75 私が、隣にいたいんだ
それにしても、もう体はよくなっているというのにこうしてベッドの住人となっていると、気ばかりが急いてしまう。
(早く仕事に戻りたい……)
アルヴィスには何度もそう直訴しているのだが、彼は頑として首を縦には降らなかった。
「ティリア、自覚はないかもしれないが君は本当にひどい状態だったんだ。……傷だって、まだ残っているだろう」
後悔を滲ませた声でそう言われてしまうと、ティリアもそれ以上何も言えなくなってしまう。
昔から、幾度となくバーベナには傷つけられてきた。
だから、傷が痛むのもその状態で仕事をするのもティリアにとっては当然のことなのだがアルヴィスはとにかくティリアの傷が完治するまで働かせる気はないようだった。
……ティリアだって、傷が残るのが気にならないと言えば嘘になる。
(私はアルヴィス様の婚約者になるのだから、できるだけ綺麗でいたいな……)
彼はティリアを婚約者として受け入れ、いずれは公の場でも隣に立つことを望んでくれている。
そんな時に、ティリアに醜い傷跡が残っているのを知られてしまったら……アルヴィスは気にしなくとも、周囲には何も言われないわけがないだろう。
(アルヴィス様にご迷惑がかかるのは嫌……)
だからといって、彼の隣を誰かに譲りたくはない。
バーベナに「婚約者の座をよこしなさい」と言われ、はっきりと自覚した。
(私が、アルヴィス様の隣にいたいんだ)
彼の優しさに甘えているだけでは駄目だ。
アルヴィスの婚約者として、誰もに認められるように。
ティリアも、今以上に努力をしなければ。
幸いなことに、ティリアにはお誂え向きの武器があるのだから。
「きゅいー!」
ここ最近ずっとティリアについてくれているブラックサンダーが、戯れにじゃれついてきた。
「ねぇ、ブラックサンダー」
「きゅい?」
小さなユニコーンを撫でながら、ティリアは彼女に語り掛ける。
「私、もっと光魔法について知りたいの。協力してくれる?」
そう問いかけると、小さなユニコーンはつぶらな瞳を瞬かせ……嬉しそうに鳴いた。
「きゅい!」
ぴとっと体を寄せてくるユニコーンの雛を抱きしめる。
その途端、体中にあたたかな魔力が満ち溢れる。
(あぁ、そうだ……)
何も、難しいことはなかった。
ティリアはただ、「無能」と呼ばれ続けていた自分に未知の力が眠っていることを信じられず、怯えていただけなのだ。
目を背け、きちんと向き合おうとしていなかった。
だから、うまく使いこなせなかったのだろう。
だが、こうして受け入れる覚悟が決まれば……。
(不思議……少しずつ、どうすればいいのかがわかる)
きっと、目の前の小さなユニコーンが教えてくれているのだろう。
袖をまくると、バーベナの火魔法で傷つけられた火傷の痕が露になる。
「きゅーい」
ブラックサンダーの小さな角が光り、そこに集まった魔力がティリアの傷跡へと注がれているのがわかる。
ティリアもそれに合わせるように、体をめぐる魔力を手のひらに集め、そっと傷跡にかざす。
途端に暖かで優しい魔力が、傷を癒していくのがわかった。
(よかった……)
今までは、窮地に陥らなければ光魔法を発動することができなかった。
だがまさに今、ティリアは初めて自分の意志で光魔法を発動させることができたのだ。
「ありがとう、あなたのおかげよ」
「きゅい!」
慈しむように小さなユニコーンを撫でると、彼女は得意げに鳴いてみせた。
(私がもっと光魔法を使いこなせるようになれば、きっと皆に認めてもらえる)
そんな前向きな考えが自分の中に芽生えているのに気が付いて、ティリアははっとした。
(昔だったら、こんな風に考えることはできなかった)
アントンに「一緒に王都に行こう」と誘われたときでさえ、こんな風に明るい未来を思い描くことはできなかった。
(私、変わったのかな……)
どこかくすぐったい思いで、ティリアは傷の治療を続ける。
いつしか痛々しい傷跡は消え、美しい肌が取り戻されていた。
この勢いで……と、ティリアは寝巻の裾をめくりあげ、露になった足へ魔力を注ぐ。
最初にアルヴィスに出会った時に、ブラックサンダーがティリアのスカートを破き、うっかり傷跡を見てしまったアルヴィスが心配し、公爵邸に連れてきてくれたことがあった。
そう考えると、思い出が消えてしまうようで少し寂しさはあるが……。
(大丈夫。きっとこれから先も、たくさんの思い出が作れるんだもの)
「きゅーい」
ブラックサンダーが同調するように鳴き、小さな角を光らせティリアの足へかざす。
みるみるうちに、長年ティリアの悲惨な境遇の象徴となっていた傷跡が綺麗に消えていく。
リッツェン伯爵家の足手まとい、「無能」だった自分への決別のようだった。
(私はここで、アルヴィス様と共に生きていく)
そう決意し、ティリアはそっと自分の肌を撫でた。
その時だった。
「聞いてくれ、ティリア! 君を養女にする話がうまくいきそうなんだ! 相手は――」
ノックもなく扉が開いたかと思うと、いつになく興奮した様子のアルヴィスが飛び込んでくる。
もちろん普段のアルヴィスならば、無断で女性の部屋に踏み込むようなデリカシーのない真似はしない。
きっと、一刻も早くティリアに伝えたいと急いでくれたのだろう。
だが、タイミングが最悪だった。
治癒のためのはいえ、ティリアは寝巻の裾をめくりあげ足を露出した、とんでもない格好をしていたのだ。
突然、はしたない場面をアルヴィスに見られてしまったティリアは硬直した。
それと同時に、意図せず恋人の少し刺激的な姿を見てしまったアルヴィスも硬直した。
その場の空気を払拭したのは、もちろん小さなユニコーンの雛だった。
「きゅいぃぃぃ……!」
ブラックサンダーは勢いをつけると、ぴかぴかの角をアルヴィスに突き刺す勢いで頭突きをかましたのだ。




