73 後悔などさせるものか
「私は悪くありません! 若様はあの女に騙されているのです!!」
目の前で金切り声を上げる女性使用人に、アルヴィスは冷たい目を向けた。
なんとかティリアを救出することはできたが、アルヴィスには早急にやらねばならならないことがあった。
ティリアが誘拐されるように仕組んだ、公爵家内部の裏切者の特定だ。
もっと時間がかかることを想定していたが、この作業は案外早く終わった。
「おぉ、もう自白しやがった。もっと粘るかと思ったんだけど」
ぎゃんぎゃんと喚きたてる使用人を、同じ騎士団の同僚であるルーカスがにやにやと笑いながら眺めている。
彼が別館に設置されていた盗聴用の魔道具を見つけ出し、その魔力の解析を行ったところ……あっさりと彼女に行きついたそうだ。
「やることが大胆な割には隠ぺい工作もしていない。おおかた魔力の痕跡の消し方もわかってねぇんだろ。闇市だとこんな素人でもやばい魔道具が買えるんだよ。そろそろ本格的な規制案を考えないと――」
「それは後にしてくれ」
明後日の方向へずれかけたルーカスの話を打ち切り、アルヴィスは目の前の使用人を睨みつけた。
「……別館にあの魔道具を仕掛けたのはお前か」
「聞いてください若様! 私は公爵家の、若様のためを思ってああしたのです!! あの女は経歴を偽ったうえで、光魔法などと噓をついて若様に取り入ろうとした悪女です! あんな女に騙され、婚約など間違っています!!」
あまりにも身勝手な言い草に、猛烈な怒りが湧いてくる。
「……おそらくは若様がティリアを気にかけるのをよく思わなかったこの者が別館の会話を盗聴し、ティリアの素性と光魔法の使い手であることを知ったのでしょう。二人の婚約にまで話が進んだので、焦ってリッツェン伯爵家にティリアの情報を売ったと」
「そのようだな……」
冷静に現状を分析したシデリスの言葉に、アルヴィスは怒りを抑えて頷いた。
……アルヴィス自身も、考えが甘かったという自覚はある。
幼いころからアルヴィスは神獣に夢中で、青年期に入っても女性に興味を示すことはなかった。
そんなアルヴィスが初めて愛した女性が、ティリアだ。
ラウラやシデリスなど身近な者たちは「あんなに物わかりのいい女性はもう二度と現れないだろうから、絶対にティリアを逃がしちゃだめですよ!」と祝福してくれた。
領地にいる両親も、「お前が決めたことなら反対はしない」と受け入れてくれた。
だから……こんなに身近なところに、ティリアの憎悪を募らせている者がいるとは思いもしなかったのだ。
「なんでもあの女は伯爵家で薄汚い奴隷のように扱われていたとか……そんな者が未来の公爵夫人だなんて! リースベルク公爵家の名に泥を塗る最低な――」
「黙れ」
威圧するようにそう吐き捨てると、使用人はひっと息をのみ表情をひきつらせた。
あまりに聞き捨てならない言葉に、思考が沸騰しそうになる。
「……若様」
シデリスが宥めるようにそう声をかけてきた。
「あぁ、わかっている」
無意識のうちに手のひらに集めていた魔力を拡散させる。
いくら彼女のせいでティリアが傷ついたといっても、ここでアルヴィスが彼女を傷つけては同じ穴の狢だ。
そのことを知れば、きっと優しいティリアは落ち込んでしまうだろう。
だから……アルヴィスは同じレベルには落ちてやらない。
「リースベルク公爵家の名に泥を塗ったのはお前の方だろう」
そう告げると、使用人は心外だとでもいうように喚きだした。
「なっ、何をおっしゃるのです! あの女は狡猾な嘘つきで――」
「何も知らないくせに、ティリアのことをわかったような口をきくな」
どれだけ虐げられ、踏みつけられても、ティリアは優しさや高潔さを失うことはない。
初めて出会った時、彼女は身を挺して小さなユニコーンを守ったのだ。
なんの見返りもなしに同じことができる人間が、いったいどれだけいるというのか。
「誰が僕の婚約者に――未来のリースベルク公爵夫人にふさわしいかは、僕が決める。僕が、ティリアを選んだんだ。このことはすでに公爵夫妻も承知している。外野に口を出される筋合いはない」
「そんなのおかしいわ! あんな、みっともなくおどおどして動物の世話ばかりしている女が公爵夫人なんて――」
「若様、これ以上は無駄でしょう。言質は取れたので後は我々にお任せを」
「あぁ、そうだな……」
シデリスの提案に、アルヴィスは苦々しく頷いた。
こういう輩には、きっとどれだけ言葉を尽くしても無駄なのだろう。
もちろん、やらかしたことに対する相応の罰はきっちりと受けさせるつもりだ。
せいぜい牢の中で見ているといい。
これから先、陥れようとしたティリアがどんなに輝かしい未来を歩んでいくのかを。
(僕が、幸せにしてみせる)
ここに来たことを、アルヴィスと共に歩む人生を選んだことを、後悔などさせるものか。
もう二度と、傷つけさせたりはしない。
誰よりも大切に、幸せにしたい。
そう心に誓い、アルヴィスはその場を後にした。
「お待ちください若様! あなたは騙されています! 早くあの女を追い出し――」
追いすがるような声が聞こえてきたが、後ろは振り返らなかった。
「んじゃ、俺も王宮に戻るわ。未来の公爵夫人が被害にあったとなれば、上も動かざるを得ないだろうから、これを機に魔道具の適正使用についての整備を進めて――」
「あぁ、よくわからないが頼む」
今回の件でかなり力になってくれたルーカスにそう伝えると、彼はにやにやしながら肘でこちらを突っついてきた。
「いいか? 上を動かすには『未来の公爵夫人』が被害に遭ったという事実が重要なんだ。さっさと正式に婚約して大々的にお披露目しろ」
アルヴィスやティリアのためを思って言っているのか、それとも自分の研究分野のためなのか。
まぁ、どちらでもよかった。
友人に発破をかけられたことで、アルヴィスも気持ちを切り替えることができたのだから。
「そうだな……ありがとう」
素直に礼を言うと、ルーカスはいたずらっぽく笑う。
「ティリアちゃんと仲良くな。コルネリアさんも心配してたから、ティリアちゃんが元気になったら一緒に顔出しておけよ」
皆、ティリアのことを心配してくれていたのだ。
(早く、大々的に良い報告ができるようにしないとな)
そのための段取りを頭に思い描きつつ、アルヴィスはティリアの下へと向かった。




