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3 街角の占術師

 



「ばっちり」


 ラウラに案内された店舗兼住居は、要望のほぼ全てが叶う建物だった。白雪の様な壁は手塗りだろう漆喰だ。窓枠は明るい空色で統一されており、店舗の正面扉も同じ空色。赤茶けた陶器製の屋根はかなりの厚みがあり頑丈そう。


「此処にします?」


「うんうん、条件の通りだよ」


「でも、目抜き通りから一本しか奥に入ってないですけど」


 所謂主要な街路から近く、余り目立たないようにしたいセナの事情から外れていた。それを認めるラウラは他の物件を案内しようと紙をペラペラ捲っている。


「でも、この建物の外観が気に入ったんだ。如何にもお店って感じと違うし、普通のお家みたいでしょう?」


「……お姉様が良いなら構いませんよ」


 年老いた自分を長く連れ回したくないセナの気遣いは分かっていた。足腰も弱っているラウラに、何度か「久しぶりの聖都だしゆっくりしたい」などとこじ付けて休ませようとするのだ。主要な交通網である馬車があるが、お金のないセナは好まないのも知っていた。


「ラウラの家からも近いし、偶に御飯を食べさせて貰おう」


 厚かましい願いだが、やはり彼女なりの優しさだ。理由をつけて家の手伝いに来る気を隠せてない。セナが居るあいだ、ラウラの住まいは美しく保たれるだろう。


「本当に貴女は……まあ良いです。中を案内しますね」


 元は特殊な生活雑貨を扱う店だったらしい。棚も撤去されており、外観よりは広く見える。あくまで対比上だが。占術師であるセナの場合、飾り棚も会計を行う受付台も不要だ。一対一で行う事が基本の占術であるから、適度な広さと言えるかもしれない。まあ十人も入れば息苦しく感じる、そんな店舗だ。


「もしかして、魔法具のお店だった?」


「さすがお姉様。当たりです」


「この広さで商売なんて限られるよ」


 魔力を込めた雑貨は多岐に渡り、安価なモノから庶民では一生御目にかかれない逸品まで様々だ。灯り、火元、保存、はたまた本など、人々の生活に根差している。此処は庶民向けの魔法具の販売や修繕を商いとしていたのだろう。基本的に単価は稼げるから、面積や場所が必須ではない。


「それと、お姉様の苦手な理由で退去した訳じゃないので安心してください。商売が軌道にのり、より大きなところへ移っただけですから」


「べ、別にそんなこと聞いてないでしょ。変な事情で亡くなったり、今世に未練があるなんて実際には中々ないよ。そもそも幽霊は人通りの多い街には現れ難いんだから」


 ラウラは幽霊などと一言も言ってない。語るに落ちたとはこの事だが、急に早口になったセナが可哀想で、言葉尻は取らなかった。


「二階が夜間に生活する部屋になってます。寝室ともう一部屋ですね。あと台所は一階で、水回りもそうです」


「水回り?」


「お姉様は毎日水浴びを欠かさない人でしたから。言われなくても条件に入れてますよ」


「お、おー……! 凄いね!」


「水張りや加温はお金が掛かりますが、貴女なら大丈夫でしょう?」


 半身が浸かれるだろう石桶と、同じく水捌けの良い材質のタイルの様だ。深い藍色をしており傾斜も適度についている。中々の浴場と言って良いだろう。


「魔法なら錆び付いてない。ありがとう」


 黒エルフであるセナにとって、生活に費やす魔力など微々たるものだ。


「ふふ、どういたしまして」


 ラウラとしても、長年積み重なった恩を少しでも返せるなら嬉しいのだ。本当は家賃も受け取りたくないが、セナの性格からそれは許さないと確信がある。しかし幸いと言えば良いか、家賃の適正価格など知らないだろうから格安を提示する心算だ。


「それで……家賃はおいくら?」


 ヘナヘナと萎れる長耳。なんて分かり易い人だとラウラは笑いを我慢した。本人は気付いてないのが益々可笑しい。


「確か、保証金は……?」


「い、今はありません」


「家賃の先払い金はどうします?」


「それは分かってるよ。ほら、占術師組合に預けてるお金があると思うんだ。とりあえず一月分は」


「……それは直ぐに換金出来ませんよ?」


「え⁉︎ なんで⁉︎」


「とある事件があって、組合が厳しく規範を変えたんです。つい二年前に」


「えー……」


 見るからにガックリするセナ。多分だが生活費もそれで工面する気だったのだ。


「仕方ありませんね。私も商売ですから」


 終わった。そんな絶望感を隠せないセナ。


 彼女の過去からの行いを金銭に換算すれば城の一つや二つ建つだろうに……それだけの偉業と人助けをして来たのが貴女ですよ? そんな風に感慨深く思うラウラだが、決して言葉にしない。ずっと昔に約束したのだから。


「特別に、特別に条件をつけましょう」


「ラウラ?」


「家賃が工面出来るまで」


「な、なんだろ?」


「私の商売を助けること。そしてお掃除や食事もお願いしましょう。見ての通り私もお婆さんですから、歩き回るのも大変ですし、お買い物も頼もうかしらね」


 条件など付けなくてもセナは助けてくれるだろう。それは明白だったが、丁度良いと利用を決めた。一応の交換条件は成立する訳だ。


「それだけ?」


「あらあら、私の商売を舐めてますか?」


「違う! そう言う意味じゃなくて」


「そうですか? それでは契約ですね、お姉様」


 あとは強引に進めれば大丈夫。五十年会っていなくとも、セナにとっては僅かな時の流れでしかない。だからきっと、彼女は昔と変わらない返事を返すのだ。


「え……うん。ラウラが良いなら」


 ーーーーラウラが良いなら、私が絶対に助けるよ。


 そう言って頭を撫でてくれた、あの日のセナを今も憶えている。ラウラは眩しそうに目を細め、やはり全く変わらない美貌をしばらく眺め続けた。









 数日後……





「これでよし」


 セナは、空色したドアに木製の小さな看板を掛けた。楕円形をしたベージュ色の木の板で、非常に簡易なつくりだ。可愛らしい丸文字で「占術師セナ」とだけ書かれている。当初「セナ」の名をそのまま使うことに自身が難色を示したが、聖級の名を利用する占術師は多く、寧ろ本人とバレないのだと説得されたらしい。


「エンデヴァルの弟子」「セナの娘」「セナ式占いならお任せ」などなど、適当に騙ることへ縛りは無い。一種の宣伝材料で、そもそも誰一人として信じていないそうだ。ならば勝手に使うなと言いたいが、今更止めようもないと諦めた。余りに長い年月が経ち、もはや慣用句扱いだからだろう。


「ラウラ、ありがと」


「はいはい。それより、占術師組合にお店を伝達しないのは本気で?」


「仕方ないよ、レオが探してるらしいし。此間なんて更新手続きした途端に追っ掛けて来た……ホントあのお馬鹿ったら」


「レオアノ殿下はセナ様に命を救われた御方ですから。しかし、組合からの斡旋もない場合、仕事らしい仕事が来ないのではないですか?」


「うーん。暫くは酒場を回ったり、色々試してみる。それこそ占術で何とかするよ」


 一般的に、組合から占いを求める人を斡旋されるのが普通だ。特に無名な新人となれば尚更で、暫くは信用を勝ち取るまで安値でも耐える事が多い。つまり、組合に占術師としての情報を与えなければ日々の飯のタネすら手に入らない。


 しかしセナはそれをしないし、ましてや危機感も感じない。特に最後の「何とかする」の話に関しては、はっきり言って眉唾となるはずだ、聖級たるセナ以外は。つまり、占術師を求める人たちを占術で探すと言っている訳だが……彼女の場合、世間の常識は通じないらしい。一生懸命自らの名を売ろうと頑張る占術師が聞けば、「そんな馬鹿な話があるか」と腹を立てるかもしれない。


「……そういえばそうでしたね。では、私はこれで」


「うん」



 こうして、オーフェルレム聖王国の聖都レミュに、新たな占術師が居を構えることになった。






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