10 精霊視
ちょっと前に名前だけ出てたキャラが再登場です。
「昨日の、少しは宣伝になったかな。まあ余り目立つのも困るんだけど」
朝風呂を愉しみつつ、セナは毎度の独り言を呟いた。
宣伝と言っても、分かり易い結果を示した訳でもなく、正直期待もしていなかった。まあ見た目はかなり綺麗で目立つから興味を惹けたと信じたい。そんな風に思いつつ、セナは立ち上がった。
温めのお湯は艶々した褐色の肌を伝い、下へと流れていく。黄金に染まる髪はキラキラと輝きを放った。十分な大きさを持つ乳房が僅かに揺れ、ポタポタと雫が垂れる様子は艶かしい。セナが居た元の世界であれば"柳腰"と称されるだろう腰から下は、男でなくとも視線を奪われてしまうかもしれない。
「あの居酒屋? 凄く美味しかったな。占いもさせて貰えるから当たりを引いたってやつだね。うんうん、良かった良かった……あれ、タオルは……あ、あった」
身体から水分を拭いつつ、色々と昨日のことを思い出したりしているようだ。
「今日は……嫌だけど、冒険者ギルドに行くかな。情報を集めるのなら一番だし」
血と汗、死と戦い。
元日本人の感性を捨て切れないセナからしたら、あの空間は未だ異質に感じるのだ。誰もが凶器を当たり前の様に持ち、あちこちで喧嘩腰の会話が聞こえたりする。暴力的で、苦手な血の匂いも漂い、魔物の肉片や骨を見せびらかす輩まで。ずっと昔に冒険者をしていたから、セナは良く分かっているのだ。
まあ最近は随分と色々な魔法技術が進み、以前ほどに荒れたりしていない。ただ、冒険者の気質だけは変わらないようだった。
朝早く向かうと依頼を探す冒険者達が多い。ラウラのところに寄って時間を調整しよっと。そんなことを心の中で唱え、セナは下着を手に取った。
◯ ◯ ◯
随分ラウラと話し込んでしまい、冒険者ギルドに向かう時間も昼頃になっている。
片付けた筈の店が僅か数日で乱雑になっていたのも大きい。またも愚痴を溢しつつ、やっぱりセナは片付けを勝手に始めてしまった。それからラウラを叱り、反論を受け、ついでに長い耳を触られたりしたのだ。
戦闘経験豊富で種族的にも気配に敏感なセナだが、何故か彼女の長耳への攻撃だけは察知が難しい。あれはあれで才能なのだろうか。ラウラが子供の頃から数えれば、何度弄られたか分からない。
そんなセナの視線の先、巨大な両扉が開放された建物が見えて来た。盾と剣、そして斧をあしらった看板は、其処が何なのか端的に知らせてくる。
少し離れた場所から観察。どうやらロビーに当たる部分の人影は少ない様だ。セナも小さく安堵の溜息を溢し、そしてゆっくりと近付いていった。深めに被った頭巾や身体を隠すマントも確認する。黒エルフ特有の肌色や肢体は嫌でも目立つのだ。
開け放たれているので冒険者ギルド内へ入るのに障害はない。セナは一瞬だけ躊躇すると、意を決して扉を潜った。観察すると左側に依頼を出す受付が見える。奥の方に配置されている国もあるので、助かったと安堵の溜息。依頼者にちょっかいを掛ける冒険者など居ないが、ぱっと見で分かる筈もないからだ。つまり、目立たず、素早く終わらせるのが正しい。
早足に受付台へと向かう。
「あの、依頼を掛けたいのですが」
「はい、ありがとうございます。では、こちらの書類に必要事項を記入ください。依頼難度はギルドにて設定しますが、希望がある場合はその点も指定願います。何か質問はありますか?」
いわゆる受付嬢が慣れているだろう手続きを教えてくれた。書類を受け取り眺めるセナの様子を確認しつつ、質問の有無を聞いてくるのも定型だろう。
「そうですね、書いた後のヒアリング……えっと、聞き取りは?」
「内容によります。定番の依頼、例えば魔物素材や討伐に関しては殆ど規定されていますので。逆にそれ以外だと、詳細を伺う必要があったりします」
「なるほど。あとは依頼料ですが、他のギルドからの支払い手続きは以前と変わりなく行えるでしょうか?」
「? ええ、もちろんです。何故ですか?」
「あ、その、ギルドに預けたお金を引き出すのに、色々と厳格化されたと聞いたので」
セナからしたら、随分と各ギルドに縁が無かったのだ。遠く離れた国で半ば引き篭り生活をしていたことが仇となっている。受付嬢の反応からも、一般常識に対して質問してしまったのは間違いないだろう。
「えー、そうですね。ただ、ギルド間は相互に協力していますし、補償規約も整備されていますから。変わらず実行出来ますよ。但し、鏡の利用が条件になりますけど」
「鏡……ですか」
「はい」
少し訝しんでいる様子を感じ、セナは早く終わらせてしまおうと思った。鏡と言っても、占術師ギルドの情報の全てが明かされる訳ではないし、身元の簡単な確認だけだ。聖級であることや、セナ=エンデヴァル本人と繋がる可能性はゼロに等しい。まあ冒険者ギルドにある情報に照合されたらその限りではないが。
占術師になるより以前、セナは冒険者として依頼をこなしたりしていたのだ。「アダルベララの紅弓」や魔法行使技術によって、名も相当に売れていた。それもずっと昔のことなのだが、彼女は長命な黒エルフである。死亡確認でもない限り今も記録は残っているだろう。
「大体は分かりました。じゃあ記入して来ますね」
「ごゆっくりどうぞ」
受付台から少しだけ離れると、専用のテーブルと椅子が配置されたスペースへ向かう。ふと視線を上げれば、何人かの冒険者達が注目しているようだ。マントや頭巾に覆われていても、女性であることは分かるだろうし、何よりもこれから依頼が掛かる。上手くすれば稼ぐ機会に恵まれるのだ。
真昼間にギルドに残る冒険者であれば、指名依頼もない低位の者か、逆に自身のペースで仕事を請ける凄腕に限られる。まあ中には例外もいるが、そんな事はセナも分かっていた。
溜息を隠し簡単に依頼内容を書き込んでいく。大して難しい内容ではないのだが、地域と範囲が相当に広い。どちらかと言えばメインの依頼に合わせて請けると効率が良いだろう。干される事はまず無い依頼だ。
「書きました」
「ありがとうございます。先程の他ギルドからの支払いですが、どうしますか?」
「あ、お願いします。私は占術師なので、そちらから」
「占術師組合ですね。では……こちらの手鏡を暫く見つめて下さい。視線は外さないように」
「はい」
手鏡を渡した受付嬢は書類に目を落とした。セナも手元を眺め始める。
ほんの少しだけ時間が経過したあと、会話は続くようだ。
「依頼内容に関しては特に難しい点もないようです。ただ、調査箇所が複数に渡りますし、中にはかなり珍しい地域も含まれています。そうですね……一括でなく、期間も無期限で設定しますか? その場合は、バラバラに成功報酬を支払う事になりますが、依頼消化も早いかと」
「ですね、それで良いです。あと結果は都度知りたいと思います。可能ですか?」
「構いませんが、度々こちらに来て貰う必要がありますよ?」
「ええ、たまに顔を出します」
セナとしては自分の情報を極力出したくない。更には占術師組合経由も避けたいのだ。面倒でも仕方ない方法だった。そして何よりも大切なことに、手数料などの余計なお金が必要ない。
「ではその様に。それと、占術師組合との照合も完了しています、セナ様。依頼者名は"レミュの街角に住まう占術師"で設定。確認をお願いします」
「……うん、大丈夫です」
「では、依頼を受け付けました。冒険者ギルドをご利用頂き、ありがとうございます」
無事に依頼を出すことが出来て、セナはようやく気を抜く事が出来た。余計なイベントも発生しなかったし、ひと安心だとギルドを出たときのこと。
「あ」
真正面から歩いて来るのはセナより身長の低い青年、いや少年だ。肩掛けにしているのは片手剣。赤い髪、赤い瞳、なかなかに整った顔。目尻が垂れていて優しい印象を受ける。今日は依頼が無いのか、冒険者ギルドへ一人で向かっているようだ。
あの酒場で騒ぎの中心にいた冒険者パーティ"赤の旋風"のリーダーで、名は確かセウルス。まだ十四、五歳だろうに、凄腕として知られているらしい。あの若さでリーダーを張る以上、その実力も相当と分かる。ごく稀に現れる存在で、いわゆる"天才"と呼ばれる人種の一人か。
さりげなくセナは観察する。
エルフなどでは無いので見た目通りの年齢だ。背中にある剣も強力な魔法剣などとは思えない。つまり、アダルベララの紅弓のように特別な武器ではないのだ。ならば、彼自身に力が宿るのだろう。
またいつか話す機会があるかも。
そんな風に思いつつ、すれ違ってからすぐだった。
「そこのマントの人、良いですか?」
「え? 私、ですか?」
「ええ、そうです」
「……」
色々と思索を巡らせていたため、セナの警戒心が勝ってしまう。
「怖がらせてしまいましたか。オーフェルレム聖王国では大変珍しい黒エルフ、ましてや女性となれば当たり前ですね。でも、別に変なことしようとか思ってませんから」
「……何故黒エルフと?」
下から覗き込みでもしなければ、セナの風貌や長耳は見えない。つまり、パッと見は背が高めな女性、それくらいしか分からない筈だ。
「あっ、ごめんなさい。その、貴女の精霊力はとても目立つので、昨晩から気になってたんです。ちょうど前から歩いて来たのが見えて……つい話し掛けてしまいました」
"精霊視"だ!
セナは心の中で叫び、背中に冷水を浴びせられた様に震えた。ヒト種が精霊力を感知、或いは目視するなど、本当に特別で特殊な力である。そう、非常に古き名を例に挙げるならば人の"勇者"だ。記録も失われた遥かな昔、他種族と戦争を起こす原因になった存在でもある。長命で、美貌を誇り、魔法にも長けたエルフを"乱獲"したのだ。
「で、何の用?」
思わず構えを取りそうになり、それを抑えつつ答えた。
「確か名前はセナさん、でしたか。えっとですね……あの、依頼をしたくて」
セナの強張る声にも気づかないのか、赤い瞳が恥ずかしそうに揺れている。
「依頼?」
その素直な、綺麗な瞳を見て、セナの警戒心は少しずつ解けていった。
「はい。僕に占術を……占って欲しい事があるんです」
キャラ紹介⑦
セウルス。
赤い髪と赤い瞳でかなり特徴的な容姿。すこしの垂れ目が優しい印象を強めている。冒険者パーティ"赤の旋風"のリーダー。パーティ内で最も若いが、全ては実力のため。
片手剣の剣士で、セナの見立てでは武器そのものに特別な力はない。鍛え上げた剣技と才能が彼を実力者とした。
「精霊視」と呼ばれる超レアな能力が宿っている。ヒト種では通常考えられないが、"精霊力"を直接に目視可能。つまり、各精霊は勿論、精霊力溢れるエルフ達も逃げ隠れ出来ない。遥か昔、彼のようなヒト種は"勇者"として持て囃された。一方のエルフからしたら天敵に当たり、当時の大戦へと傾くきっかけになった存在。