71 出会った理由
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」
自身が放った炎に包まれ、バーベナは絶叫した。
アルヴィスはその様子を冷ややかに見つめる。
……これで彼女も少しは理解するだろうか。
今まで自分自身がティリアに、どれだけひどい仕打ちをしていたのかを。
「熱い! 熱いぃ……!」
バーベナは悲鳴を上げてのたうち回っている。
火魔法の素養を持つ者は、火魔法への耐性も兼ね備えている。
放っておいても死ぬことはないだろうと、アルヴィスはその場を後にしようとしたが――。
「……待ってください」
ぐったりと目を瞑っていたティリアが、アルヴィスの衣服を掴むようにしてそう呟く。
「ティリア……?」
「私を、バーベナの下へ」
そう口にするティリアにどこか超然とした空気を感じ、アルヴィスは思わず息をのむ。
「……あの子の自業自得だ。構う必要はない」
そう言い聞かせたが、ティリアはそっと首を横に振った。
「お願いします、アルヴィス様……」
そんな風に懇願されては、アルヴィスに断れるはずもなかった。
ティリアを抱えたまま、アルヴィスは床をのたうち回るバーベナへと近づく。
アルヴィスの手を借りて、ティリアはそっと床に足を下ろした。
万が一にもバーベナがティリアに危害を加えないよう細心の注意を払いながら、アルヴィスはティリアを支える。
「きゅい!」
ティリアの足元に小さなユニコーン――ブラックサンダーが寄り添ったかと思うと、その角が淡く光り始める。
「……どうか、バーベナに救いの光を」
ティリアがそう呟いた途端、淡い光がバーベナを包み込む。
その途端、彼女を苛んでいた炎が消えていくのがわかった。
「ティリア……」
アルヴィスは信じられない思いでその光景を見ていた。
……まるで、奇跡のような光景だった。
ティリアは痛みにうめくバーベナの傍らに屈みこみ、労わるように異母妹の体に手を添える。
その手から先ほどと同じように淡い光が溢れ、傷ついたバーベナを癒していく。
アルヴィスは言葉を失ったように、その光景に見入っていた。
……正直に言えば、ティリアの行動は理解しがたい。
なぜ長年自分を虐げていた、ひどく傷つけてきた相手に、そんな風に慈悲を向けられるのだろうか。
だがきっと、バーベナも同じことを想ったのだろう。
「ど、して……」
目を開けたバーベナは、信じられないといった表情で自身を癒す異母姉を見つめている。
そんなバーベナに、ティリアは美しく微笑んだ。
「……たとえ誰であれ、目の前で傷ついている人を放っておくことなんてできないわ」
その言葉が、アルヴィスの胸に染み込んでいく。
……あぁ、そういうことだったのか。
常人には理解しがたいほどの、美しく清らかな心。
そんな心を持っているティリアだからこそ、希少な光属性の魔力が宿ったのだろう。
もしもアルヴィスがティリアと同じ立場だったら、躊躇なくバーベナを見捨てている。
だが、自分はそれでいいのだ。
異なる考え方を、素養を持つ二人だからこそ、支えあうことができるはずだ。
どこまでも人を疑わず、許してしまうこの優しい少女を……自分はずっと守っていこう。
きっとそのために、自分たちは出会ったのだから。
「なんで、なんでよぉ……」
ティリアの光魔法に包まれながら、バーベナはすすり泣いていた。
きっと、彼女も圧倒されているのだろう。
どれだけ傷つけても輝きを失わない、目の前の優しい光に。
バーベナの傷ついていた肌が、元の美しい状態へと戻っていく。
やがて艶やかな美しい肌へと戻り、ティリアはその様子を満足げに眺めて頷いた。
かと思うと……ふっと彼女の体から力が抜ける。
「ティリア!」
慌てて抱き留めると、ティリアはぐったりとアルヴィスの方へともたれかかってきた。
どうやら気を失ってしまったようだ。
「……帰ろう」
そんなティリアを労わるように抱き上げ、アルヴィスはバーベナに視線をやる。
ほんの少し前までの激情が嘘のように、バーベナは打ちひしがれたように俯いていた。
彼女に声をかけようとして、やめた。
もしもあの奇跡のような光景に、彼女も心動かされたのだとしたら。
アルヴィスが何か言うのは無粋だろう。
また噛みついてくるようなら徹底的に叩き潰し、そうでなければ放っておけばいい。
ずっと自分を苦しめていた相手ですら救おうとする、ティリアの意志をないがしろにしたくはなかった。
無事に邸宅の外へ出て空を見上げると、既に日が暮れ星が瞬いていた。
待っていた従者に後処理を指示し、アルヴィスはティリアを抱いたまま相棒の成獣ユニコーン――トリスタンの背にまたがる。
「ティリアが眠っているから、静かに頼むよ」
そう呼びかけると、アルヴィスの忠実な相棒は「心得た」とでもいうように鼻を鳴らした。
「きゅい!」
「クルゥ!」
小さな神獣二匹も、じゃれつくようにアルヴィスの体によじ登ってくる。
「おいおい、落ちるなよ」
くすりと笑って、アルヴィスは腕の中のティリアを抱きなおした。
……やっと、取り戻すことができた。
離れてわかった。
もうアルヴィスには、ティリアのいない人生なんて考えられないと。
「……帰ろう。みんなが待ってる」
シデリスやラウラたち使用人、ティリアが世話をしている神獣たち。
皆、ティリアの帰りを待ち望んでいる。
そっと眠るティリアの額に口づけを落とし、アルヴィスは彼女の眠りを妨げないように静かにユニコーンを走らせた。




