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23 慈しむ心は今も

 





 背の高いセナと、頭ひとつ分だけ低いセウルス、そして更に小柄なティコは無言のまま歩いていた。


 セナが凍えるような声で叱り、場所を移すと宣言したからだ。セウルスとティコは何を言うべきか言わないべきか分からず、とぼとぼ足を動かすしかない。


 セウルスの方は少し悪戯が過ぎたなと反省していた。セナを詳しく知っている訳ではないが、あの噴水で男漁りをする様な女性ではないと理解している。つまり、隣を歩くティコが案内したのだろう。それにしても、着飾ったセナさんって破壊力が凄いなと背中を眺めてしまう。


 もう一人の男、いや男の子のティコは何故セナが怒っているのか良く知らない。ナンパに困っていた我が彼女を助けたはずなのだが。いや、隣を歩くセウルスとやらは知り合いだったからか。しかし、足首まで届くスカートらしき格好はホントに綺麗だ。あと胸だけじゃなくお尻もやべえと視線が外せない。


「ん、此処にしようか」


 立ち止まり、セナは二人に声を掛けた。


 街中ながら低木が植えられており、聖王国の民が憩うエリアなのだろう。腰を下ろして休める場所もあった。寛いでいる家族の姿もあるから、先程の噴水辺りとは雰囲気が違う。


「どしたの? 二人とも座って」


「お、おう」

「はい」


 セナを挟み、二人は分かれて座る。一瞬だけ睨み合ったが、真ん中にセナが居るので自重したようだ。


「あー、そこまで緊張しないでよ。もう怒ってないし」


 何度も聞いた優しい声音に、二人はようやくホッと出来た。


「怒ってはないけど……注意はさせてね。まずティコくん、何度も言うけど、私はキミの彼女じゃないよ。二人の時、冗談でなら聞き流すことも出来た。でも、初めて会った人に嘘は駄目でしょう?」


「う……ごめん」


「セウルスくんも。アナタなら直ぐに察しただろうに、煽ったりしたらダメ。もしホントに喧嘩になったらどうするの? しかも依頼帰りで、赤の旋風のリーダーでもある」


「はい、すいません」


「うん、注意はこれでおしまい! ティコくん、飲み物、これかな?」


「お、おう! こっちは蜜入りだから甘いんだぜ!」


「んー、コレはセウルスくんにあげたら駄目? ほら仲直りの証に」


「え……何で、いや、それは、まあ。でもそれなら足りなくなっちまう」


「私はティコくんのを少し分けてくれたら良いよ」


「え? カップは一つだけど……」


「あ、ティコくんてそういうの気にしちゃう? 私は大丈夫だったからつい。じゃあ他を」「いや! 全然構わないし! む、むしろ口移しで」「発想がキモい」


 わちゃわちゃと会話が弾み、先程までの張り詰めた空気感も消えてなくなった。冷静に見ていたセウルスからしたら、セナが気を使っているのが丸分かりだ。自分も含め子供達と思っているのだろう、と。何となく悔しくはあったが。


 暫く経ったころ、ティコとセウルスの二人は意気投合した。理由はある意味簡単で、お互いが別種族の女性を好きになってしまったからだ。


 セウルスはエルフのシャティヨンを。

 ティコは黒エルフであるセナを。


 しかも、二人して年上が相手で、振り向かせるのが大変なのも一緒だ。


 話を聞いていたセナとしても、綺麗なお姉さんに憧れてしまう若さを知っているし、将来は全然違う人を好きになるのも分かっていた。だから、彼等が仲良しになるのも良い事だと思うのだ。まあ今想われる対象が自分なのは困った話だけれど。せめて本人の居ない場所で盛り上がって欲しい。


「な、見ろよこの胸を! 破壊力がありすぎだろ!」


「いや、まあ、でもティコ。羨ましいよ、その猪突猛進な性格。僕はそんな風に出来なかったからね」


 そんな過去を話しつつ、セウルスまでチラチラ見るんじゃない、胸を。


「セウルスも次会ったら抱きついて離れんなよな! 男なら当たって砕けろ、だぜ!」


「シャティヨンに抱きつく……? どうなるか怖いな。でも」


 あのシャティヨンのことだから、間合いに入った瞬間、無表情のまま斬られるんじゃないか? そんな風に思いながら両腕で胸を隠すセナだった。





 ところでまだ随分先の話だが、セウルスのパーティ"赤の旋風"へ、成長した後のティコが参加することになる。セウルスの剣とティコの弓の連携は磨かれていき、レミュでも屈指の二人となるのだ。


 そう、彼等はオーフェルレム聖王国を代表する冒険者パーティになっていく。


 後に起るオーフェルレム聖王国内の波乱においても、"赤の旋風"は大きな貢献と伝説を残すこととなった。



 今のセナ自身そんな事を考えもしないが、それでも若い二人を……微笑を浮かべて眺め続ける。それはただ、温かな慈愛溢れる笑顔だった。












 ◯ ◯ ◯





 セナ達が語らっていた、それと全くの同時刻。オーフェルレム聖王国から遥か彼方ーーーー




 元は活火山だったが大昔に活動は止まり、ゴツゴツした岩肌と数多い洞窟で構成されている。洞窟にも大小あって元は溶岩の通り道だったため、全体的には蛇行している様だ。長い年月を掛けて風化がすすみ、今や火山の面影はない。


 そんな洞窟達の中でも一際大きく、そして深いところ。高さも幅も、小さな町くらい入りそうな巨大洞窟に何かが横たわっている。



 何かの生物だろうか。



 分厚い金属の板にしか見えない鱗。


 鋭い爪は鈍く光を放っている。


 その体躯はあまりにも巨大で、人など一飲みに出来るだろう。(あぎと)にはズラリと牙が並んでいた。


 だが、縦に割れ、恐怖を呼ぶはずの眼に力はない。


 この洞窟に住まい、地域最強だった"錆の龍"はもう既に死んでいるからだ。その証拠に頭と尾は力なく地面へ落ちているし、周囲には血臭が漂っている。


 そして、そんな"錆の龍"の胴体の上に、一人の女の子が腰掛けていた。青みを含んだ長い白髪はサラサラと風に吹かれ、瞼は閉じているため眠っている様に見える。だが、それでも、少女の美を損なうことは出来ていない。


 余りにも、余りにも美しい。


 それが、彼女を見た者が抱く強い憧憬だろう。


 白髪の合間から長い耳が飛び出している。肌の色は雪の様に真白で、触らずとも分かる艶と滑らかさ。細い手足でさえも全てに均整が取れていた。あらゆる美を集めて結晶にしたような、作り物めいた姿だ。


 エルフ族。


 肌色も耳も、細く小柄な身体もそれを示している。


 そしてもう一つ、どうしても視界に入ってしまう異物があった。


 それは錆の龍に突き立てた剣。いや、隣に座るエルフの少女より大きく太い"大剣"だ。血糊に濡れ、元の姿は覆い隠されている。ヌラヌラと光る血はついさっき付着したのだと分かった。錆の龍の血はヒト種やエルフと同じ赤い色をしているのだ。


 エルフの少女が持つ武器なのだろうか。だが、彼女の身長より長く見える剣身である。当然にその重量は想像に難くない。僅かに持ち上げることもまず不可能なはずだ。


 しかし、少女以外に誰かの姿はなかった。錆の龍の遺骸とエルフの少女だけだ。


 静かな時間がただ過ぎていく。


 フワリフワリと白髪の踊る姿だけが、時の経過を教えてくれた。


「クラウ」


 ふと気付けば、少女のすぐ後ろに女性が立っていた。その女性もやはり両耳が長く、同じ種族の者だと分かる。違いとしては、成人に見えることと短く揃えた白銀の髪だろう。そのエルフの女性がポツリと声にしたのが「クラウ」だ。女性の視線は目を瞑ったままの少女に固定されていた。


「……なに?」


 気怠げに返した声は幼い。何故か晴れ渡った青空を想わせた。つまり、クラウとは少女の名前だろう。


 少女の唇は、ほんの少しだけ笑みを浮かべていた。それからゆっくりと瞼を上げる。映った瞳は蒼。ただ澄んだ蒼だった。空でもなく、海や湖の色でもない。何にも例えられない純粋な蒼だ。


「次の目的地が分かりました。やはりこのセンザン山脈内です。予想通り、この錆の龍は守り手で間違いないでしょう」


「そっか。じゃあ漸く出発ね。()()()は弱っちかったし、本命の炎の精霊王がどんな奴か楽しみ。歯応えがあれば良いけれど」


 少女の指先はサワサワと龍を撫でている。


「錆の龍を簡単に弱いと言えるのはクラウだけですよ。では出立を皆に伝えます。ところで、何故笑っていたのですか?」


「ああ、バレちゃった? まあ別に大した事じゃなくて、少し思い出してたの。セナとの最初の出会いをね」


 クラウは少女らしい笑顔を浮かべ、ほんのり頬が赤くなっている。現実感に乏しかった美貌だが、この時ばかりは可愛らしさを示してくれたようだ。


「まだ別離から二百年と少し。忘れるには短か過ぎますか」


「シャティヨン、相変わらず意地悪ね。私がセナとの時間を忘れるなんてあり得ない。知ってるくせに」


「……後悔しています。クラウに教えてしまったことを」


 成人のエルフであるシャティヨンは、固い表情を全く崩さない。言葉遣いさえも固く、感情の起伏も小さく感じるのだ。


「でも、その事実があって、あの日セナが私を嫌って離れた訳じゃないと分かったの。どれだけ嬉しかったか、シャティヨンには理解出来ないかしら」


「やはり諦めたりは」


「しない。怒るよ? セナと私のことを止めるなら、例え貴女でも許さない」


「邪魔など……クラウが歩むなら私が道を斬り開きましょう。我が剣を捧ぐのは貴女だけ、()()()クラウディア=オベ=オーラヴよ」


 二人の間に一陣の風が吹いた。少しだけそれに身を任せたあと、クラウは返す。


「剣、か」


「はい」


「じゃあ興味半分で聞くけど、セナとシャティヨンが戦ったら、どちらが勝つのかしら?」


「間違いなく私です」


「簡単に決めるんだ」


「厳密に言えば、今ならば、ですが」


「ふぅん?」


「腑抜けたセナに負けたりはしません。ですが、"()()()()()アダルベララ"を操る以前の彼女ならば……」


「ふふ、確かに」


「では、行きますか、クラウ」


「ええ」


 白の姫。


 世界最強にして最も美しい。


 エルフの至宝であるクラウディアは、愛するセナを想い再び笑った。


 そう。


 もう二度と手を離したりしない。


 思い切り抱き締めて、涙もたくさん流させよう。


 そして、運命の呪縛から解き放ち、自らが安らぎの揺籠となるのだ。


「待ってなさい。セナ」



挿絵(By みてみん)

山音まさゆきさんよりちちぷい生成にてFA頂きました。ありがとうございます。










次回より過去編を予定しています。次の投稿まで何日かかかると思います。



キャラ紹介⑤-2


白の姫

クラウディア=オベ=オーラヴ


彼女は極々稀に生まれるエルフ族の至宝で、深い叡智に触れる事が出来るとされている。

まだ三百歳にも満たない若いエルフ族の少女。

青みがかった白い髪、瞳も蒼色。種族の特性のままに小柄で細く、肌は新雪の様に白い。セナ曰く、今まで出会った中で最も美しい女の子。その見た目に反した大剣を使い、かなりの戦闘狂でもある。


二百年と少し前のこと。黒エルフであるセナ=エンデヴァルと出会い、大きな影響を受けた。今ではセナに傾倒し、依存し、全てを投げ捨てても愛する存在となっている。


一度正式なお付き合いにも発展したが、最終的にセナから別れを切り出している(軽いキスまでのプラトニックなお付き合いだったらしい)。余りに突然で理由も教えて貰えなかったため、一時期はかなり落ち込んでいた。その憔悴ぶりに耐えられなくなったシャティヨンによって、クラウディアを捨てた本当の事情を知ることになった。


因みに、セナはシャティヨンに事情を明かさないよう約束させていたが、あっさりとそれを破られている。シャティヨンにとっては、他者との約束よりクラウディアの体調の方が大事だからだ。


現在のクラウディアは文字通りの最強になる事を目指し、長い旅を続けている。その最終目的はただ一つ、二度とセナを離さないこと。

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― 新着の感想 ―
エピソード23のセナとの再会に邁進するクラウディアの画像生成してみました。 服装の記載がなかったのですが、鎧着てますか? セナ=エンデヴァル関連 https://x.gd/EZ3rq
[良い点] めちゃくちゃ面白い作品と出会ってしまった これはポイントを入れて応援しなければ無作法というもの
[良い点] ついに出ましたね、白の姫。^_^ 超可愛くて儚げで、でもめっさ強い。 セナさんもきっと別れたくて別れたわけじゃないんでしょうね…。 それにしても、セナさんってば年下キラー。σ^_^; …
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