(17)天秤は揺れて
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強く皮肉の意味を込めて「敵対者」と自らを名付けた。
この世界を囲う「円環」の外から来た来訪者は、全てが敵対者たり得る。
対するは世界。我等から見た異世界だ。
敵対者には二つの特徴がある。
まず一つ目は"弱体化"だ。我等は何故かその世界の圧倒的な強者に宿る事が多いが、半分以下の能力へと必ず変換される。逃れる術は今のところ見つかっていない。それでも、絞りカスのような力でも、十分に強い。
そして、もう一つの特徴が非常に厄介だ。
元は円環の外の存在だからか、まるで予知のように未来を垣間見てしまう。想定出来るのは、我等が俯瞰した視点を持ち、同時に世界を斜に観察しているからだろう。
見えた未来は決して確定したものではない。ないが、幾つもある可能性のひとつで、その中で最も確率が高いものだ。ここが非常に厄介な点だが、放っておけばそのまま確定する。
見たくもないのに見せられる。この呪いから逃れる術はない。出来るとしたら、諦めるか、抗うか。あるいは目を瞑って現実から逃げるくらいだろう。
未来予知に幾つかの法則を見つけた。
予知した未来は意外にも簡単に変化させられる。方法も多岐に渡り、直接的にも間接的にも可能だ。他者を操り動かしても良いし、自らが手を加えても構わない。
だが、対策を打たなければ、必ずしっぺ返しが来る。変化させた未来を再び起こそうと、こちらの世界が動き出したら止められない。つまりバレたら終わりだ。
基本的に、知ってしまった未来は無かったものと扱うのが正しい。我等はあくまでイレギュラーで、そもそもが部外者だ。
だがそれでも、もし抗いたいのなら。
直接的な動きを避ける。出来る限り間接的に、存在を隠すのだ。記録を絶対に残してはならない。関係者はせめて口止めするか、拡がらないよう工夫する。許すならば記憶さえ消したいくらいだ。
更に、変化した未来の"旨み"を自身が享受するのも同じ理由から却下される。例えば、誰かが大金を手に入れる未来を見たとして、それを奪い取って豪遊する? ダメだ。例えば愛する人の危機を予見し、それを救う? なるほどそこまでならば上手くやれば可能性があるだろう。その後二人で幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし? ああ、それは絶対に駄目だ。救った事実は隠せても、旨みを享受したことになってしまう。世界が気付いてしまうのだ。
弱体化したとは言え、敵対者が強者の一人であることに変わりはない。未来を見て英雄的な働きも出来るだろう。だが、そうして手に入れた賞賛や賛美も、報酬も受け取らないほうがいい。
希望はどこにもない?
違う。しっかりと聞くんだ。ここに最も重要な法則がある。くそったれの世界がかなり適当で、気紛れなことだ。そう、とにかくバレなければ良い。
目立たず、影から、緩やかな力を示す。
そのために必要な事は何か。
予見した未来を無視する? そもそも我等敵対者は被害者でもある。決して望んで此処に来た訳でもないし、未来を見せてほしいと頼んでもいない。
詳細な情報が必要だ。構成された要素、変化させる未来に何が関係しているのか、重要な点は何なのか、目立たないための手段とタイミング。それらを事前に把握する。
セナ=エンデヴァル。我が同胞にして、悲しい定めを背負ってしまった者よ。
キミに「手段」を渡したい。
使うか使わないか、それは自由だ。見た未来から逃げても構わないし、もちろん放棄しても良い。どんな結末だろうと、決して責めたりしないと約束しよう。
何故ならば……
抗うことは苦難の道と同じだから。
望んだ未来を掴むには、何かを諦めなければならない。必ず取捨選択を迫られるのだ。
これからも厳しい戦いを強いられる。きっと負けることの方が多いだろう。辛くて逃げ出したくなるし、自分のせいだと泣きたくなる時もあるはずだ。
キミの本心を明かすことも出来ず、誰も理解してくれない。未来を見て変化を与えたと知られてはならないから。
敵は世界。
そう、これは、孤独な戦いだ。
◯ ◯ ◯
セナは声を上げ、ただ泣いている。
"揺り戻し"は厳然と存在し、過去の自分が間違ってしまったと正しく理解したからだ。
エルジュビエータも、ダリウスも、ユリも、レフシュトフも、皆があんな死を迎えることを回避出来た。自分がもっと利口であったなら。馬鹿みたいに調子に乗って、選ばれた特別な者なんだと浮かれていなければ。
≪セナちゃん……≫
ミスズは抱き締めてあげたいと思った。泣き続けるセナを、例え悲哀の上位精霊が優しく寄り添っていたとしても。だが、もう自分はヒトでなく、それをする両手を持っていない。
長い間、仮初の空間に涙と泣き声が落ちていく。
ミスズはただ待ち続けた。それしか出来ない自分を悔しく思いながら。暫くすると嗚咽は啜り泣きに変わり、その内に……それも止まった。
「……すいません、ミスズさん」
≪気にしないで。難しいのは分かっているけれど、自分を責めちゃダメよ?≫
気休めだろうと構わない。ミスズの本心だ。
「ありがとう、ございます」
≪話を続けるわ。大丈夫?≫
「はい」
≪良い子ね。じゃあこれに手を添えてくれるかしら≫
テーブルの上に置かれたのはカードの束だった。トランプと比べると縦に長く、背面は真っ黒に見える。いや、よく見れば紋様のような何かが描かれているようだ。
言われた通りに手を置く。
≪精霊力を。何でも良いから≫
「……こう、ですか?」
≪……うん、これで完成ね≫
カードはボンヤリと光ったが、すぐにそれも消えた。外見上に変化は見られない。
「ミスズさん、このカードは……?」
≪さっきの説明にあった"手段"よ。未来を出来る限り正確に見るための補助媒介。素材と形は私が用意したけど、さっきの精霊力でセナちゃん専用になった。もうアナタ以外に使うことは出来ないわ。まあ変更は理論上可能だけど、この空間でしか上書きは無理だから、つまりそう言うこと。さあ、触ってみて。説明するから≫
「は、はい」
セナはカードの束を持ち上げひっくり返してみる。触り心地はかなり硬質で、ヒンヤリしていた。元の世界で作られたと言われたら信じるかもしれない。紙製じゃなくプラスチックに近い感触だ。
「これは……タロットカード」
≪そ。まあタロットカードを選んだのは完全に私の趣味よ。はっきり言うとカタチは何でも良いの。あくまで敵対者の持つ力を補助するためのものだからね。カードの知識は適当で構わないし、使うのは魔力と精霊力だけ。ついでに言うと材料は私の樹皮よ。若木として生まれた最初からあったもので、歴史と精霊力との親和性だけは馬鹿みたいに高いの≫
「森の上位精霊の樹皮……!」
"超"が五つくらい頭に付く、とんでもない稀少品である。もし競売に賭けようものなら気絶するくらいの額で競り落とされるだろう。しかも若木からある樹皮だから、その蓄積した時間も気が遠くなるほど多い。
≪売っても構わないけど≫
「う、売りませんよ。て言うか怖すぎます、こんな品を持ち歩くなんて」
≪アナタ専用って言ったでしょ? 第三者には価値が絶対に分からないから安心しなさいな。そもそもタロットカードなんてこの世界の誰も知らないし、売ろうとしても二足三文ね、きっと≫
余計に怖い。セナは心から慄いた。
≪大アルカナが二十二枚、小アルカナが五十六枚。聞いたことない? 魔術師とか愚者とか、恋人、戦車、死神、節制、他にもあるわ≫
「えっと、何となくしか知らないです」
≪やっぱり元男の子だけあって、占いとか興味が薄かった?≫
「う……そんな事まで知ってるんですか?」
≪全部じゃないけどね≫
「うう……」
かなり恥ずかしい。今の身体は黒エルフのセナで、女性らしい線がはっきりと出ているのだ。
≪うん。しっかしエロい身体ね、ホント≫
読んだ心に対してわざわざ返事しないで欲しいセナだった。
≪カードの使い方だけど……何となく適当にして良いわ≫
「何となく……適当?」
≪基本的に手に添えるくらいで大丈夫だもの。あとはセナちゃんが見たいものを見ればいい。偶然にカードの形をしてるだけで、何なら水晶玉とか鏡でも一緒よ≫
「なるほど」
≪じゃあ最後に、大切なことを伝えるわ≫
ミスズの雰囲気が少しだけ変わった。感じたセナも背筋を伸ばして、しっかり聞く体勢になる。
≪自らを直接見るのはお勧めしない。ううん、出来るならやめた方が良い。バレる可能性が高いのもあるけど、何より冷静でいられなくなるのが拙いの。古今東西、未来視を持つ者は不幸に囚われやすいからね。ただ、矛盾してると思うだろうけど、一度は見て欲しい。私の話す意味を実感するのは大切なことよ≫
「は、はい」
≪此処から出たら、私に話したり、会いに来てはダメ。来る前と違い、セナちゃんには知識があるの。目立つのよ、簡単に言うとね≫
それは酷く寂しい事だった。こっちに来て初めて会った元の世界の女性。幾らでも話したい事がある。懐かしい日本、懐かしき日々を。
世界中を旅出来る自分はまだ良い。でも、森の上位精霊は此処から動くことも出来ないのだ。彼女の温かさが身に染みて、また涙が溢れそうになる。最初から、会いに来た最初からミスズは優しかったのだ。
≪十分にアナタも優しいけれど。それに、動き回れる事が幸せと言い切れるか……ううん、余計な話だったわね。いい? 約束して。絶対に此処へ来てはダメ。分かった?≫
「……分かりました」
≪あとは……クラウディアのこと≫
ハッとする。クラウディアは未だに眠ったままで、いつ目覚めるかも分からないのだ。セナは感じた寂しさを頑張って抑え込み、ミスズの言葉を待った。
≪抱き締めて≫
「え?」
≪クラウディアが大切だと、大好きだって伝えるの。"すれ違い"のほとんどはコミュニケーション不足なんだから。言葉にする、たったそれだけで天秤は揺れるものよ≫
寂しそうに、幸せそうに、ミスズが笑った気がした。
≪さあ、お行きなさい≫
セナの視界は真っ白に染まっていって、気付けば元の場所に立っていた。目の前に大木があるが、喋ることも、精霊力すら感じない。
背中にはアダルベララ。
手には黒いカードの束。
それがやっぱり少しだけ、悲しかった。
キャラ紹介13-②
オーラヴのエント。名はミスズ。
自身も敵対者であるため同じ力を持っているが、エントであることから殆どの運命を眺めるだけで終わっていた。
そんな長い月日の中でセナを見つけ、何とかしたいとザカリアに預言を授ける。実際には白の姫誕生まで待たなければならなかった。
非常に深い慈愛を持ち、同時に世界へ強い憎しみを持つ。精霊の愛し子である白の姫を気にはしているが、セナへの同族意識と慈しみの方が遥かに強いため、クラウディアは利用したカタチ。
78枚のタロットカード。
らしきカタチをした敵対者の為の補助媒介。
製作者はエントのミスズ。
彼女自身も敵対者の一人であり、その特性と精霊力を遥か昔から蓄積した樹皮を素材としている。そのため、未来予知に繋がる力は圧倒的で、使い方次第で凡ゆる運命を覗き見る事が出来るらしい。
悲しい定めに弄ばれるセナを憂い、ずっと前から授ける時を待っていた。
当然にハイリスクハイリターンであるため、取扱注意の一品。素材からして超絶的な稀少性を持つが、今はセナ専用となったために価値を判定出来る者は存在しない。実はこれも、世界からセナを守る為にミスズが行った小細工。
カードを手に入れてからまだ先の話だが、リスクを学び、未来への影響の行使についてある程度のコントロールが可能となった頃、セナは占術師として活動を開始する事になる。(占術師自体がこの世界に存在することから、ある種のアンダーカバーを狙ったもの)
その占術の代名詞的なカードであるが、実際には自身で全く喧伝を行わない。そのため噂話として広まっていったのだが……それでも、後に"聖級"へと到達する最大の要因となった。




