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76 幸せの足音

「その……本当にすまなかった。決して下心があったわけじゃないんだ、本当に……」

「いえ、こちらこそお見苦しいものをお見せして申し訳ござませんでした」


 数分後、アルヴィスとティリアは互いに低姿勢で謝罪を繰り返していた。


「きゅい、きゅい!」


 女性の部屋に無断で踏み込んだのがよほど頭に来たのか、ブラックサンダーはいまだにアルヴィスの足をげしげしと踏みつけている。


「いててて……悪かったよ、だからもう勘弁してくれ。僕の足が潰れる」

「ブラックサンダー。私、怒ってないわ。だからアルヴィス様を許してあげて」


 二人がかりで宥めて、ようやくこの小さなお姫様は機嫌を直してくれたようだ。

 ようやく落ち着きを取り戻した小さなユニコーンを腕に抱え、あらためてティリアはアルヴィスに向き合う。

 先に口を開いたのは、アルヴィスの方だった。


「ティリア、その……決してわざとじゃなく不可抗力で見てしまったんだが、君の傷跡は……」


 アルヴィスの言葉に、ティリアははっきりと頷く。


「はい。アルヴィス様、私……少しだけ、光魔法を自分の意志で使えるようになったんです」

「本当か!?」

「はい!」


 嬉しそうに頷くティリアを見て、アルヴィスは優しく表情を緩めた。


「本当に、君はすごいな……」

「いいえ、どうすればいいかはこの子が教えてくれたんです。きっと私に足りなかったのは、自分自身を光魔法の使い手だって信じる気持ちと、光魔法を使いこなしたいという意志だったんですね」


 だが、もう覚悟は決まった。


「アルヴィス様の隣に立つには、私も皆に求めてもらえるような人間にならなきゃって……」

「ティリア……」


 アルヴィスは腕を伸ばし、そっとティリアを抱きしめた。


「ありがとう、ティリア」


 二人の間に挟まれたブラックサンダーが驚いたような声を上げたが、その場の雰囲気を察したのか珍しく彼女はじっとしていた。


「これから先は、僕がずっと君のことを守る。僕の手で、生涯をかけて幸せにしてみせる。だから……」


 アルヴィスの真剣な瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。

 ティリアがそっと頷くと、彼は緊張気味に続けた。


「これからもずっと、僕の傍にいてほしい。いずれは、妻として」


 ティリアは俯いた。

 あらためてそう言われ、胸の奥底から歓喜が溢れてくる。

 でも、ひとつだけ許されるのなら……。


「あの、アルヴィス様……ひとつだけ、わがままを言っていいですか?」


 おそるおそるそう問いかけると、アルヴィスは驚いたように目を丸くした。

 だがすぐに、優しく目を細める。


「……君がそう言ってくれるのは初めてだね、ティリア。嬉しいよ。僕にできることならなんでも叶えよう」


 その優しい言葉に背中を押されるように、ティリアは意を決して切り出す。


「あの……婚約の証の、指輪が欲しいです……」


 アルヴィスを疑うつもりはない。

 彼がティリアを大事にしてくれていることも、結婚相手として望んでくれることもわかっている。

 だが、それでも……目に見える証が欲しいと思ってしまうのだ。

 アルヴィスは怒るだろうか。

 わがままな女だと、呆れるだろうか。

 そんな想像が脳裏をよぎり、ティリアはその言葉を口にしてしまったことを少しだけ後悔したが――。


「本当に、君は……!」

「きゃっ!」

「うぎゅ!」


 急に強く抱き寄せられ、ティリアは思わず声を上げてしまった。

 それと同時に、腕の中から小さなユニコーンの潰れたような声が聞こえる。


「うわ、済まないブラックサンダー! 君がいることをすっかり忘れてたよ」

「うきゅー!」


 慌てて体を離したアルヴィスは、またしても小さなユニコーンのお怒りを受けていた。

 彼は必死にユニコーンのお姫様を宥めながらも、ティリアに優しく笑いかける。


「その件についても、これから話そうと思ってたんだ。実は君を養女として迎え入れる家が決まってね」

「本当ですか!?」

「あぁ、リースベルク公爵家とも縁が深い家で、君にもいたく興味を持っている。信頼できる相手なのは間違いない。指輪については互いの家紋を意匠に取り入れることが多いから君やあちらとも相談しようと思っていて――」


 アルヴィスが話す未来の話に、ティリアはうっとりと耳を傾ける。

 幸せの足音が、少しずつ近づいているのが聞こえるようだった。

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