や範囲……いや、精霊力の枯渇による一時的な意識混濁は?」
「多分、ない?」
「……」
この時、世界最強の精霊使いが誕生した。
◯ ◯ ◯
「長老、何だか元気なくなっちゃったね」
シャティヨンに誘導されながら、ザカリアは帰路についた。確かに疲れた様子だが、つい先ほどの情報の整理が追いついていないだけだろう。
セナの隣に立ち、シャティヨン達を見送るクラウディア。彼女が世界最強となった事実だ。もちろんまだ未熟な点も多い。威力ばかり高くても、魔物はともかく一流の戦士達には勝てないからだ。搦手、戦略、武具、幾らでも勝ちを拾う方法が浮かぶ。
だが、基礎的能力に隔絶した差があれば、大半の不利を覆すことが出来るだろう。あとは経験さえ積んでいけば良い。
つまり、いよいよ外の世界へ旅立つ時期に来たのだ。
オーラヴは良いところだが、全体的に善良に過ぎる。世界は間違いなく美しい。しかし同時に悪辣で、運命は優しくないのだ。白が他の色に染まると思いたくないが、だからと言って他者から遠去けるばかりが正しいと言えないだろう。
セナは自身に課された依頼が終わったと自覚した。教導者として教えることなどもう存在しない。
視線を下げれば、ニコニコ顔のクラウディアがセナを見上げていた。
「やっと二人になった。長老もシャティヨンも気が利かないんだから」
セナの手を握り、家の中に連れ込む。
パタリと扉が閉まると同時に、クラウディアがセナの懐に飛び込んで来た。胸の真ん中に顔を埋め、両手は力一杯にセナを掴んでいる。それ以上くっついたり出来ないのに、少しでも近づこうと姿勢を何度も変えながら。
「……セナもギュッとして」
固まっていたセナに、胸の谷間の間から上目遣いで要求してくる白の姫。とんでもなく愛くるしくて、セナはもう死んでしまいそう。だが、大人として、今は話さないといけない事があるのだ。
「クラウ。私達のことだけど、話したい事がある」
「良いけど、一回は抱き締めて」
「あ、はい」
小さな頭ごと、セナは包む様に抱き締めた。ちょっと高めに感じる体温、サラサラの白の髪、ほんの少しだけ感じる女の子らしい体の線。意外に胸も膨らんでいるんだなと、セナの思考が逸れたりしている。
「んー、セナって色々と大きいね」
色々とは何なのか、聞かない方が良いのだろうか。いや、身長のことだ、きっと。顔をグリグリ胸に当てて来るが、無関係だとセナは頑張って言い聞かせる。
「よし、じゃあ、座って」
「はーい」
「となりじゃなくて、向こう側」
「んー」
一応はちゃんと言う事を聞いてくれた。
「さて……えっと」
話さないといけない事は決まっている。いるが、セナは今更に緊張してきた。情けない事に、女性と付き合うなんて初めてのことなのだ。この世界に堕ちてきて、男からは何度も誘われたりしたが、やはりお付き合いなどしない。男心ならば何とかなっても、真の女心など予報の当たらない天気と同じ。
とにかく、ちゃんと伝えないといけない。そう決めて、セナは言葉を選んでいった。
「クラウと私、これからの二人の関係だけど……つまり、お付き合い、的な」
「うん」
「でも私は黒エルフでしかも女で」
「うん」
「クラウも女の子で、あ、エルフでしょ」
「そうだね」
「たくさん難しいことがある」
「セナって真面目。知ってたけど」
「え? そうかな?」
「私はセナが好き。セナは?」
「もちろん……好き、だけど」
「じゃあ大丈夫だと思う」
気持ちの面ではその通りだろう。セナももちろん分かっている。だが、世間は冷たく、一般常識と呼ばれる邪魔だって入るのだ。例えばこのオーラヴの村に住む誰もが祝福してくれるだろうか。それは難しいと感じる。そもそも同性では子を成せないし、妊娠率が非常に低いエルフにとって、子孫繁栄は村の死活問題だ。しかもクラウディアは"白の姫"。エルフの至宝である。
「セナ」
「なに?」
「私は確かに以前と変わった。口調だって我ながら違うし、心の中にあった霧も晴れたの。だから、この目で映る世界も、目の前にいるセナも、前よりもずっと綺麗に見えてる。ホントに凄いんだよ?」
「そっか。私も嬉しいよ」
それはとても喜ばしいことだ。実際にクラウディアの笑顔は何よりも素敵なのだから。
「でも、変わってないものもある」
「……?」
確かに変わってない。その絶世の、果てなき美貌は。しかも笑顔まで加わって、まさに最強と言えた。だが、そのあとそんな綺麗な唇から溢れた言葉は、どこまでも鋭い。それは剣の様で、放たれた矢を想起させた。
「斬り捨てる。私とセナを邪魔するなら、誰だろうと許さない。くだらない常識も、種族のどうだかも、全部を斬るわ。私が前で、セナが後ろを守ってくれたら、絶対に負けたりしない」
如何にも今代の"白の姫"らしい言葉。
それは宣誓だった。
「クラウ……」
「今はまだ弱いけど、セナや皆に守られてるけど、待ってて。すぐに強くなるから」
「うん……分かった」
「じゃあ正式にお付き合い開始だね」
「そ、そうなる、ね。でも……そもそも付き合うって何だろう?」
セナの根源的な疑問。因みに、クラウディアも正確にはよく分かっていない。大半は村にある物語の写本などから得た知識ばかりだからだ。セナの方も元の世界で手に入れた情報が中心になる。
つまり、この世界で、同性で、しかも近い種とは言え他種族がお付き合いする未来なんて、誰も教えてくれない。
だが、そんなクラウディアには確固たる気持ちがあるのだ。
「私以外に好きとか言わないで欲しい。あと、シャティヨンとかでも、さっきみたいに肌を見せたり、触らせたりとか凄く嫌」
「うん、それは私も逆だったら嫌かも」
ついさっきシャティヨンに好きと言葉を溢したのだが、それはセナの記憶に残っていないようだ。
「抱き合ったり、肌を合わせたり、巣籠もりも早くしたい」
「え……⁉︎」
巣籠もり。元々は鳥の生態の一つを表す言葉だが、エルフの中で"同衾"を意味するものに転じた。それはつまり、夫婦としての契り、或いは性行為そのものを示している。
「ちょ、ちょ、ク、クラウ! 意味分かって言ってる⁉︎」
「何を焦ってるの? そんなの誰でも知ってるよ。セナは嫌?」
「嫌じゃない! 嫌じゃないけど……」
問題はクラウディアの年齢だ。また百歳にも満たないエルフで、ヒト種で言えば……いや、言及は避けた方が良いだろう。そもそもエルフとヒトは体の成長曲線も、更には文化さえ違うので、比較するのも間違っている。
だが、セナの元の世界の常識が、どうしても禁忌だと訴えてくるのだ。あと、色々経験が足りなくて、ちょっと怖いのもあるらしい。
「と、とにかく、巣籠もりは当分の間しません」
「どうして?」
「えーっと、えっと、ほら、あれだよ、黒エルフには決まりがあって、年齢制限があるんだ」
もちろん適当な嘘だ。
「そうなんだ。何歳から?」
「……ひゃ、百歳、かな」
クラウディアが生まれて九十一年が経過している。つまりあと九年。エルフにとって大した時間ではない。だから、クラウディアも愛するセナの言葉を完全に信じた。
「分かった。じゃあ少しだけ我慢する」
「ありがとう?」
もしかして失敗だったかもと、今更に後悔するセナだった。セナだってクラウディアとイチャイチャしたいのだから。




