7 小さなユニコーン
長い馬車の旅を経て、ティリアは王都へとたどり着いた。
他の乗客の後に続いて馬車を降り、目の前に広がるきらびやかな光景に思わず感嘆の息を漏らしてしまう。
(ここが、王都……)
何台もの馬車がすれ違えそうなほど大きな通り。
立ち並ぶ華やかな店々に、辺りを行き交う様々な人々。
視線を上げれば、遠くに見える白亜の王宮――。
ずっと田舎の屋敷の中に閉じ込められていたティリアにとっては、何もかもが新鮮だった。
まだ母が生きていた頃は両親に連れられて王都に来たこともあったらしいが、その頃の記憶は既に忘却の彼方だ。
「お嬢さん、ぼさっとしてると轢かれるよ」
「す、すみません……!」
通りがかった馬車の御者にそう声をかけられ、ティリアは慌てて通りの隅に飛び退いた。
(恐ろしいわ、都会……!)
なんとか気を落ち着け、次の行動に移ろうと周囲を見回す。
(でも、仕事を探すのってどこにいけばいいのかしら……?)
都会であれば職業斡旋所のような場所があるとは思うのだが、王都は想像の何倍も広そうだ。
果たしてティリアに見つけられるだろうか。
(……とりあえず、少し周囲を歩いてみて――)
きょろきょろと周囲を見回しながら、そう頭に思い描いた時だった。
「こんにちは、お姉さん。王都は初めて?」
急に背後から声をかけられ、ティリアは慌てて振り返る。
そこには、20代前半くらいの青年がにこにこと笑いながら立っていた。
「急に声かけちゃってごめんね? 馬車から降りてきょろきょろしてたから、初めて王都に来たのかなーって」
田舎から出てきたばかりなのを見事に見透かされ、ティリアは赤面した。
「あっ、気にしないで! そういう子って多いからさ、ちょっと声かけてみたんだ。君は何をしにここへ?」
「あの、私……仕事を探しておりまして――」
「やっぱりそうなんだ! ねぇ、よかったらいい仕事を紹介しようか? ついておいでよ」
「本当ですか!? ありがとうございます……!」
どこへ行っていいのかわからず心細い思いをしていたのもあり、ティリアは何度も何度も礼を言い頭を下げる。
(よかった、王都に来て早々こんなに親切な方に会えるなんて……)
疑うこともなく、青年の後に続いてティリアも歩き出す。
何本もの通りを抜け、細い道を進み、気が付けば……ずいぶんと、薄暗い通りに来ていた。
(なんていうか空気も変わってるけど、大丈夫かしら……)
不安そうに周囲を見回すティリアを見て、青年は宥めるように口を開く。
「心配しないで。今の時間はこんな感じだけど、夜になれば活気が出るからさ!」
「は、はい……」
「ほら、店はもうすぐそこだよ。行こう」
そう口にした青年の後に続いて、足を踏み出そうとした時だった。
「おら、逃げんな!」
「なんとしてでも捕まえろ!」
『きゅぃい!』
荒々しい声に、動物の泣き声のような声も。
そのただならぬ気配に、ティリアは思わず足を止めてしまう。
「足がつかないうちに売り飛ばそうぜ!」
「こいつって『神獣』だろ……! 何十年遊んで暮らせるんだ……!?」
声はティリアのすぐ横の細い道から聞こえてくる。
まるでそうする運命だと決まっていたかのように、ティリアは細い道の方へ視線を向けていた。
そして……目が合った。
驚くほど澄み切った、必死に助けを求める瞳と。
『きゅい!』
「あっ、待て!」
暗闇から何かが突進してきたかと思うと、ティリアの胸元に飛び込んでくる。
反射的に、ティリアは腕を伸ばして抱き留めていた。
『きゅいぃぃ……』
ティリアの腕の中で、小さく震えるその生き物は――。
(まさか、ユニコーン!?)
ため息が出るほど美しい、艶やかな白銀の毛並み。
額から伸びるのは、キラキラと輝く金色の角。
それは、本の挿絵でしか見たことのないユニコーンにそっくりだった。
しかも、ティリアの腕にすっぽり収まる大きさからしてまだ子どものようだ。
ティリアの腕の中へ飛び込んで来たユニコーンの雛は、『きゅいきゅい』と鳴きながら必死に助けを求めているようだった。
「なんだ、捕まえてくれたのか」
「ありがとな。そいつを渡してくれるか?」
ユニコーンを追うようにして現れたのは、人相の悪い男性二人だ。
……先ほどの会話から判断するに、彼らはユニコーンの飼い主というわけではないだろう。
たまたま見つけて捕まえようとしたか、最悪盗んだのかもしれない。
(渡してしまえば、この子は……)
きっと、どこかへ売り飛ばされてしまう。
ユニコーンの角や生き血には万病に効く特別な作用もあると聞く。
それを目当てに、殺されてしまう可能性だってないわけじゃない。
何よりも……必死に助けを求める、怯え切った瞳を無視はできなかった。
「……あなた方はその子の飼い主ではないのでしょう。でしたら、お渡しすることはできません」
震えそうになるのを必死に堪え、ティリアは毅然とそう告げる。
その途端、二人の表情が一変した。
「へぇ、逆らうなんて肝の据わった女だな。その可愛い顔がボコボコに張れ上がらないうちに引いた方がいいんじゃねぇの?」
怒気をあらわに凄む二人に、ティリアは背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。
いつの間にかティリアを案内してくれた青年はこの場から逃げ出したようだ。
それも無理はない。ティリアとて……この状況が怖くないわけじゃない。
ただ、恐怖心よりも助けを求めるユニコーンを見捨てたくないという思いの方が強いだけだ。
(……きっとこの子は、私と同じ)
虐げられ、踏みつけられるだけのか弱い存在。
そんなユニコーンの姿に、ティリアはいつの間にか自分自身を重ねていた。
義母の手で極寒の屋外に締め出された時、バーベナに火魔法の実験台にされた時、粗相をした罰として父に鞭で打たれた時――。
きっと、自分もあんな目をしていたはずだ。
(この子は、絶対に守らなくちゃ……!)
かつて、自分がそうして欲しかったように。
救いの手を、差し伸べずにはいられないのだ。
「……何度でも言います。この子を危険な目に遭わせる可能性のある方に、お渡しすることはできません」
「聞き分けのない女だな。だったらこっちから行かせてもらうからな……!」
目の前の男が大きく拳を振り上げる。
せめてユニコーンの雛を守ろうと、ティリアがぎゅっと身を屈めた時――。
「行け、トリスタン」
どこからかそんな声が聞こえたかと思うと、一陣の爽やかな風が吹き抜ける。
そして――。
「えっ……?」
ティリアの目の前で、拳を振りかぶっていた男が吹き飛んだ。
……突然現れた、神々しいユニコーンの成獣に激突されて。
「えっ、なんだこれ……うぎゃ!」
戸惑っていたもう一人の男も、ユニコーンの後ろ蹴りによって勢いよく宙を舞う。
ティリアは呆然と、その光景を眺めていた。
(いったい、どういうことなの……?)
目をぱちくりと瞬かせるティリアの耳に、コツコツと靴音が響く音が聞こえてくる。
慌ててそちらへ視線をやれば、いつの間にか見たことのない青年がすぐ傍に立っていた。
その青年の姿を見て、ティリアは思わず息をのむ。
純白の雪の上に一滴だけ空の雫を落としたかのような、淡い蒼色の髪。
思わず吸い込まれそうになるような、美しい瑠璃色の瞳。
そこに現れたのは、まるで燦燦と輝く宝石を人間へと変えたかのような、目を奪われずにはいられない見目麗しい人物だったのだ。
「やっと見つけたよ、お姫様」
彼はそう言って、真っすぐにティリアの方へ手を差し出した。