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2 ラウラとの再会

 




「ラウラ? あれ、お留守?」


 オーフェルレム聖王国の中心である聖都レミュ。


 規模としては大陸で四番目に数えられる、それなりに巨大な街だ。この聖都の特徴的な配色は白色だが、窓枠や看板、屋根などは淡い色で彩られている。つまり、建物の壁や石畳以外は優しい色合いを示していた。そして、それぞれの色が花々を意味しているため、都全体を明るく染め上げているのだ。


 そんな聖都の街角。中央の通りから随分と離れ、奥まった場所。人通りも少なくて侘しい空気も感じる。そこは、小さな小さなお店。


 看板も特になく、木の扉へ申し訳程度に書かれている文字は「貸店舗のラウラ」だ。


 薄い空色した扉を押し開け中に入ったセナ=エンデヴァルは、姿の見えない店主に首を傾げた。彼女の記憶ではこの場所で間違いないし、何より店舗名には知った名前が書いてあったのに。


「物騒だなぁ。お留守なら鍵くらい掛けておかないと」


 ぶつぶつと愚痴をこぼしつつ、セナは慣れた感じで一脚の椅子を引っ張り出した。帳簿らしき紙の束に埋もれていた椅子だったから、少しだけ時間も掛かる。


「相変わらず汚い……()()あれだけ注意したでしょ。ホントいつまでも子供なんだから、全く」


 更に独り言を呟くと、セナは散らばった書類を片付け始めた。几帳面な性格と言うのもあるが、嫌な顔一つしてない表情からもお人好しなのだろう。奥から布巾を持って来て、テーブルの上まで拭き始める始末だ。その瞳には()()に対するような優しい色がある。


 お店の左右にある曇り窓と空色の扉まで拭き上げると、セナはフゥと一息ついた。暑かったのか組合で被っていたローブは椅子の上に折り畳まれている。だから、彼女の全身はいま隠されていない。


 台形のシルエットでハイウエストのショートパンツは暗い蒼。スラリと伸びた両脚は、黒エルフらしい褐色の色艶が眩しい。肉感的と評される通り、太腿から臀部にかけてのラインは成人の女性を強く意識させるだろう。七分袖のカットソーブラウスを押し上げる胸を見たら否定など絶対に不可能だ。黒色のブラウスは陰影など表し難い筈なのに、その二つの膨らみは誰の目にもはっきりと映る。ハイウエストのパンツが細い腰をより際立てているのも拍車を掛けていた。


 セナの外見を簡単に表すならば、凄く色っぽい美人なお姉さん、だ。


「……あん? なんだいコレは?」


 店の更に奥、裏口らしきドアがギィと鳴った。そして現れた老婆が嗄れた声を出したようだ。曲がった腰に手を当て、もう片方は杖をついている。一般的なロングスカート、やはり珍しくない白の羽織り。皺くちゃの顔は怪訝そうに歪んでいた。


「あ、ラウラ」


 ひょこりと顔を見せたセナを確認すると、老婆は固まり……そしてそのうちポロポロと涙を溢し始める。取り出したハンカチで何度拭っても、それでも涙は絶えなかった。


 セナはゆっくりと近付いて、ラウラの小さくなった身体を抱き締める。相手は年老いた老婆だろうに、その髪を撫でる手は子供に対するように優しい。


「セナ()()()……」


 ラウラもそれに身を任せ、慣れた呼び名を久しぶりに呟く。実に、五十年ぶりの再会だった。


「長過ぎです、長過ぎですよ……」


「うん、ごめん」


「もう私はお婆ちゃんになってしまったのに、もう二度と会えないかもって……」


「約束したでしょ? もう一度、必ず会いに来るって」


 抱き締め合ったまま、長い時間を埋めるように声を交わした。


「はい」


 黒エルフの女性と、ヒト種の老婆。生きる時間は大きく違っても、すれ違う一瞬だけは共にある。今はそれを確かめ合う時間なのだろう。











「お姉様、どうぞ」


「ありがとう、ラウラ」


 コトリと置かれたカップには薄い緑色したお茶が注がれている。少しだけ香ばしい薫り。花を想わせるのは、浮かぶ花弁がユラユラと水面を泳いでいるからか。


「私の好きなお茶、覚えていてくれたんだ」


「貴女にまた会ったら必ず淹れようと決めてましたから」


「……そっか」


 セナはカップに両手を添えると、薄紅色の唇を潤した。


「うん、美味し。きっと高くて良い茶葉だね」


「ふふふ……量り売りでもない安いヤツですけれど」


「ええ⁉︎」


 非常に整った美貌が驚きに満ち、長い両耳がフニャリと萎れるのを見ると、ラウラは幸せそうに笑った。変わらないなお姉様はと遠い昔を思い出したりもする。


「長く待たせた罰ですね。こんな皺くちゃになるまで放っておいたんですから」


「うー、ごめんって謝ったじゃない」


 ますます萎れる長い両耳を摘みたくなったラウラだが、哀しそうな橙色の瞳を見ればそんな気も失せていった。彼女が決して意地悪をしていた訳じゃない事を知っているからだ。


「冗談ですよ。お姉様が世間に関わらないよう律しているのは分かってますからね。でも、そんな貴女(あなた)がこの聖都レミュに来たのも訳があるのでしょう?」


「ん、一番はラウラに会う事だけどね。でも、他にもあるかな」


「安心してください。理由なんて聞きませんよ、私は。長命種であり、精霊種でもある黒エルフの……ましてや聖級の占術師の言葉なんて耳に入れるものじゃないでしょう。ただの老婆である私には荷が重過ぎますから」


 苦笑するラウラに嘘はない。セナが背負って来た時間も、世界も、人々との出会いや別れも、ちっぽけなヒト種の人生では支えきれない。目の前の彼女は叙事詩に謳われるほどの女性なのだから。


 黙ってお茶を口に運ぶセナはラウラの言葉を否定しなかった。もちろん肯定も。


「この店に来たのは、やっぱり?」


「さすがラウラだね。助けて貰える?」


「それはもう。でも、お姉様のことだから"お安く"でしょう?」


「う、うん。正直な話、手持ちが無いから……」


「相変わらずなんですねぇ。貴女ならばどれだけ高額であろうと占術を求められるでしょうに。また聖級を隠して過ごすんですか?」


「そのつもり。だから」


「質素でも良いから生活出来る住まいと、占術師として仕事するお店が併設された物件。ただし、保証金の積立は無く、向こう半年の家賃も預けられない。それでいて極端に目立たず、でも偶には客が来る立地。可能なら聖都とその周辺の情報が手に入る冒険者ギルドから遠く無い場所、ですね?」


「……お見通しってやつ?」


 セナが思い描く、その全てを言い当てられたようだ。ピクピクと震える長耳を見れば、滅茶苦茶な条件だと不安に思っているのが分かる。それを見たラウラは皺くちゃの顔を更に皺皺に破顔した。


「私も歳を重ねた婆ですから。それくらい当然でしょう」


「部屋の片付けは出来てなかったみたいだけど?」


 セナが訪れたときと比べて、ラウラの店は見違えるほど綺麗になっている。一人暮らしの時間はとんでもなく永く、几帳面な性格も変化してない。つまるところ、セナの家事能力は世間の常識的範囲を大きく上回るのだ。


「あらあら、そんな事を言うなら特別な物件を紹介するのやめた方が良いかしらね」


「わー、ごめんって!」


 そして、再びフニャリと萎れるセナの両耳を……ラウラは欲求のままに摘んだ。うっひゃあ!と小さく叫ぶセナは、結構な速度で距離を取る。ずっと以前には冒険者として名を馳せたが、まだ衰えは見せていないのだろう。小麦色した肌なのに、淡く赤く染まる頬は分かり易い。


「油断しましたね、お姉様」


「油断とかじゃないし! 変なとこ触らないでよ!」


「あら? 黒エルフの長耳が性感帯ってホントだったかしら?」


「違うから!」


 昔から悪戯していたが、弱点が変わってなくてラウラは安心した。微妙に手の届かない距離に離れた一方のセナは、切れ長の美しい瞳で睨みつけている。


「そう言うことにしておきます。さ、お姉様。紹介する物件の話をしましょう」


 もう変な事しない? 


 そんな不審気な視線を隠さないまま、セナはソロソロと近付き席に着いた。また触ってみようと決意するラウラを信じ、澄ました顔色に戻ったようだ。あと何度か耳を弄られることになるセナだが、この時はまだ知らない。








キャラ紹介②


ラウラ。

オーフェルレム聖王国にある「貸店舗のラウラ」の女主人。ごく一般的なヒト種の老婆。腰は曲がり、杖がないと歩くのも大変。シワシワの顔も含め、歳を重ねた人生が垣間見える。


幼き頃、危機的な状況に襲われていたところを偶然セナに救われた。元々浮浪児に近い生活をしていたが、世話好きな黒エルフのお陰か、今は一人の商売人として生きている。年老いた後も生来の悪戯癖は治らず、特にセナの長い耳を触るのが得意。


何十年もセナと会えていなかったが、フラリと現れた黒エルフのお姉さんに、感情を抑える事が出来なかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラウラおばあちゃん可愛い。^_^ 某フリ◯レンはわりと淡白な再会が多いですが、こんな再会もいいですよね。 年齢も忘れてポロポロこぼす涙に、二人の過ごした短いけど密度の濃い時間が想像できま…
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