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21 お人好し

 




「うん、バッチリ」


「弦はとりあえずの代品になる。そいつに合う材料が今は手に入りづらい。まあそれでもセナの腕に合う品を選んだつもりだがな。手に入ったらまた報せを入れる、それで良いな?」


「問題なし。能力は三割ほど下がるけど、()()()なら分かってくれる」


「ホントか? 何となくだが、怒ってるぞ、そいつ」


「……」


「おい、知らん顔するな」


 アダルべララの紅弓に別人格が宿っているとか、そんな事は全くない。ないのだが、偶に御機嫌が悪いのではと疑いたくなる時があるのだ。逆に性能を超えた結果を示す場合もあって、ヴァランタンもそれを知っていた。


「お前がちゃんと世話しないのが悪いんだぞ。どうせ適当な箱にでも投げてたんだろ、絶対。血糊を拭き取るのにどれだけ大変だったか教えてやろうか?」


「そろそろ行こっかな」


「その子供みたいな逃げ方、全然変わってねーな」


「えーっと、あ、袋は?」


「あん? あー、アレは傷みが酷いから捨てたぞ?」


「え? じゃあ、この子を裸で持ち歩けってこと?」


「知らん、と言いたいところだが、アダルべララは目立つからな。ほれ、新しいのだ」


「おー、ありがと」


 紅弓の名の通り、赤い色合いが眩しい。弓本体である弓幹(ゆがら)の主な色が赤いため、印象はそのままに"紅"だ。余談だが、昔セナが暗い色を勝手に塗った時、散々な性能になった過去もある。そのあたりが"アダルべララの御機嫌"と言われる由縁なのだ。


 弓幹上部に幼い女の子の彫像が飾られている。例えるならば、船の舳先にある女神の彫像が近いだろうか。その女の子は瞼を閉じ、祈るように手を胸の前に合わせた姿だ。そしてそこから下部に向けて、蔦で複雑に編んだような意匠が施されている。最下部には枝木と葉の飾りが見えるため、間違いないだろう。


 そんな訳で、セナは自分の愛弓を"この子"と呼んでいた。


 いそいそと真新しい革袋に弓を入れる。盛り上がったカタチから何となく弓と分かるが、まさか英雄譚に謳われる伝説的武器、アダルベララが入っているなどとは誰も思わないだろう。


「試射は?」


「いや、要らない。さっき握った時に大体分かったし」


「……そうか」


 相変わらず無茶苦茶な弓と主人だ。ヴァランタンはそんな風に毎度の如く思ったが、言及するのも馬鹿らしいのだろう。それ以上何も言わないようだ。


「じゃあ、ヴァランタン、ありがと」


「おう。せめて、お前がレミュに居る間は俺のとこに持って来いよ? 血で汚れて御機嫌斜めなんて勘弁してくれ」


「……りょーかい」


 苦い顔のセナは、店を後にしようとする。しかし何かを思い出したのか、一度立ち止まり振り返った。


「どうした?」


「あのさ。ヴァランタンに紹介したい冒険者がいるんだけど。まだまだ若くて、でも腕の良い男の子かな。片手剣の剣士だよ。新しい剣と専任を探しているみたいで、名前はセウルスくん。あ、ヒト種ね」


「はあ、またか。相変わらず世話好きだな。どーせ自分には何の得も無いのに相手したんだろ? 偶には断るとか無視するとかしろよ。お人好しが過ぎるのも大概に」


「あー、分かってるって」


 最近でもティコの事があり、セナも強く言い返せないようだ。


「……ったく。だがなぁ、周りを見たら分かるだろ? 近頃は装備類を扱ってないんだ」


 セナが紹介してくる連中は基本的に優秀な者が多い。それだけ求める質や拘りも強く、適当に受けるのは憚られた。


「ううん、無理にはお願いしたくないから。ただ」


「……ただ?」


 この流れの場合、セナは碌なことを言わない。ヴァランタンの、セナとの経験が警報を鳴らし始めた。


「シャティヨンのお弟子さん、だってさ」


「は? エルフのシャティヨンか? あの?」


「うんそう。あと、セウルスくんは精霊視を持ってるみたい」


「精霊視だと! お、おまえ、そりゃ」


「驚くよね」


「なんてこった。またセナの、運命の"引き寄せ"か……クソッタレの世界め」


「違うって」


「分かってるのか? あの時みたいに"揺り戻し"が起きたらどうする? また涙が枯れ果てるまで泣く事になるぞ」


「やめてよ、その話は」


 天を仰いだヴァランタンは、全てを諦めたように目を瞑った。この娘へ幸福が訪れることを願う、心の底から。あんな、抜け殻のようなセナをもう見たくない。


「はああ……仕方ねーな」


 そして、悔しくも頷くしかなかった。








 ◯ ◯ ◯



 チラリと「占術師組合」を視界に入れたあと、セナは見事に無視して通り過ぎた。


 以前オーフェルレム聖王国に到着してすぐ、占術師資格の更新に訪れたとき……何故かその情報が瞬時に流れて、聖王国の王子レオアノが追いかけて来たのだ。事前に察知して会うことは無かったのだが、余り近づきたい場所ではない。個人情報の取り扱いはどうなっているんだと憤慨したが、ここは日本でも前世の世界でもない。つまり、騒いだところで無駄だ。


「レオに会うのは構わないんだけど、んー」


 彼の赤ん坊時代には抱っこもしたし、幼い時もよく知っていた。立派に成長した姿を見てみたい気持ちもある。そもそもレオアノが嫌いな訳でもない。ただ噂に聞こえたレオからの自身への執着心、つまり恋心に躊躇している。正直な話、真面目な顔して迫られても困るのだ。


 まあまた折を見て、と。


 とりあえず課題を後回しにして、次の目的地へ辿り着いた。


 背中に掛けた革袋、つまり"アダルベララの紅弓"が外から見えない事を再度確認し、大きな両開きの扉を潜る。当然にローブも深く被り直し、黒エルフの特徴は隠されていた。


 セナが訪れた場所、冒険者ギルドは巨大な組織だ。


 実務としては、護衛や魔物退治、そして特殊な調査などが主となっているため、傭兵ギルドと言った方が近いかもしれない。だが、胸躍らせる"冒険"に思いを馳せ、今もその名は受け継がれている。


 そんな巨大組織である冒険者ギルドの建物は、当然にかなりの大きさと面積を誇る。一階部分は各受付や待機場所などがあり人影も絶えない。だが、オーフェルレム聖王国はヒト種の国のため、エルフなどの他種族の姿は少ないようだ。全く居ないわけではないが。


「すみません」


「はい。ようこそ、冒険者ギルドへ」


 依頼受付を行う一階の左奥に、セナは早足で立ち寄った。受付役の女性は何人か座っていたが、依頼を掛けた時と同じ人が見えたのでセナとしてはちょっとだけ嬉しい。説明の手間が省けるかもしれない。


「以前依頼した件で、途中経過を聞きに来ました」


「……ああ、"レミュの街角に住まう占術師"さんですね。では資料を用意しますので、あちらでお待ちください。あと、形式上ですが、鏡もお願いします」


「はい」


 身分を照会する手鏡を渡されたあと、指定の待ち合い場所に移動する。そこには幾つか椅子が並び、セナの知識から見ても、日本の市役所などにそっくりだ。


 暫く手鏡を見つめていると、先程の受付から声が掛かった。それぞれ身分や立場もあるので、大声の呼び出しではない。近くに来て声を掛けてくれるのだ。


「では、セナさん。これが現在の進捗です」


 手鏡から名前は伝わる。あっさり"セナ"と言われたが、特に変な反応はないようだ。


「……もう二箇所で調べてくれたんですね」


「ええ、別の依頼と合わせて受けられますから、セナさんの依頼は。ただ、まだまだ先は長いと思いますよ? 地域が広くて、中には非常に難度の高い山と森がありますので」


 指定した場所の気温、地形、植生、そして魔物達。それらに変化が起きていないか、それを調査するのがセナの依頼だ。こういった調査内容は珍しくなく、研究者などから絶えず依頼が掛かる。そのため、それを専門にした冒険者もいるくらいだ。


 今回の二箇所は聖都レミュからも程近く、依頼難度も低めに設定されていた。中堅どころの冒険者ならば比較的容易に達成出来るだろう。


「この調査書は貰っても?」


「勿論です。最後の項に達成した冒険者パーティ名が書かれていますので、調査内容に満足したときはお知らせ下さい。彼等の評価に繋がる上に、セナさんの依頼をより丁寧に優先的に請ける理由にもなりますから」


「はい、分かりました」


「では今回の達成報酬ですが、予定通り占術師組合の口座からで良いですか?」


 都度の支払いとしていたので、二つ分の達成報酬を払う事になる。予想よりずっと早い仕事ぶりだったのは嬉しいが、先立つものも必要だ。


「お願いします」


「ではこちらに署名を」


 "セナ"と、渡されたペンでサインした。つい、特に深く考えもせず。


「はい。セナさん、ご苦労様でした。また冒険者ギルドの御利用をお待ちしております」


 足早に立ち去るローブ姿を見送ったあと、再び署名を確認する受付嬢はジッと名前を反芻していた。記憶に間違いなければ、セナは()()セナだろうか。背中には弓と思しき革袋もあった。包まれているのが伝説の"アダルベララの紅弓"だったなら凄いことだ。


「確か冒険者から引退して占術師に鞍替えしたはず」


 達成報酬は占術師組合からだ。


「ふ、ふふ、まさかね」


 知られた名を騙る奴等は意外に多い。怪しい職業の代表格である占術師なんて"エンデヴァル式"や"セナの弟子"などと嘯く輩もいる。一方で、危険な戦いを生業にする冒険者ギルドでは有り得ない事だ。騙った責任を自身の命で償うことになるだろう。


「ま、一応日報には書いておこうかな。騙されるおバカはいないと思うけど」


 そう呟くと、日常の業務へと戻っていった。








 随分と住み慣れてきた部屋に籠り、セナは手にした調査書に目を通していた。


 手元には湯気の立つお茶とポテチ擬き。油を使う料理は面倒だけど、ヴァランタン向けで今朝使ったのだ。一度だけなんて勿体ないから、ジャガイモ擬きを薄くスライスしてポテチ擬きを作った。残念ながら味がかなり違うのが悔しい。いつかあの味を作り出してみせると、セナは決意したりしている。


「……特に大きな変化はなし、か」


 読み込むと、依頼を達成したパーティはかなり優秀と分かった。恐らく戦闘寄りじゃなく調査を主とした者達だろう。調査書自体も読み易い。


「でも幾つか気になるな。レミュから近いし、行ってみるのも良いかなぁ」


 パリッ。


 偽物ポテチを齧りつつ、セナは記憶を探る。行ったことのない場所かもと、ちょっとだけワクワクする。新しい国、新しい町、新しい場所。膨大な時間を生きるセナだが、好奇心は無くなっていないのだ。


「アチ!」


 まだ熱いお茶をグイと口にして、唇が僅かに火傷した。


「……アチチ。油断した」


 赤くて長い舌をペロと出し、空気に晒す。誰かに見られたら少しだけ刺激的な仕草かもしれない。


「ふー。さてと、今日は早めに寝ようか。気乗りしないけど、明日はティコくんとの用事があるし。んー、でもおかしいな……何か最近忙しくないか? まだ仕事だって本格的に始めてないのにさ」


 まあ今更考えても仕方がない。


 肩を落としたまま、セナは着替えを用意した。






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