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(12)閉ざされた扉

 




「おはよう」


「セナ先生、おはよう」


 朝の挨拶で一日が始まる。ノックも適当に済ませたクラウディアが、かなり乱暴な扉の開け方をした後だ。だが、今日は扉を叩く音が少しだけ優しかった気がする。


 サラリとセナの僅かに腫れた目を見て、スタスタと中に入って来た。


「あれ? シャティヨンも居るんだね」


 直ぐ後ろに長身のエルフ。白銀の髪は変わらず綺麗で、次に出て来た言葉達もやっぱり丁寧だ。


「おはようございます、セナ。そろそろ食材が不足する頃と思いまして、丁度クラウと近くで出会い一緒に来ました。はい、これと、これも」


「わ、ありがとう。本当にピッタリだよ。今日の夜にも頼もうと思ってたから」


 二つの皮袋には様々な食材たち。以前と同じ野菜が中心だが、前より肉類が多めな気がする。それを認めたセナに気付いたのだろう、シャティヨンが淡々と返して来た。


「最近は食事も一緒なのでしょう? セナと違い肉も大好きですから必要と思ったのです。もし余ったらクラウに渡してください」


 エルフは野菜ばかり食べるとヒト種から信じられているが、あくまで迷信である。まあ比較すれば多少は当たっているかもしれないが、所詮は好き嫌いの範疇だ。ちなみに、霞を食って生きていそうな外見の白の姫だが、彼女は結構な肉食と判明している。


「ん、分かった」


「渡さなくていい。全部セナ先生が作って」


「はいはい、了解です」


「……随分と打ち解けましたね」


 耳元で囁かれたので、セナの長い耳はプルルと震えてしまった。僅かだがシャティヨンの嫉妬が混ざっている気がして、ちょっとだけ怖かったのもある。


「えっと、多分だけど、私の料理の味付けが合ってたみたい」


「なるほど。セナがそう言うならそうなのでしょう」


 何故だろうか、信じて貰えてない気がするセナだった。震えた両耳はフニャリと萎れ、感情をばっちり映している。


「で、どうですか、最近は」


 クラウディアが二人から離れ、台所が配置された場所へ「貸して」と奪った皮袋を片付けに行く。もう何処に何が配置されているのか把握しているようだ。姿が見えなくなったそんな白の姫を確認し、シャティヨンが質問してきたのだ。


「うーん、少しずつだけど、色々なことに興味が出て来たと思う。クラウの為にもたくさん教えてあげたい、かな」


「例えばどのような?」


「興味の対象? そうだね、殆どは戦闘に関することだけど、精霊魔法の練習頑張ってるし……昨日なんて会ったこともないエルフについて聞きたいって」


「セナ先生」


 いきなり向こうから顔を出したクラウディアが、少しだけ慌てたように声を掛けてきた。


「わっ、なに?」


()()()()()()、早く朝ごはん。シャティヨンも用事が済んだなら行って」


 遮った勢いをそのままに、クラウディアは朝食をご所望のようだ。昨晩聞いたエルフ、つまりエルジュビエータの話題を他の誰かにして欲しくない焦りからの発露だが、セナとシャティヨンには分からなかった。


「では、セナ。今日もクラウを宜しく頼みます」


「あ、うん」


 追い出されたカタチのシャティヨンは、気にした風もなく立ち去って行く。彼女らしいと言えばらしいだろう。



 ◯


 ◯


 ◯



「美味しかった。ありがと」


「どういたしまして」


 ちょっと手の込んだスクランブルエッグと、クラウの好きなお肉を挽いてミニハンバーグ擬きを作っただけなのだが、どうやら気に入ってくれたようだ。ハンバーグの種は事前に用意していたので、さっと焼くだけで済んでいる。あとはセナも齧る野菜達があって、オーラヴに来て漸く完成した特製ドレッシングが上出来だったのもあるだろう。


 しかしよく食べるなぁ。


 木製の食器を片付けながら、セナは成長期ってやつかもと思ったりしている。最近はクラウディアも片付けを手伝ってくれるので、朝食は直ぐに終わった。


「さてと、今日は精霊魔法について座学しようと思うんだ。クラウ自身の知識を深めて、自分に起きてる事を知るきっかけになったら良いなって。イヤかもだけど、我慢して勉強しよう」


「分かった」


 失礼ながら、アレ?とセナは思った。いつもなら楽しくないとか、外で戦おうとか一応は反論してくるのだが。まあ悪いことじゃないし良いのだろう。今日はそれぞれの精霊について細分化して伝えるつもりだ。復習を兼ねていて、何か見落としがあるはずと考えた結果でもある。


「じゃあ始めよ……えっと、クラウ?」


「ちゃんと聞くから」


「そ、そう?」


 セナはかなり面食らった。いつもなら向かい側に座るクラウディアが、真隣に腰を下ろしたからだ。しかも妙に距離が近い気がする。まるで寄り添うように、肩や手が触れ合うほどの。


 身長差からクラウディアの顔はセナから見て下の方。青みがかった白髪のせいで、表情が見えずらい。だから、クラウが何を思っているのか分からなかった。


「……じゃあまず、風の下位精霊(シルフ)から」











「うん、そういうこと。炎だと破壊の象徴エフリートがよく知られてるけど、実は再生と復活も司ってたりしてるんだ。不死鳥(フェニックス)って呼ばれる炎の上位精霊だね」


「上位精霊は言葉を解するって聞いたことあるけど、その不死鳥も話す? 鳥なのに」


「多分ね。私は出会ったことないし、精霊魔法として示すことも出来ない。上位精霊は単純な使役や召喚に応じたりしないから。伝わる伝承の通りなら、彼等に認められて真名を教わったら可能らしいよ」


「真名……じゃあセナ先生は、怒りの上位精霊(フューリー)の真名を聞いたの?」


「あー、アダルベララのことか。そう思われるのも仕方ないけど、残念ながら私は知らない。なんて言えば良いか……あっちが一方的に気に入ってくれてるって感じなんだよ。だから私の意思で召喚なんて無理だし、誰かに影響させたりも出来ないんだ」


 疑問符を浮かべた表情をセナに向ける。直ぐそばで吐息も届きそうな距離だから、セナは毎度の如くドキリとしてしまった。クラウディアはそんな動揺も知らず、ただジッと見つめたままだ。不思議なことに、瞳が憂いを帯びているように見える。


「……クラウ?」


悲哀の上位精霊(バンシー)は」


「ん?」


「誰のそばにも居て、涙を流させる。だったら居なくていい」


「ダメダメ。悲哀を捨てたら、心だって失われてしまうよ。ほら、さっきの炎の上位精霊を思い出して。どんな精霊にも対となる存在が居て、悲哀を知らない生物は、喜びや幸せも感じられなくなっちゃう。どれも大切な精神の働きなんだよ、きっと」


 一部が過剰にならなければ、全ての精霊はある種の加護を齎してくれる存在だ。


「じゃあ昨夜のように泣くのも幸せ? 悔やんでも取り返せないなら、ただ辛いだけなのに。あんなの悲哀の上位精霊(バンシー)の所為。私は許せない」


 クラウディアは自らの心に従い、思いのまま言葉にする。昨夜ベッドの中でたくさん考えて、今日必ず伝えると決めていた。一方のセナはその話題に触れないようにしていたが、どうやら上手くいかなかったようだ。


「クラウ……昨日やっぱり見たんだ。ホントに、内緒で覗きなんて悪い娘だなぁ。私なんて裸だったし、いけないんだよ?」


 泣き崩れる自分を見られたと、セナに羞恥心が襲う。だから茶化したようにクラウへ笑いかけたのだ。エルジュビエータとの様々な出来事の本質に触れて欲しくない、そんな意味も込めていた。


 しかし、視線を外すはずの白の姫はいつまでも動かない。そして、今は聞きたくない名前を結局は囁いた。


「エルジュビエータ。帰って来れないほど遠くで旅してるって……つまり亡くなった、そうだよね?」


「……うん」


「私のそばには悲哀の上位精霊(バンシー)がいる。セナ先生はそう言った」


「だから? なに?」


 声につい怒りが宿る。セナは愚鈍ではない。クラウディアが何を言わんとしているか、何をしようとしているのか理解したのだ。だが、だからと言って許せることでもない。エルジュビエータとの関係はセナと二人だけのものだ。


 一方のクラウディアは、ただ純粋にセナを想っての行動だった。泣いて、たくさん泣いて少しでも気が晴れるなら、自分が受け止めてあげたい、と。もしセナが言う通りの悲哀の上位精霊(バンシー)ならば、悲しみも消し去ってくれるはずだ。


 そう、まだクラウディアは子供で、セナが抱える苦悩の大きさを知らなかったのだ。他者が触れてはならない禁忌を誰もが持っていると、時に優しさが剣のように鋭く襲うことを。彼女が抱くのは悲哀だけでなく「罪」なのだと理解していない。


 だから言ってしまった。無垢な愛の言葉を。其れ等はセナに襲い掛かる。


「私の胸で泣いて。エルジュビエータだと思って」


「……やめてよ」


 頬に触れようとしたクラウの手を思わず払う。パチンと音が響き、白い肌が僅かに赤く染まった。


「セナ先生」


「クラウ。何で……どうしてそんな事を?」


「私は"白の姫"だから。精霊の愛し子で、癒しを与えるって。セナ先生を助けてあげたい」


「近寄らないで……お願いだから」


 立ち上がり、クラウから離れたセナ。そんなセナにゆっくりと近づく白の姫。背中は壁に当たり、それ以上後退り出来ない。一歩一歩、クラウディアは抱き締めようと歩みを進めた。


「怖くない。さあ」


「違う、違うよクラウ」


 そんな事をキミに求めてなんてない。セナの心の叫びは、悲しいことに声にならなかった。


 もう少しで触れ合う。


 でも、もう耐えられそうにない。クラウの真っ直ぐな優しさを理解していても、この娘の前で泣くなんて出来ないのだ。我が罪を曝け出すことを、揺り戻しなどと言う妄想だって、目の前の可愛らしい子供にぶつけるなんて絶対に許せないセナだった。


 そして何よりも、エルジュビエータの代わりなど、いない。


「……帰りなさい、今直ぐ」


「……?」


 あと少しで涙が溢れてしまうから。


「早く!」


「どうして? 私は」


「分かってる。でも、そんなの、無理だよ……」


 耐えられず、涙が一雫落ちた。







 そうして無理矢理追い出されたクラウディアは、一体何が駄目だったのか分からなかった。心には拒絶された不安が燻り、エルジュビエータに負けたと感じる悔しさと、追い出される寸前に見たセナの涙が残っただけ。


 振り返って見ても、閉ざされた扉は開かない。


 そのあと直ぐに襲って来たのは……生まれて初めて感じる"恐怖"だ。それをもし言葉にしたならば、誰もが一度は覚えがあるだろう。



 セナ(大切な人)に嫌われてしまったかも、と。



 その恐怖に、クラウディアは怯えた。


 体温が下がり、身体の震えは止まらず、足元から崩れて行くような、ドロリとした暗闇が身体を覆ってしまうような、紛れもない鮮烈な恐ろしさ。




 そして、そんな白の姫を精霊達は決して見捨てない。





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