12 カードの示す先
「じゃあ料金も貰ったし、始めましょう」
明瞭会計前払いを提案し、セウルスも快諾したカタチだ。これは恋愛関係と知ったセナの判断で、依頼主の年齢、つまり若さも考慮されている。決して軽く考えている訳ではないが、珍しくもない内容だからだろう。
後悔先に立たず。
そんな前世の諺を知るセナだが、この時は浮かびもしていない。
「さてと、お相手はどんな人かな。出来る範囲で答えてくれる? もちろん言いたくない事は言わなくても良いよ」
言葉を続けるセナは、テーブルに赤色の敷物を用意した。光沢のある材質で、高級感も感じられる。昨晩のドティルに対して行った占術とはそもそもが異なるからだ。続いて出て来たのは真っ黒な背面が特徴のカード、その束だ。いわゆるトランプと違い、かなり長細い。一見は黒単色だが、よく見ると複雑な模様が描かれているようだ。知識のある者ならば精霊に関わる紋様と気付くだろう。
「カード占い、ですか」
「そう。知ってた?」
「いや、全く。噂に聞いたことくらいでしかないですね。ずっと昔、変わり者の占術師が創り出したと、どこかで。その技術を受け継ぐ者は現れていないそうですが」
セウルスの目にちょっと疑いの色が加わった。それを理解したセナだが気にもしない。そもそもその変わり者本人だし、疑いの目を向けられるのにも慣れている。ただ、信頼を失えば依頼内容の聞き出しも難しくなるため、全てを無視する訳にもいかない。
「よく知ってるね。でも安心して。私の故郷だとカード占いはかなり一般的なんだよ。セウルスくんには分からないと思うけど、別に珍しくもないし」
「ああ、黒エルフの常識なんて殆ど知られてないですもんね」
「そんなところかな」
黒エルフ族は閉鎖的であり、他種族との交流も非常に少ない。よく知られた事実だから、今も謎に包まれた者達だ。エルフとヒト種の混血はごく普通に生まれていても、黒エルフとの子など寡聞にして聞かない。
ちなみに、"セナの故郷"とはすなわち地球の日本のことだ。カード占い、つまりタロットカードをこの異世界で扱うのは彼女だけだろう。ましてや当人すら適当な知識しか持っていない。この世界で重要なのは魔力であり、セナには更に精霊力も加わる。カードはあくまで媒介に過ぎないのだ。
タロットカードは全部で七十八枚あり、大アルカナ、小アルカナなどと分かれるらしいが、セナにはそんな知識さえもない。つまり、手元で触っているカード達もあくまで擬きだ。ただし、カードそのものを構成している物質は酷く希少なモノになる。
「別に隠すことなんて無いんです。ただ、滅多にヒト種の前に現れない女性なので」
「ヒト種じゃないの? なるほど、探している理由もそれかな。昔に会って好きになった、とか」
「はい。返し切れない恩もあって……同時に好きなんだと最近気付いた感じですかね。まあ気付くのが遅過ぎて、今どこにいるかも知らない訳なんですが」
意気消沈。そんな言葉を体現するように、セウルスは俯いた。
彼の悩みはよくある話でもあり、誰もが抱えるかもしれない悩みだ。だからだろう無意識な優しさが前面に出て来てセナにも力が入る。ストーカー的なアレなら困ったが、初恋に翻弄される若者ならば当然だ。
どの街にいるとか、この日この場所に現れる。そんな風に明確な答えは出せない。いや、出さない。本気で占えば可能だが、運命に直接影響するような占いをしないとセナは誓っている。人の出会いは思う以上に世界へ影響を与えてしまうからだ。たくさんの失敗をして、多くの後悔を抱くセナにとって当然のことだった。
ずっと昔、無理矢理に運命に抗おうとした。それの、世界からの揺り戻しは悲劇しか生まないと知っているから。
「それなら種族だけでなく、名前も知ってる訳だ。恩の部分も教えて貰えると助かるかも」
何れにしても情報は多い方が良い。
「あ、はい。僕が小さな頃、村を訪れた旅人達の中にいたエルフです。名前はシャティヨン。大人としての教え、世界の広さ、沢山の種族……本当に色々と学ぶ事が出来ました。今の僕があるのは彼女が師だったからです。何よりシャティヨンは剣の達人でしたから、剣技を学ぶ機会を得たのは幸運と思います」
「シャティ……ヨン? 剣の達人?」
「ええ。エルフは魔法に長け、弓が有名ですから珍しいですよね。でもよく考えたら弓兵だけな訳ないですし、当然剣を得意とするエルフもいるのでしょう。とにかく凄まじい腕だったので、今も全く勝てる気がしませんよ」
「そ、そうなんだ」
滅茶苦茶に思い当たるヤツがいるんですが!
それがセナの内心の叫びだった。
セウルスはまだまだ若いが言葉遣いが非常に丁寧だ。この世界でも相当に珍しく、高貴な生まれでも無い限り教育も足りていない、はず。しかし、あの堅物エルフが師ならば納得出来てしまうのだ。いつも言葉遣いが綺麗で、腹黒さを隠す達人なのだから。確かに剣も達人だけれど。
万が一の可能性に賭け、別人であってくれと願いながら質問を続ける。
「容姿や身長は? 覚えてる?」
「当然です。髪は白銀色で、当時は腰まで届く長いものでした。僕が小さな頃は櫛を通させて貰ったのでよく覚えてます。まあ大きくなるにつれ触らせてくれなくなりましたけどね。背も高く、多分セナさんと同じくらいだったかな。エルフ族らしい美貌と全てが細く見える身体……何より頭が非常によく、言葉遣いや仕草が凄く丁寧な女性でしたね。会った事なんてないですけど、貴族や王家の方はあんな感じなのかなと思った事があります」
長い。非常に長い上に早口な説明だった。そして益々知っているアイツに近い為人だ。もう間違いないなぁと諦観が襲っているが、一応聞いてみようとセナは質問を重ねていく。
「他に誰かいたかな。さっき旅人達って言ってだけど」
「他に? うーん……昔のことなので曖昧ですが、幾人かのエルフが居たのは間違いありません。ただ、シャティヨン以外と話す機会は殆どありませんでしたから……あ、でも印象に残ってるのは」
「残ってるのは?」
「女の子です、エルフの。シャティヨンがずっとその女の子を気にしていて、確か自分は護衛だと言ってましたよ。世界中を旅してるからって」
「……護衛、世界中、か」
確定だ。
旅をしている理由も知っているし、シャティヨンが護衛する、いや仕える女の子も。まあ女の子なんて可愛らしいエルフではないが。そもそもあの娘に護衛なんて要らないと思う。シャティヨンの行動は全てその女の子"白の姫"に帰結する。白の姫に有益か否か、それだけが彼女の判断基準だからだ。つまり、悲しいことだが、セウルスへの"教え"にも何か意味があるのだろう。恐らく、精霊視に関わる何かだ。
そんな、種々の思いが駆け巡ったが、冷静さを装うセナだった。
「足跡が見つかったので次の旅を続けます。貴方には期待していますよ、それでは。それがシャティヨンの最後の言葉でした。足跡という言葉から、誰かを探しているのでしょうけど……あの時、もっと詳しく聞いておけば、探し人は誰のことなのかとか、いや無理矢理でもついて行けたならって何度も思い返しますよ」
「……そっか。大体は分かった、ありがとう。探してるのはシャティヨン、エルフの。そう言うことね」
「はい」
「もう一度言っておくけど、明確な場所や時間は占えない。それは理解して欲しい。私が出来るのは指針ときっかけ、かな。いい?」
「大丈夫です。きっかけでも有り難いので」
赤い瞳に力が入ったようだ。赤い髪も目立つセウルスだが、その強い視線につい目を奪われる。あの堅物シャティヨンが関わろうと決めた理由かも。そして勿論"精霊視"の事だって。カードを混ぜつつ、セナはそんなことを思い浮かべた。
「一枚ずつこれを開くから、そのシャティヨンを思い浮かべて。出来るだけ強く、視線はカードから外さないでね」
「分かりました」
濃く、強く、細く、尖った魔力。側から見る分には理解も難しいソレをカードの全てに注ぐ。そして繰っていたカードの束を丁寧に揃えて置いた。もし今が夜で暗闇ならば、薄らと輝きを放つカードが見えただろう。
ペラリ。
「うん、大丈夫。必ず再会は叶うって」
安堵するセウルスを視界に入れつつ、セナは二枚目に細っそりとした指を添えた。爪も艶々していて、陽の光を映しているようだ。
「次は、必然と偶然」
ペラリ。
「……なるほど、面白いね。もう一枚捲るよ」
ペラリ。
「うん。珍しいけど、答えは必然でもあり偶然。再会を確実と占うのはコレが理由かも」
セウルスは少し首を傾げて疑問を表している。それも理解するセナだが、説明を深めたりしない。
「次は希望が寄り添うか否か」
一気に三枚をめくり、半分ずつ縦に重ねて置く。
「残念ながらキミの希望に沿う様な再会ではないみたい」
「……え? そ、そんな、どういう」
「まだ終わってないよ。占術が顕す運命は決まった定めと違う。よく覚えておいて。矛盾してるように聞こえるかもしれない。けど、それが占術だから。必ず未来は拓かれていく」
酷く曖昧で、子供騙しにも思えるセナの言葉。だが何故かセウルスは信じる事が出来た。寧ろ、目の前にいる黒エルフが違う何かに感じられる。限りなく澄んだ精霊力がそれを増大させるのか。
更に四枚を捲った。因みに、セウルスは知らない事だが、事前に取り決めた料金を遥かに上回る占術が行われている。圧倒的な戦闘力を持つ者や、特殊な連中に関わる占術などは非常に高額になるのが通例だ。そもそもそんな奴等に占いなど効かない、通常は。しかしセナは聖級の占術師である。
「剣、死神、逆……最後に夢」
「セ、セナさん」
不吉や言葉たち。でも、美しき黒エルフの表情に悲壮な色はない。
「セウルスくんらしい。そう言うこと、か」
「え?」
「大丈夫、説明するよ。けど、これも運命だったのかもね。或いはそう仕向けられたのか」
セウルスからしたら意味不明な話ばかりだ。だけど、それがセナを占術師らしく見せてもいる。カードを纏め、そんな彼女は橙色の瞳を前に向けた。
キャラ紹介⑧
シャティヨン。
エルフ族の女性。長かった白銀の髪を現在はショートにしている。身長はセナと同じくらい高く、種族的特徴から細っそりした体型。セナとは違うタイプの歳上お姉さん。
エルフ族の至宝"白の姫"に剣と命を捧げている。彼女の行動原理はただ一つ、白の姫にとって有益か否か。不利益と知れば剣の錆にすることに躊躇はない。つまりセウルスへの教えにも必ず意味があり、残念ながら善意とは考えにくい。
セナやヴァランタン曰く堅物。
細剣の達人。細剣、別名レイピアは刺突用として知られるが、シャティヨンは護拳も多用した複雑な剣技を習得している。また、刺突用でありながら断ち斬りも可能。
セナとの関係は付かず離れずといった感じ。