アレキサンドライト
「ただいまー」
玄関で声がした。
私はというと、編み物に夢中で、上の空の返事を返す。
「なにしてるの?」
「編み物」
「誰用の何?」
「んー、決めてない。とりあえず女の子用だから、私が着るかなー?」
「色がなんか独特だね」
「そう?ピンクよ。かわいいでしょ?」
「豚のひき肉色」
「!!」
そんなこと全然考えてなかったのに、言われてそんな気がして編む気が失せた。
「なんか恨みでもあるの?」
「いんや。それより、ケーキ買ってきたからいっしょに食おう」
「なんでケーキ?」
「給料日だから」
「えー」
とたんに嬉しくなる。
最近マンネリ化してきていて、特別お祝いとかしなくなってたんだけど、久しぶりにケーキだ!
「どしたん?」
「訪問看護してるとこの利用者さんが、彼女にケーキ買って帰ったら?って言うからさー」
「なるほどねー。その利用者さんって、ねこちぐら作ってくれた女の人?」
「うん」
「気があるのかもよ」
「まさかー、50代だぞ」
「わからんよー」
ちょっと複雑な気分になる。
「いいから、ケーキ食おうぜ」
「うん」
ぱく。
一口食べて目が合って笑い合う。大丈夫。とられたりしない。
幸せな気分。
ミルクティー淹れて二人で飲む。
「その利用者の女の人ってどんな人?」
「旦那さんが金持ちだったらしくて、離婚してから亡くなったらしい」
わー、寂しいだろうな。
「子どもは?」
「いない」
次の週。
「ただいまー」
「おかえり」
「これお前に」
指輪のケースだ。
「なんで、なんで?まだ婚約指輪とか話してなかったじゃない」
「買ったんじゃないんだ。利用者さんにもらったんだ」
「え?」
9号で小指にも入らないそうだ。ちっちゃな緑色の石がついている。
「なんか、光の加減によって赤く見える時もあるそうだよ」
「不思議ね」
私もかろうじて小指には入る。
「そのうち本物買ってやるから」
「嬉しい」
でも、なんか裏がありそうで、素直につけれないなぁ。太陽光にかざしてみたけど、ルースは緑色のままだ。
うーん、どんな意図でくれたんだろう?勘繰っちゃうなー。
「どした?」
「色変わんないなーって」
「偽物かな?」
「ひどーい」
ふうっと息吐いて、トイレに行った。
「!」
ルースが赤い!
「トイレの明かりで赤く見えるよー!」
「えー?」
「電球が白色光かなんかだったよな」
不思議な色のマジック。
緑だけど、ある条件下では赤。
その利用者さんの心の色かしら?複雑な乙女心よねー。
なんで、私にくれたんだろう?
いつまでもその疑問が指輪にまとわりつく。
「気になるんなら、嵌めなくていいよ」
「うん。ありがとう」
ときどきケースの中に入ってるのを眺めることにした。