69 帰ろう、僕たちの家へ
「……どいてくれないか」
「あなたはティリアを連れ去りに来たのでしょう。だったら、ここを通すわけにはいかない」
そういえば、目の前の青年もティリアの異母妹と同じように目にしたことがある。
なんにせよ、今のアルヴィスにティリアの救出を邪魔する存在でしかない。
「……これは警告だ。今すぐにそこをどけ」
「ティリアは僕と一緒に生きると言ってくれたんだ! 一度間違えてしまったけど……きちんと話せばわかってくれるはずだ! 僕は、今度こそ間違えない……!」
青年――アントンの瞳を見て一瞬でわかった。
彼はアルヴィスと同じように、ティリアを愛しているのだと。
だからこそ……譲るわけにはいかなかった。
「ぐぁっ!」
風魔法を発動させ、青年を吹き飛ばす。
床へと叩きつけられうめき声を上げる青年の横を通り過ぎ、アルヴィスは一言吐き捨てる。
「何もかもが遅すぎる」
アルヴィスからすれば、ティリアが危険な目に遭っているのに「今度こそ間違えない」などとのたまう時点で遅すぎる。
ティリアは今、傷ついているというのに。
チャンスなど与えるものか。
ここから連れ出したのなら、もう二度とティリアを彼らに合わせるつもりはない。
「クルゥ!」
先導していたクルルが、ある部屋の扉をカリカリと引っかく。
ここに、ティリアが言いたいのだろう。
「わかった、クルル。……トリスタン、頼む」
おとなしく後ろをついてきていたトリスタンにそう指示を出すと、ユニコーンの成獣は「待っていた」とばかりに足を進める。
「きゅい……」
「大丈夫だ、すぐにティリアに会える」
父親の背中から小さなユニコーンの雛を抱き上げ、アルヴィスはそう語りかけた。
ユニコーンの成獣が勢いをつけぶつかると、扉はあっけなく崩壊した。
扉の残骸を蹴破るようにして、アルヴィスは室内に足を踏み入れる。
すぐに、探し人は見つかった。
「ティリア!」
部屋の奥――ぐったりと床に倒れるように身を横たえているのは、アルヴィスの探している少女に他ならない。
慌てて駆け寄り抱き上げ、確かなぬくもりと浅い呼吸を確かめる。
……生きている。
その事実に、アルヴィスは安堵に胸をなでおろした。
だが――。
「なんだ、これは……」
不意に衣服の隙間からティリアの素肌が垣間見え、アルヴィスは戦慄した。
……ひどい火傷の跡と綺麗な部分が、いびつなまだら模様のようになっている。
何度も何度も傷つけられ、必死に癒したかのように……。
「っ……!」
火魔法が得意だと豪語していた先ほどの少女、それに「傷を治し続ける」という不可解な言葉。
二つが繋がり、アルヴィスはここで何があったのか、ティリアがどんな目に遭っていたのかを悟らずにはいられなかった。
(何が「遅すぎる」だ……)
遅かったのは自分も同じだ。
なぜもっと早くティリアを助けられなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。
だが、ここで悔やんでいても何も解決はしない。
今は一刻も早く、ティリアをこんな場所から救い出さなければ。
膝裏と背中に手を差し入れ、あまり刺激を与えないように抱き上げる。
だが、傷に響いてしまったのかもしれない。
ティリアが小さくうめき声をあげ、柔らかなまぶたが震える。
「ティリア……」
そっと呼びかけると、ティリアがわずかに目を開けた。
「アルヴィス、様……?」
彼女がはっきりと自分のことを認識したという事実に、アルヴィスの胸は熱くなる。
「ティリア、もう大丈夫だ」
しっかりと彼女を抱き寄せ、そう囁く。
その途端、ティリアの目が大きく見開かれ……ぽろぽろと涙がこぼれた。
「もう、二度とお会いできないかとっ……」
「そんなことはさせない。君がどこに連れていかれたって、必ず取り返しに行く」
それは、アルヴィスの心からの決意だった。
初めて出会った、自分の同じように心から神獣を愛し、愛される人。
人生を共にしたいと心から願ったのは、きっと彼女が最初で最初なのだから。
「帰ろう、僕たちの家へ」
そう囁きかけると、ティリアは目を涙でいっぱいにして頷いた。
「きゅい! きゅいきゅい!」
ティリアとの再会に、小さなユニコーンは嬉しそうにぴょんぴょん跳ね回っている。
この小さなお姫様にも、随分と心配をかけてしまった。
公爵邸に帰り、ティリアの具合がよくなったら……思う存分甘やかさせてやろう。
そう決意し、アルヴィスはティリアを抱きかかえたまま部屋を出る。
だが階段を降り、出口へ向かおうとしたところで……背後から鋭い声に呼び止められてしまう。




