22 約束は守るモノ
ストンとしたシルエットが綺麗なキャミワンピース。足首まで隠れるタイプを選んでいるので、小麦色した特徴的な肌は見えない。線が細い衣服だから胸や腰からのラインが目立つのが本人にはマイナスか。黒に近いブラウンの色は大人の女性に合っているだろう。ただ、それだけだと肩や腕は露出するため、アウターは長袖が必須だ。せめてもの意地で、メンズ風ジャケットを選んだ。
ヒール低めの靴。
長耳も当然隠したい。だから目深い帽子を被り、口元まで覆う厚手のストールを首に巻いた。すぐ近くでじっとり観察されたらバレるだろうが、そんな失礼なヤツは滅多にいないはず。
何故こんな普段しない格好をしているかと言えば、今日はデートだからと答えるしかない。因みに、この服を好んで着たわけでは無いことをセナの名誉のために言及しておこう。
待ち合わせ場所に向かう最中、何人もの視線を感じた。殆どが男たちの。勿論自意識過剰などでは決してない。精神は男だから彼等の気持ちも分かってしまうのだ。声を掛けられそうになったときは、人混みに逃げ込んだりした。
この黒エルフの肢体は、出るとこ出てて、引っ込むところは限界まで細くなっている。簡単に言えば、もの凄く色っぽい綺麗なお姉さんだ。なので、男性陣の視線を集めるのも仕方ない。つい目で追ってしまうのは、本能みたいなものだ。
「うん。もう帰りたいんだけど」
始まる前から疲れが酷い。
オーフェルレム聖王国の聖都レミュに来て、出歩く際にローブを手放すのは初めてのことだ。セナは基本的に目立つのを好まないし、諸事情も色々とある。
だが、約束を破るのもやはり出来ない。我ながら厄介な性格だなと、疲れは加速度的に増していった。
「……先に待ってるのはともかく、赤い花って誰の入れ知恵だろ」
本日のデートのお相手は弓士を目指しているティコくん。まだまだ子供で、セナの前世であれば小学校の高学年か中学一年生くらいの少年である。そんなティコが真っ赤な花を一輪持ったまま、セナが来るのを待っているのだ。
もうお分かりだろうが、本日のセナの装いはティコとの約束の為である。
「ティコくん、お待たせ」
「セナ! 前も、きょ、今日もありがとな! し、しかし……お、おおぉ! やっべ、やっべ、すっげえ」
「あー、うん」
「あ、オ、オイラも今着いたところさ。しかし、着飾ったセナは反則的に綺麗だな。はぁ……もうその姿を見れただけでも幸せだー。あ、はい、これ」
野花であるが、赤い小さな花弁は可愛らしい。それをセナに手渡しすると、ティコはニカリと笑った。
「ありがとう」
綺麗と言われても、顔や肌は殆ど出ていないのだが。いや、よく見ればティコの視線は顔に向かっていない。具体的に言えば、セナのオッパイに釘付けだった。せめて少しは隠せよと、セナはティコの頭を叩きたくなる。
「その視線やめないと直ぐに帰るから」
相手は子供、相手は子供。頑張って心の中で唱えつつ、それでも注意だけはしておいた。
「いやいや、そんな凶悪な武器を見せられたら、もう無意識に……」
「じゃ、さよなら」
「わー! ただの冗談だろ⁉︎」
最低の冗談だな。セクハラオヤジでも言わないだろ、そんな台詞。内心呟き帰ろうとしたセナの手を取り、慌てて引き留めるティコ。
「あのね。約束したし遊ぶのは良いけど、余り調子に乗らないでくれる? 分かった?」
「お、おう」
とりあえず釘を刺し、本日のデートが始まった。
ふむ、やっぱり根は良い子なんだよな。
これがセナの正直な感想である。
当たり前ではあるが、ティコがセナを連れ歩く場所は、大人からしたら可愛らしさが勝るだろう。走り回っても大丈夫な広場、格安の菓子を買える露店、更には秘密のアジトと勝手に決めた空き家。身振り手振りで如何に楽しい場所が説明するのだ。
子供らしい爛漫さと、大人へギリギリ届かない故の真っ直ぐな感情。セナが大好きと言う気持ちを隠すこともなく、でも遠慮がちに踏み込んだりしない。まあスケベな視線も隠せてないけれど、それはティコらしいご愛嬌と許してあげた。
疲れてないか、楽しくなかったら言ってくれと、ティコは何度も聞いてくる。大丈夫だよと返せば、ホントかと聞き返した。
大人の女性が何を好むかなんて、ティコみたいな男の子が分かる訳ないのだ。だから、その必死な想いが可愛いし、微笑ましい。
「じゃ、ここで座って待ってて!」
「分かった。でもティコくん、ホントに良いの?」
「あ、あったりめーだろ! 可愛いオイラの彼女に金を出させるなんて誇りが許さねえぜ!」
上目遣いは反則だろ、サイコーかよと小さく呟いたティコは、全速力で走り去って行った。休憩に何か飲み物を買って来てくれるらしい。
まあさすがに金を出させるのもアレだし、帰ったら彼の母親であるヤトヴィにそっと渡そう。そう考えるセナは、男の子の必死な強がりも理解している。直接返さないのも優しさなのだ。
「あと、言いそびれたけど、彼女じゃないぞ」
まあ今日だけは仕方ないかと諦めた。彼のエスコートは十分に楽しいし、この後も聖都レミュの秘密を教えてくれるらしい。セナがこの街を訪れたのは随分昔だと、それを知ったティコが張り切っているのだ。
「綺麗な噴水……新しいのかな」
ティコに促された場所は、最近段々と有名になってきた噴水。セナが座ったのは噴水周りに幾つも配置された木製のベンチだ。噴水もそうだが、確かに真新しい感じで、最新スポットなのかもしれない。
そんな風にふむふむと眺めていたら、背後からいきなり声を掛けられた。
「セナさん。貴女を此処で見掛けるとは……正直かなり意外です」
「……え?」
声を掛けられたのも驚いたが、何よりもセナと簡単に当てたことだ。本日のかなり女性らしい服装も普段は着ないし、長耳や髪、肌色も極力隠している。確かに、よく観察すればヒト種との違いに気付くかもしれない。それでも、黒エルフであったり、ましてやセナと断定するなど中々難しいはずだ。
「いやあ、分かっていたつもりですが、着飾った貴女には目を奪われてしまいますね。シャティヨンとはまた違った魅力です」
「セウルス、くん?」
「はい。ちょっとだけお久しぶり、ですかね」
赤い瞳、赤い髪、少し垂れ目がちで優しそう。背中には片手剣を背負っていて、何やら汚れた革鎧も着込んでいる。ただ、血糊が付いているので依頼からの帰りだろうか。
座ったままのセナの前に回り込んで来たのは、冒険者パーティ"赤の旋風"の若きリーダー、セウルスだった。
"精霊視"を持つ彼は、セナが持つ精霊力を見ることが出来る。黒エルフである自身も全く分からないが、変装や深く被った帽子程度では、精霊視を誤魔化したり出来ないのだろう。セウルス曰く、セナの精霊力は澄み切っており、大変珍しいと言っていた。
つまり、セナの外見でなく、精霊力で見分けている訳だ。
「本当に色々言いたい事もあるけれど……まず聞かせて? 此処で見掛けるのが意外ってなに?」
「え? いや、此処は男女を強く惹き合わせると言われる"縁結び"の噴水ですから。結婚前や付き合い初め、もっと言えば出会いを求める場所ですよ? さっきからセナさんをチラチラ見てる男達、気付きませんか?」
「……ティコめ」
「はい?」
セナはもちろん周りからの視線に気付いていた。ただ、自画自賛になってしまうが、美しい女性であることを元男として自覚している。そう、如何に隠そうと。だから、毎度同じ視線だと思っていたのだ。まあ何やらいつもより多いとは感じていたが。
「その感じ、やっぱり知らなかったんですね? でしたら声を掛けさせて貰って良かったかな。セナさん、そんなつもりが無いなら場所を移す事をお勧めしますよ」
「セウルスくん、教えてくれてありがとう。ただ、その前に一つだけ忠告させて」
「え? は、はい」
セナからかなり鋭い視線を感じ、セウルスは緊張してしまう。橙色の瞳は変わらぬ優しい色なのに、セナが明確な意思を乗せたのが分かったのだ。
「キミの、精霊力を見るチカラだけど、それを簡単に
」「この野郎! オイラの彼女をナンパするとは、いい根性してやがるな! 気安く話し掛けるんじゃねーぞコラ! セナ、怖かっただろ? でもオイラが来たからには大丈夫だ!」
思わずポカンと口を開けていたセウルスは、一度表情を消した後ニヤリと笑った。コレは面白いものを見たなと思っているのが丸分かりだ。
「キミは、ティコって名前? じゃあ聞いてくれ。セナと僕は良く知った仲だよ。だから邪魔しないで欲しい」
「はあ⁉︎ この野郎、喧嘩売ってんのか! よし買ってやんよ!」
「ほら、よく見て。剣を装備してる相手だよ? 気軽に喧嘩を買って大丈夫かい?」
「バカにしやがって!」
何やら頭痛がしてきたセナ。セウルスくんも意外にお茶目な性格をしているらしい。絶対に分かった上で遊んでいるのだ。ついさっきまでは"セナさん"と呼んでいただろうに。
子供相手ではあるが、苛つきはもう隠せない。その感情はセナの声と視線に宿る。
「セウルスくん、ティコくん、ホントそろそろ静かにして。お姉さんも流石に怒るよ?」
若い二人はピシリと直立不動の姿勢になった。足元から震えが走り、手足の先まで緊張する。そう、色々と理解したのだ。
「「す、すいませんでしたー!」」
普段優しい綺麗な女性を怒らせてしまったら、こんなに怖いんだ、と。
次話に白の姫が少しだけ登場します。そのあとセナと白の姫との過去編に続く予定です。




