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(14)古き森へ

 



「エルジュビエータ……代わりに、私の胸で泣いて、か」


 出来るだけ主観が入らないように、セナは昨日のことを語った。エルジュビエータと、触れて欲しくない心の傷口にクラウが関わろうとしたこと。その傷は治っていないから、強い痛みから突き放してしまったことも。


 全て自分が悪い。もっと大人として受け止めなければはらなかった。子供の真っ直ぐな優しさと親切心に、ありがとうと応えるべきだったのだ、と。


「親切心? キミはそう思ったのか?」


「はい」


「……なるほどな。今までのクラウディアを知らなければ()()思うのも仕方ないか。どうやらまた私は……間違いを犯してしまった様だ」


「ザカリアさん?」


 彼女の懺悔の意味が分からないセナは、その答えが欲しくなった。クラウディアに何が起きたのか、ザカリアは理解した様に思ったのもある。


「あの娘の心を言葉にするならば、嫉妬心や独占欲。あるいはもっと純粋な愛情だ。愛されるのでなく、他者を愛したとき、クラウディアが知ったのは戸惑いと……強い悲しみだったのだろう」


 視線の先に、悲哀の上位精霊(バンシー)と精霊の愛し子である白の姫がいる。


「どういう……意味が」


「分からないのか。セナ、キミは成人の黒エルフだが、精神はまだ幼いな。失礼を承知で言うが……まともな恋もしたことがないだろう?」


 恋? ますますセナは混乱した。それではまるで、クラウが自分を、自分がクラウを想っているみたいに……


「だがそうなると、手段が見つからない……! このままでは誰もクラウディアに」


 余りの悔しさと無力な自分に腹が立つのか、ザカリアは血が出るのではと思えるほどに唇を噛んでいた。拳を強く握り、長い緑の髪もフルフルと揺れる。


 ふとその時、ザカリアの視界に赤色が入った気がした。そちらに視線を向けると、セナが背負うのは真っ赤な弓。そう、それは殺戮の魔弓アダルベララ。怒りの上位精霊(フューリー)が祝福したとされる、最悪の武具だ。


 不安そうに、泣きそうにセナはザカリアを見つめ返している。そんなザカリアは何かが引っ掛かり、前に立つ黒エルフを観察した。


 夕焼けそのものと言っていい瞳、切り揃えた金の髪。大人びた艶と幼さを併せ持つ不思議な魅力を感じる。


 褐色の肌は確かに自分達と違うだろう。しかし長い両耳は、彼女がエルフと近い種だと示していた。


 胸当ては防御用と言うより弓を放つための矯正具だ。黒エルフ特有の豊かな肢体により、セナも邪魔になる大きな胸を持っていた。胸当てはそれを抑え込むためのもの。


 そして両腕の肘から先にかなり特徴的な籠手を装備している。恐らくだが、竜種の皮革を利用した強固な一品。そしてその表面は磨かれ、繊細な装飾が施されていると分かった。それはとある分野で知られる稀少な花。知る人ぞ知るその小さな花弁はさりげなく描かれて、ひっそりと咲いていた。


「ロズダマスク……」


 ザカリアは花の名を呟く。その花は錬金術に於いて最高峰とされる媒介種で、花言葉は祈り、願い。そして、もう一つ……それは「大切な仲間」。


「血は異界の使者、白のロズダマスク、そして灰は降り積もり()()()()()()だろう。孤独の中で誰もが決断を迫られ、迷い路へと誘われる、と。以前は意味が繋がらなかったが……そうか、これが、これこそが……!」


 希望を見出したザカリアは、指先で触っていた籠手から手を離した。


「セナよ、キミに依頼する」


「依頼なんて、こんな時に何を」


「聞け。これはクラウディアのためだ。あの娘を想うならば行かなければならない。あの大精霊の元へ、キミ一人だけで」


「クラウの為? 大精霊って、まさか森の上位精霊(エント)ですか?」


 以前の会話で、オーラヴにもエントが存在する事は分かっている。一度会わせたいとザカリアは言っていたが、まさか本気だったのかとセナは思った。だが同時に、知識の深淵を知るとされる森の上位精霊(エント)ならば、救う方法を授けてくれるかもしれないのだ。


「そうだ。危険を伴うが、行ってくれるか?」


 魔物も居るし、森の精霊たちも味方などではない。基本的に他者は忌避され、最悪は敵対する。それが古き森だ。最高峰の冒険者の一人である赤と黒(ルフスアテル)とは言え、単独で向かうには間違いなく危険な場所。


 だが、セナの答えは当たり前に決まっていた。


「行きます」


 躊躇などない。今直ぐにでも駆け出して、クラウディアを助けなければ。


「地図を此処に!」


 ザワザワとオーラヴの誰もが戸惑っていた。村外の、しかも他種族である黒エルフに、象徴である森の上位精霊(エント)の場所を教えようと言うのだ。


「これは長老としての命令だ! 全ての責任は私が取る!」


 ザカリアには珍しい命令と怒声。直ぐに皆が動き出した。


「セナ。恐らくあの大精霊は全てを理解している。だから、嘘は絶対につくな。少しでも間違えば、クラウディアを救う手立てが失われるかもしれん。それと、アダルベララを使うことを躊躇する必要はない。オーラヴの森だからとて、燃えるのも覚悟の上だ。キミはあの娘のことだけを考えろ。分かったな?」


「わ、分かりました」


「よし」


「あの……」


「なんだ?」


「さっき、クラウとのことで、愛情とか、恋って……」


「確かに言ったな」


「それって、クラウと私の?」


 ザカリアは深い溜息をついたあと、ジロリとセナを睨み付ける。そして、先程の怒声とは違い、それでも怒りが混ざる地響きに似た声を放った。


「それくらい自分で考えろ」








 ◯ ◯ ◯




 エルフや人の手が入らない森は、道さえなく薄暗かった。


 全速力で走りたい。


 しかし、盛り上がる土や岩、木の根と枝木もあってそれも難しい。凶暴な獣に遭遇する場合もあるし、魔物なども居る。わざわざ此方の居所を知らせる意味などないが、ゆっくりもしていられない。この瞬間もクラウディアの心が壊れていっているかもしれないのだ。


「邪魔! ホントに、次から次へと!」


 進行方向にまたもや魔物らしき姿。種類もいまいち不明だが、セナは構わずアダルベララを構えた。一瞬だけ立ち止まり、即座に射出。二体いたため、連続に放ったようだ。それぞれが二手に分かれ、頭蓋のど真ん中に突き立つ。あっさりと命と頭を破壊され、魔物達は息絶えた。


 赤い血と脳漿が見えたが、一種の興奮状態にあるセナは気色悪さを無視する。そのまま死体の横を駆け抜け、前方を警戒。


「急いでるのに」


 さっきの二匹はやはり斥候だったのか、視線の先に集団が確認出来た。外見は二足歩行の巨大な犬だ。一体一体はそこまで強くないが、集団になると脅威度が一気に上昇する魔物で、簡単な戦略を練り、陣組みする頭脳を持っている。


 ザカリアから預かった地図によると、奴等がいる場所は避けて通れない。つまり、戦うしか選択肢は無かった。しかし矢はすでに残り四本で、到底足りない。通常ならば撤退するか、別の手段を探すだろう。


 だが、セナ=エンデヴァルは全てを黙殺した。むしろ此処から彼女の本領が発揮される。戦闘力は跳ね上がり、尽きぬ矢が襲うのだ。


風精霊(シルフ)よ」


 片膝をついたセナは、アダルベララに精霊力を与える。すると直ぐに愛弓は答え、パキパキと音が鳴り始めた。弦をグイと弾くと、そんな何もない空間に生成が始まる。


 速度は数ある中でも最低で、連射も比較的苦手。だが、その質量と硬さによって貫通力と一撃の殺傷力は非常に高い。そんな土精霊(ノーム)の力を得た矢は、鈍い音を残し空気を切り裂いていった。


 到達した土の矢は一体目を貫いたあと、直ぐ後ろにいたもう一匹まで届く。陣組を始めた奴等からしたらたまったものじゃないだろう。ギャーギャーと遠吠えらしき何かで騒いだ頃には第二第三の矢が襲った。もう混乱の極みとなって、簡単に陣は崩れていく。恐慌状態になった犬共は逃げ惑うばかり。だが、赤と黒(ルフスアテル)には"ただの的"でしかない。


「悪いけど、追跡もされたくないんだ」


 そうして一匹残らず倒し切った。直ぐに立ち上がり、また走り出す。死体の山を飛び越える時、セナは右手を口に当てた。どうやら血臭と赤が襲い吐き気を催したようだ。胃液の混ざった唾を二度吐き出し、それも無視して前に向かうのみ。


 今は自分のことなど気にならない。ただクラウディアを想うだけだ。だから苦手な血だろうと関係なかった。


「もうすぐ。クラウ、待ってて」


 その時、森の樹々がザワザワと鳴いた。


「……来た」


 まるで蠢く虫のように葉の一枚一枚が揺れている。


「やっぱり……樹木の中位精霊(ドライアード)


 セナの周囲に突如溢れ出したのは精霊力だ。この精霊達はヒト種やエルフでさえ友好的と言えない。時に緑髪の女の子の姿になり、若い男の子を幹の中に誘い込み殺すと言う。姿など見えないが、セナは周りに樹木の中位精霊(ドライアード)が集まり始めたのを感覚で捉えた。


 やはり、森の最奥への道を阻む気だろう。


 かなり拙い状況なのは間違いない。通常の攻撃など全く意味を為さないし、彼女達を駆逐するならそれこそ樹々を切り倒すか燃やし尽くすしかないのだ。だがそんな事をすれば森そのものと敵対する事になってしまう。


 ザカリアは森を燃やしてもクラウディアを優先するよう言っていたが、これを予見していたのか。


 どうする……?


 走って逃げる。いや、最悪は枝木を操作されて捕まるだろう。森の全てが彼女達の手の中にある。


 アダルベララに水精霊(ウンディーネ)を与えれば炎の矢を幾らでも創り出せるが……それでは全面戦争になり、そもそも森の上位精霊(エント)の不興を買う可能性があった。


 仕方ない。炎の矢で牽制を繰り返して、何とか目的地まで……多少の延焼は覚悟の上だ。セナがそんな風に決断したとき、森の奥から落ち着いた声が届いた。


 それは女性のものであり、深い母性を感じさせる。


≪貴女はセナ=エンデヴァルね。大丈夫、その子達は何もしない。ただその赤い弓を怖がってるだけなの。だから許してあげて≫


≪さあこちらへ。歓迎するわ≫


 何故今まで気付かなかったのか、セナの視界の先に、一本の古い大樹が在った。










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