1 プロローグ
色々と過去を抱えた長生きTSダークエルフが主人公のお話。シリアスと日常ほのぼのを両立出来たら良いなと、作者は勝手に妄想してたりします。では、よろしくお願いします。
"オーフェルレム聖王国"の一角にある"占術師組合"の受付で、少し緩めの声が響いた。
「はーい、占術師資格の更新ですねー? では、組合証と申請用紙をお願いします。あ、あと聖王国の納税証明書も一緒に」
二階建のこぢんまりした宿。そんな風に見えるのが占術師組合のこの国の支部だ。全体は木造で深い闇色をしている。一階は事務や受付を行う広い空間で、奥の方に二階へと繋がる階段があるようだ。因みに、聖王国への納税や諸手続きを行う事が可能なため、公的機関の役割も持っている。
見える範囲に居る職員も数人で、何やら調べたり書き物をしていた。特別な場所ではないから、全てが日常の景色の一部だ。
「はい、ありがとうございます。組合証と、納税証明書……名前は、セナ=エンデヴァルさんですね? ん?あれ? 何だか聞いたことがあるような……」
受付嬢らしき若い娘は書類に落としていた視線を上げた。
映ったのは焦茶色した厚めのローブで全身を包んだ姿だけ。名前や雰囲気から女性と分かるが、身長はかなり高めだろう。ローブ姿なのに細身だと分かる線、それに反して胸も多分大きい。でも顔や視線は陰になっていて見え辛い。そんな風に観察しつつ、何だか羨ましいと感じた嫉妬を掻き消し記憶を探る。
「あの……急いで貰えませんか?」
受付嬢がウームと内心で唸っていると、ローブ姿の女性、つまりセナが声を掛けてきた。占術師組合に入って来て初めて発した声は何だか色が見える程に艶やかで、でも何処か気弱な空気も纏う不思議な響きだ。
「あ、はい。記録と照合しますので、この鏡を暫く眺めて下さい。彼方の席で、視線は逸らさないようにお願いします」
セナと呼ばれた女性は渡された手鏡を持ち、数歩ほど離れた後方に移動する。設置してある椅子に腰掛け、素直に鏡を見詰め始めた。頭に被せたローブはそのままの様だ。それをチラリと確認したあと、受付嬢は再び手元にある書類に集中する。特殊な魔法を宿したあの鏡は、身分詐称や改竄など許さない特殊なもので、監視する必要など無いからだろう。
「んー、何処かで聞いた、絶対。セナ、セナ……確か組合の教本だった気がする。うぅ、ちゃんと読んでおけば良かったなぁ」
「ピーナ。さっきから何をブツブツ言ってるの? 仕事をしなさいよ」
「モーリーン先輩、丁度良かったです!」
背後から小声で尋ねて来たのはモーリーン。組合職員の先輩に当たる人だった。偶に怖いけど頼り甲斐のあるお姉さん、ピーナは内心でそう思っている。因みに、ピーナの返答も器用な感嘆符付きの小声だ。
「はぁ?」
「この占術師資格の更新なんですけど、名前に心当たりありませんか? ほら、あの人」
手鏡を持ったまま動かないセナに視線を送り質問をぶつける。あの鏡が照合を終えるまで結構な時間を要するのだ。
「一体何を……」
更新の書類に目を落としたモーリーンはビシリと石の様に固まった。そして紙とローブ姿の女性を何度も交互に見る。酷く慌てて、そして何故か嬉しそうでもあるのが不思議なところか。
「モーリーン先輩?」
「ししし、信じられない。本物なら、は、初めて見た……あの方が……」
興奮し、頬も赤い。モーリーンの手はプルプルと震えている。
「えっと、心当たりがありました?」
すると、モーリーンはピーナをギロリと睨み、本当に器用な感嘆詞付きの小声を早口でぶつけて来た。
「おバカ! セナ=エンデヴァルを、セナ様を知らないの⁉︎」
「き、記憶の片隅に……」
右手に書類を持ち、残る左手でピーナの頬をつねる。
「占術師組員所属の中で唯一無二、最高ランクの"聖級"、聖級のセナ様よ‼︎」
「聖級? 一番は星級じゃ……」
つねる指に更なる力を込めた。ついでに捻りを入れながら。
「ヒテテテ! 痛いですぅ!」
「教本に書かれていたでしょうに! オーフェルレムの王子殿下が幼き頃、御命の危機を言い当て、そして救ったのがセナ様なの! 他にも逸話が限りなくあるけど……とにかく更新なり何かで組合に接触が有れば、即座に報せるよう厳命もあるんだからね! 特に王子殿下なんて凄い拘りだから直ぐに対応しないとダメよ。それに……聞いた話だと、セナ様は名や行いを伏せて活動されるから、よく行方を眩ますって」
「変な人ですね? 私なら自慢して稼ぎまくり……イタイ!」
「アンタと一緒にするな!」
そして、涙目になったピーナにモーリーンが真剣に伝える。
「いい? とにかく適当な理由をつけて時間を稼ぐの。私は急いで組合長に伝えるから、セナ様を引き留めておきなさい。あと、絶対に失礼のないように!」
「無茶苦茶ですよ! 更新なんて直ぐ終わるのに、引き留めるなんてそれこそ失礼じゃないですか‼︎」
「とにかく頑張って!」
「あ、ちょ、先輩!」
モーリーンの服を掴む為の指は、虚しく空を切った。
「終わりました」
やっぱり艶のある美しい声。お腹の底を撫でられたような、擽ったくて悩ましい感覚だった。
「あ、ああ、は、はい……」
手鏡をコトリと机に置き、セナは佇む。
ピーナの緊張は頂点に達しており、もう正常な思考は働かない。照合を終え、間違いなく本人だと示しているからだ。
「……あの、何か」
「い、いえ! え、えっと、ちょっと納税額の確認に時間が掛かってまして!」
「足りないとかですか? それなら追加を……あ、今持ち合わせない……」
昔と違って税率変わったのかな?と随分辛そうにセナは話す。声質に合わない気弱な空気。きっと優しい人なんだとピーナは思った。だから少しだけ気が楽になって肩から力が抜ける。
「あの、確認だけなので大丈夫です。申し訳ありませんが、ローブから顔を出して貰えませんか?」
「あ、すいません。クセで」
そう言うと、セナはあっさり頭を出した。そして間近で眺めたピーナの胸はドキリと鳴り、止まったと錯覚してしまった。
「……なんて、綺麗」
「えーっと」
「あ! いや、その、すいません!」
ピーナの頬は真っ赤だが、それは失言の所為ではない。その証拠に視線は未だセナに釘付けだ。
先ず目に付いたのは、肩口で切り揃えた黄金に輝く髪だった。触らずとも分かる滑らかさと、宝石と見紛う程の煌めく糸。
特徴は他にも多くある。
日焼けした様に色付いた肌は、しかし瑞々しく艶やか。穏やかな優しさを示す瞳は少しだけ垂れ目で、夕焼けみたいな橙色だ。泣き黒子があるせいで、仄かに眠たげな色気を感じる。何より特徴的な長い耳は、オーフェルム聖王国には珍しいエルフ族の証。肌色や瞳からも黒エルフだろう。
一般的にだが、エルフと比べ肉感的で大柄な者が多い。彼女も御多分に洩れず、女性としても随分身長が高いだろうことは間違いない。
ローブに隠れていても体の線は消せてないから、間違いなく大きな胸が布地を押し上げていた。肉感的と言われる所以を証明しているのだ。それでいて太っていないのは見え隠れする細っそりした手や首元から明らかだ。
つまり、滅茶苦茶色っぽくて美人さん。しかも何だか優しそうで何故かちょっと可愛らしい。
「……やべぇ、超美人なお姉様じゃん」
「あのぉ?」
思わずボソリと漏らしたピーナの声は、セナに困惑を浮かばせた。
「あ! えっと、その、これは違くて、内心が表に出ただけ……」
尚更悪いが、セナは溜息一つで済ました。もしかしたら慣れているのかもしれない。自身の容姿に対する反応に。
「それで、更新手続きは未だですか? 次の用事があるので」
「も、もう少し待って貰えますか? 今、確認を……」
「照会が終われば完了ですよね? 今まで何度も手続きしましたが、こんな事ありませんでしたけど」
頬に指を当て、ほんの少しだけ傾けた顔。狙ってやってるのかと言いたくなるほどに綺麗で視線を奪われてしまう。
「いや、その、もう少し」
「もしかして時間稼ぎしてません?」
「うぇ⁉︎ い! いや、そんな事」
バレバレだぁ……そう心で叫び、ピーナな泣きそうになった。
「……私は占術師です。日々の行動も占うことがありますが」
「え、ええ、はい?」
「嫌な予感がしますね。もし、貴女が態としてるなら……」
ついさっきまで優しかった橙色の瞳が細まり、怒りの色が加わった気がする。全身を氷水に浸けた様に鳥肌と寒気が襲い、ピーナの身体は強張った。その冷たさに少しの時間も耐えられる気がせず、口は勝手に喋り出してしまう。
「ご、ごめんなさい! 組合長にセナ様が来たことを報せる様にって……引き止めておくよう指示が」
やっぱり。
セナは再び溜息を零し、そして呟いた。そのまま背後に振り向き、暫く外の方を睨みつけている。ジッとしている時間は僅かだったが、次の声がピーナに届いた。
「……レオったら職権濫用し過ぎだよ。てか反応早くてマジで怖いし。耳にした噂通りってこと?」
「セナ様?」
僅かに聞こえた言葉達が何やら乱暴で、ピーナは思わず耳を疑った。まるで男の子みたいな口振りだからだ。
「更新は大丈夫ですね? では、帰ります」
セナは囁く様な声を残し、スタスタと出口に向かう。
「あ、ちょっと!」
もう振り返る事もない。ローブで頭を隠したあと、セナの姿は消えた。パタリと閉まる扉の音で、ピーナは我に返るしかない。
「どうしよう……先輩に怒られちゃう」
モーリーンが消えた奥の方をチラチラと見るが、まだ戻って来ないようだ。もうこのまま終業時間にならないかなぁと現実逃避していると、バーンと大きな音を立てて正面の扉が開かれた。まさかセナが帰って来てくれたのかと顔を上げる。
しかし残念な事に明らかな男性で、しかも複数人だ。
「セナ! セナァ‼︎ 僕だよ!」
我先にと占星術組合に入って来た先頭の青年は、キョロキョロと視線を配りながら大声を出した。その人に酷く見覚えのあったピーナも呆然としている。
「セナ! 何処だ⁉︎」
「殿下。どうか落ち着いてください」
大声の青年に対し、淡々と指摘するのは後方に控えていた歳上の男性だ。言葉遣いからも付き人だろう。
「落ち着くだって? 漸くセナに会えるんだぞ⁉︎ この日を僕がどれだけ待ち望んだか……お前だって分かるだろう!」
「無論です。ですが貴方様はこの聖王国ただ一人の王子。民の目がある事をお忘れなく。それと、幾ら愛しいセナ様とは言え、余り追いかけ回せば嫌われるやも……更に言うなら護衛も引き離して駆け出すなど、アーシア様が知ったら大変な事に」
聖王国唯一らしい王子は、アーシアの名を聞いて顔が青くなった。
「……余計なことを言うなよ? アーシア姉様だけはダメだ」
「はっ。ではレオアノ殿下。我等を置き去りに城下へ出るのはおやめください。宜しいですな? 重ねて言わせて頂けるならば、先日も」
「分かった! ロッタの言う通りにする。だが、頼むから説教は後にしてくれ。今はセナを……」
王子、つまりレオアノは再び組合内に視線を配る。そう広くない占術師組合だから、見える範囲に探している女性はいないと分かった。だからレオアノはツカツカと歩み寄り、ポカリと口を開いたままの受付嬢ピーナに話しかけた。
「おい。セナが、セナ=エンデヴァルが現れたと聞いたが、何処にいる?」
「……さ、先程帰りました」
「なんだと⁉︎ 報せを受けて飛んで来たんだぞ! 嘘をつくな!」
「ヒィ⁉︎」
「お前、隠し立てするのか? 良かろう、僕自らが……ん、んん? どうしたロッタ?」
「市井の、しかも婦女子への恫喝など、看過すればアーシア様のお叱りは如何ばかりか。宜しいのですかな?」
「うっ⁉︎ し、しかしだな!」
「しかしもカカシもありませぬ。セナ様は聖級の占術師にして、叙事詩にも謳われる名だたる英雄のお一人ですぞ? 我等の様にバタバタと大挙して押し掛ければ、あっさりバレて行方を眩ませてしまいます。だから落ち着きなさいと申しました」
「くっ……だが、だが! 僕はセナと……」
「このロッタ、殿下が幼き頃よりお世話をして参りました。セナ様も、そして貴方様の御心もよく存じております。ですが、今はお退きなさい。良いですか? この聖王国にわざわざ更新に来られたと言うことは……」
「……はっ⁉︎ そうか! また近くで活動する気か!」
侍従であり、同時に護衛も兼務するロッタ。その彼の投げ掛けにようやく頭が回り始め、レオアノは当たり前の事実に思い当たった。ロッタは口煩く、堅物で、忠誠も厚い。だが同時に頭も切れる上に、セナをよく知る男だ。そんな彼の言葉でレオアノは生来の人柄に戻る事が出来た。元は優しく誠実な王子である。
「……先程は声を荒げて済まなかった。キミの名は?」
深呼吸をしたレオアノは、占術師組合の受付へと謝罪を行った。
「は、はい! ピーナと申します、レオアノ様!」
「ピーナ。少しだけ教えて欲しい。セナの、聖級占術師であるセナ=エンデヴァルに会ったのだろう?」
「はい!」
「かなり……特徴的だったと思うが、顔を見たかい?」
「すっごく綺麗な女性でした! 肌や耳から見て間違いなく黒エルフで、サラサラの金髪と橙色の瞳が印象に残ってます! あと、細っそりした首元とか、胸なんてローブで隠しても大っきいのが丸わかり……」
「そ、そこまで言わなくていいぞ!」
レオアノは未だ若き青年だ。いや、少年から一歩抜け出しただけの男の子と言ってよいかもしれない。聖王国では珍しくもない紅髪と、やはり一般的なシーグリーン(強い黄緑)の眼が困惑で揺れている。妙齢な女性で、飛び抜けて美しいセナの肢体を思い浮かべたのだろう。いや実際に裸を見た事などない筈だが、動揺は手に取るように分かる。ロッタなどは困ったものだと眉間に皺を寄せていた。
「ロッタ」
「間違いなくセナ様ですな。まあ組合の手鏡を誤魔化す術があっては困りますが」
「流石のセナも無理か」
「その通りです」
「よし、今日は帰ろう。近くに居ると分かっただけでも収穫だ」
「は、御英断です」
「ピーナ、ありがとう。もしセナが組合に来たら、また報せをくれ」
「分かりました!」
何が何だか分からなくなったピーナだが、この国の王子に言われた以上従うしかない。それにモーリーン達にも言い訳が出来そうと内心で笑ってもいる。レオアノとロッタ達が組合から去ったあと、セナの美貌を思い出したのも理由のひとつだろう。
ニヤニヤと笑みを浮かべるピーナがモーリーンに叱られるまで、ほんの僅かな合間の事だった。
感想やコメントなど入れて貰えると励みになります。
キャラ紹介①
主人公 セナ=エンデヴァル
黒エルフやダークエルフと呼ばれる種族の女性。非常に長命で、永遠に生きると言われる。
小麦色した肌、オレンジの瞳、長い両耳、肩口で切り揃えた髪は金色。この世界の黒エルフは大柄で肉感的な者が多い。なので、主人公も背が高く胸だって大きい。反してウエストはめちゃくちゃに細いため、妖艶で美人なお姉さん的外見をしている。性格は優しく、お人好し。血が嫌いで肉も余り食べない。長い一人暮らしの経験から家事全般が得意。
日本に生きていた少年がセナとして転生したのも遥か昔。以前は戦いに身を置き、実際にかなり強かった。今も本気を出せば相当なものらしい。ただ、色々な過去と事情により、現在は身を隠しながら暮らしている。