13 現実逃避
「占術の結果は、今のまま頑張ろう、だよ」
「はい?」
「聞こえなかった? 今のまま頑張って、です」
「いや、聞こえなかった訳じゃなくて、さっきまでの雰囲気との落差が」
剣やら死神やら、更には運命とか仕向けられたとか、不吉な意味を纏った言葉達は何だったのだろうか。そんな風に感じるのも当然かもしれない。非常に整った美貌をこちらに向け、なあにと顔色そのままのセナの所為でもある。探し人シャティヨンとは色合いの違う髪が似合ってて、セウルスは思わず見入ってしまった。とにかく集中と言い聞かせ、セナの額辺りを眺める事にする。
「セウルスくんは赤の旋風のリーダーで、剣技にも自信があるのでしょう? 信頼する仲間達、数々の冒険、良いよね。そして拠点はここ聖都レミュ。キミはまだまだ若いし、今は頑張って依頼をこなして、もっと腕を磨く。つまり、今のままで頑張る、ね?」
「……」
聞きようによっては巫山戯るなと怒りを溜めてもおかしく無い回答だった。金を払い、ギルドを通さずとも正式な依頼なのだから。そして出てきた占いの結果は「今のまま」と。だが、セウルスはセナの言葉の端々に何かが含まれていると感じる。師であるシャティヨンは何時も言っていた、超常者は日常に溶け隠れている、と。凄腕と喚く奴等ほど一流に届かない。そう、超一流の者達には一挙手一投足に意味があり、近くて遠い場所に立っているのだと。
目の前の黒エルフがそうなのか、セウルスには全く分からなかった。初めての占術の空気に当てられただけかもしれない。だが、セナの言葉を信じなければと何故か思うのだ。
ついさっき言っていた。
運命は決められた定めと違う、と。
シャティヨンとの再会は叶うのだろう。しかしそこには偶然性と必然性が混在する。そして、夢に描く様な美しい再会とはならない。今のままでは。拠点は聖都レミュ。捉え方を変えれば再会の場所は此処か、近い場所とも思えるし、今以上の戦闘力を求められる場面があるのかも、いやあるのだろう。こうなると、もはや予言に近い。しかし、セウルスが行動を怠ったり間違えば、優しい再会すら手から溢れるのだ。未来は拓かれているのだから。
「今のまま、頑張る」
「うんうん。頑張れ少年」
「少年は流石に無いでしょう。せめて青年にしてください」
「あー、ごめんごめん」
永い時間を生きる黒エルフ族からしたら、ヒト種なんて皆子供なんだろうか。セウルスは、笑顔を浮かべるセナを眺めつつ考えたりした。
「よし、明日からまた依頼を請けて、仲間にも協力して貰いましょう。剣も新調するべきか悩んでいましたが、良い機会だし今から探しに行きます。最高の鍛冶師をギルドに紹介して貰って……」
「あれ? セウルスくんは任せてる鍛冶師が居ないの?」
「専任ですか? まさか居ないですよ、僕なんてまだまだですから」
「特に拘りないなら紹介しようか? レミュに居るドワーフのお爺さんなんだけど」
え⁉︎って顔をして、セウルスは目を見開いた。その驚きにセナも吃驚する。
「まあ信じられないのも分かるけど」
「いやいや、そうじゃなくて! この聖都レミュにいるドワーフの鍛冶師で、お爺さんって……まさか古老ヴァランタンじゃないですよね? ははは、そんな都合の良い話が転がってるわけ」
「あー、ヴァランタンのこと、古い名前なのに知ってるなんて余計な話だったね」
「やっぱり!」
「ん?」
「セナさんが言ってるヴァランタンは、もう武器を扱わないと頑なな伝説的鍛冶師なんですよ! 誰もが憧れ、それでも請けてもらえない、冒険者間では知られた……」
「そうなの? つい最近も私の弓を預けたけど。まあ整備だけだから……あ、そう言えば店に装備類を置いてなかったな」
セナの主武器である弓、アダルベララの紅弓。色々と適当に扱っていたために傷みが激しかったのだ。
「ええ……? いやそもそも弓を扱うんですか? セナさんは占術師ですよね」
「あ、えと、まあそこそこ? ほら、私、見ての通り黒エルフでしょ」
「まあそうですけど」
不安そうに揺れた長耳、色付く肌を見れば、否定する愚か者などいないだろう。そして、事実紹介することは出来る。セウルスの言う通り断られるかもしれないが。
「私も随分久しぶりに会ったから、事情があるのかも。セウルスくんの言う通り駄目だったら申し訳ないな。やっぱりやめ」「駄目もとで! 駄目もとで良いので紹介してください!」
乗り出す様に顔を突きつけ、セウルスは声を張り上げた。もう唇が触れるのではと言う距離になり、セナは仰反る。
「もう近いって。紹介するから落ち着いて」
「す、すいません!」
セナの、夕焼けの様な色した瞳が綺麗で、セウルスは今頃になって動揺した。花の様な甘い香りが鼻をくすぐったのもある。間違いなくセナの放つものだろう。
今、大変に美しい女性と二人きりなんだと、セウルスは気付いた。まあ気付いたからと言って意味などないのだが。
「じゃあ、今度預けた弓を取りに行くから聞いてみる。期待せずに待っておいて。そうだ、連絡はどうしようか」
「また此処に来ますよ。他にも占って欲しいことが出来たので」
「そっか。セウルスくんは最初の常連さんかもね。じゃあ七日後くらいに来てくれるかな? それと」
「それと?」
「次に会うとき、大切な話がある。キミの……力について」
疑問符を赤い瞳に浮かべ、何かを言葉にしようとした。だが、セナの視線に射抜かれたとき、何故か身体が強張ってしまう。今はまだ聞かないでと、彼女が言っている気がした。
「勇者、か」
立ち去ったセウルスの背中を思い浮かべてセナは呟いた。精霊力を感知、或いは視る力。精霊種からしたら厄介極まりない力だが、本人が望んで手に入れたものではないだろう。ましてや話した結果、悪意ある存在でもなかった。時代が時代なら運命の分岐点となったかもしれないヒト種。それがセウルスくんだ。
「シャティヨン……」
あの堅物エルフがセウルスの力に気付かなかった筈がないだろう。何故知らせていないのか幾つかの仮説が立つが……それでも自分から伝えたくはない。そんな役割なんて望んでいないのだ。それでも、もう既に知ってしまった。彼は近い将来に大きく羽ばたき、より広い世界に触れるだろう。そしてその世界は……決して優しくない。
「この手のひらで転がされてる感じ、嫌だ。気持ち悪い」
シャティヨンといつの日か再び出会うのは分かっている。何よりも、彼女が仕えるあの娘の精神性を深く理解していた。
「諦めてくれないかなぁ……やっぱり、無理なのかなぁ。もうさ、シャティヨンが説得してくれれば良いのに」
話題に上がった若きエルフの女の子。その彼女が執着する存在、いや相手こそがセナ=エンデヴァルだ。黒エルフでもないし、大人しく同族と何とかして。そう何度も伝えたし、突き放しもした。最後のあの日は泣き腫らしていたほどだ。別れる時は酷く嫌われるよう仕向けたのだが、何故か今もセナを捜し続けている。もしかして復讐でもするつもりだろうか。
「はぁ」
比喩やお世辞を抜きにして、セナの長き月日の中においても飛び抜けて美しい。それがあの娘だ。俗称でもあり、同時にエルフ族の間ではよく知られた存在"白の姫"は、あの堅物シャティヨンが全てを投げ捨てても守るエルフ族の宝。
"白の姫"。純粋で、尊大で、傲慢で、高貴で、精霊力さえも最高。そして、それに見合った絶世の美貌と圧倒的な戦闘能力、と言うか戦闘狂だ。
パタリとテーブルに突っ伏し、セナはブツブツと独り言を続けていた。元男の精神は白の姫に惹かれ、元日本人の感覚が忌避する。更には血を見るのも嫌いなので、戦闘狂なんてもう理解するのを諦めるしかない。そして何よりも、彼女と一緒に居れない理由がセナにはあった。
それを自覚するからこそ何となく逃げ続けて来たのに。もしかしたら決着をつける時が近づいているのだろうか。
「んー。コーラ、飲みたい、ポテチ、食べたい、コンソメの」
……どうやら現実逃避する事にした様だ。
あの身体に悪そうな駄菓子をお腹一杯に食べたいらしい。この異世界でも似た様な物を作れるが、結局は同じ味にならないから欲求が高まっていく。全く薄くない薄塩味も良いけれど、セナは今コンソメの気分なのだろう。
「いや、のり塩もあり?」
両腕をダラリと下げたまま、もう何でも良いので帰りたいなぁと呟いた。
セナはずっとあの世界に戻りたいと望んでいる。黒エルフの様に長命でもないし、羨む美貌どころか女性でもなかった。ごく平凡な男の子であっても、今よりずっとずっと優しい場所だったのだ。苦手な血を見るなんて稀で、生死に関わる事態はニュースの向こう側にしか存在しなかったのに。
長く生きれば精神も磨耗し変化するはず、そう思ってもいたが……現実は結局変わらず自分を取り巻いたまま。
「あー、悪い癖だ……難しく考えないようにしないと、疲れる」
だが、セウルスくんをきっかけにして何か起こる気がしてならない。ああいった特徴的な人物に出会うと逃げ出したくなるのだ。だがそれも難しい。驕りではなく、自身もこの世界に関わってしまった一人なのだから。
セナが占術師を目指した理由は、そんな未来を予見し逃げるためだった。しかし今は、沢山の事を望まずとも知ってしまい、多くの人々との出会いが影響を与えている。長く生きた経験則が他人を助けても、自分を守ってはくれないものらしい。
ノソリと上半身を起こし、重ねて置いていたタロットカードを手に取る。そして、その黒い背面をジッと眺めながら、セナは誰かへ言い聞かせる様に言葉を紡いだ。
「調べに来たオーフェルレム聖王国に、精霊視を持つセウルスくんが居て、何故かシャティヨン達とも関わりがあった。そして調査目的も精霊絡みだから、結局は何処かで繋がる。まるで出来レース……いや、そんなものか。ホント、嫌な世界」
タロットカードの一枚目を指で挟み、裏返そうとして止まった。暫く動かず、長耳が萎れるのも意識の外に追いやる。
聖級占術師セナ=エンデヴァルは……
カードを見ないままに混ぜ合わせ、そして席を立った。
ちょっとずつセナの過去や一人でいる理由を出していきたいと思ってます。なのでセナの昔話を少しだけ次回に。
引き続きコメントや評価をお待ちしております。読んで貰ってる皆様、ありがとうございます。