63 ティリアのところへ行こう
ルーカスが別館に足を踏み入れた途端、中から毛玉が勢いよく突撃してきた。
『グルァッ!』
「やめろクルル! こいつは敵じゃない!」
慌てて毛玉――カーバンクルのクルルをキャッチしたアルヴィスは、牙をむき出しにし唸り声を上げる神獣を落ち着けようと、そっとその喉元を撫でた。
「荒れてんな」
「……ティリアがいなくなってからはずっとこうだ。神獣は勘が鋭いから、ティリアが危険に巻き込まれたことを悟ったのかもしれない」
そう自分で口にした言葉は、アルヴィスの心にも重くのしかかってくる。
姿を消したティリアが、どこかで大変な目にあっているのかもしれない。
それなのに、何もできない自分が歯がゆくてたまらない。
「はいはい、調査始めるなー」
変に慰めず、淡々と仕事を進めるルーカスの態度が今は有難い。
『きゅい……』
「ブラックサンダー……」
足音を聞きつけて走ってきた小さなユニコーンが、アルヴィスの姿を見て落胆したようにか細い鳴き声を上げる。
彼女もずっと、ティリアの帰りを待ちわびているのだ。
まだ幼い彼女にとって、ずっと世話をしてくれていたティリアは家族同然の存在だ。
きっと何の前触れもなくティリアがいなくなって、寂しくてたまらないことだろう。
「……大丈夫だ、すぐにティリアを見つけるからな」
ブラックサンダーに言い聞かせるように……いや、それ以上に自信を鼓舞するようにアルヴィスはそう口にする。
ルーカスの方へ視線を戻すと、彼は仕事用のトランクからペンデュラムを取り出していた。
先端に取り付けられた白銀のクリスタルが、きらりと光っている。
「これは探知機。たとえば……」
ルーカスがペンデュラムをアルヴィスの腕に抱かれたブラックサンダーへと近づける。
その途端――。
『きゅい!?』
ペンデュラムが白色に光りながら激しく振動をはじめ、ブラックサンダーは驚いたように悲鳴を上げた。
「こうやって、魔力に反応するんだ。盗聴が可能な魔法具があれば、これで発見できる」
「……説明をありがとう。だが、次からはうちの神獣をあまり刺激しないような方法にしてくれ」
興奮したブラックサンダーががじがじとアルヴィスの指を噛み、アルヴィスは何度も小さなユニコーンのたてがみを撫でた。
注意深くあちこちへペンデュラムをかざすルーカスの後を、アルヴィスは慎重に追っていく。
すぐに、異変は起こった。
「……反応してるな」
応接間に備え付けられた一脚の椅子に向かって、ペンデュラムは緑色に光りながらぶんぶんと回転している。
「……その椅子が、何か?」
「こういうのは大体……ほら、これだ」
椅子をひっくり返したルーカスが、座面の裏側を見せてくれる。
そこには、円形状の護符のようなものが張り付けられていたのだ。
「なんだ、これは……」
「魔力の込められた術具の一種だ。効果は作り方によって異なるが、これは……風属性の魔力が込められている。この術式だと……音を集め、伝える……なるほど、『盗聴』だな」
「は? 盗聴……?」
まさか自身が暮らす場所にそんなものが仕掛けられているとは思わずに、アルヴィスは絶句した。
「精度はわかんねぇけど、おそらくお前らがここでした会話はどこかに聞かれていた。……ティリアちゃんの秘密だって、ここから漏れた可能性がある」
「くそっ……!」
今まで気づかなかった自分の浅はかさに、アルヴィスは拳をテーブルに叩きつけた。
……これではっきりした。リースベルク家の屋敷の別館に出入りできる者に、裏切者がいると。
「おそらくはここだけじゃない。同じものがいくつも仕掛けられているはずだ」
「……わかった。ルーカスは術具の捜索を続けてくれ」
「お前は?」
「もう一度使用人の取り調べを行う。ティリアが失踪した日だけじゃなく、それ以前にここに足を踏み入れた者も徹底的に」
「……長期戦になりそうだな」
ルーカスが零した言葉に、アルヴィスはぐっと拳を握りこんだ。
……彼の言うとおりだ。
一から使用人の取り調べをやり直すとなると、膨大な時間がかかってしまうだろう。
その間にティリアに何かあったら……。
そう考えるだけで、胸が張り裂けそうだった。
「ティリア、どうか無事でいてくれ……」
そう呟いた時だった。
「きゅい!」
アルヴィスの腕の中で項垂れていたブラックサンダーが、何かに気づいたように頭を上げる。
「ブラックサンダー……?」
ブラックサンダーはまるで見えない何かを感じ取ったかのように、じっと一点を見つめている。
かと思うと――。
「おい待て!」
急にアルヴィスの腕を飛び出し、どこかへ駆け出したのだ。
アルヴィスは慌てて小さなユニコーンの後を追う。
玄関扉を開け放していたのが災いして、ブラックサンダーは俊敏な動きで別館の外まで駆けて行ってしまう。
「やめろブラックサンダー! お前までいなくなる気か!?」
ティリアに続いて、彼女まで失うわけにはいかない。
アルヴィスは全力疾走し、なんとか裏門から飛び出す寸前だったブラックサンダーを捕まえることに成功した。
「きゅいぃ!」
「こら暴れるな! 急にどうしたんだ……」
確かにブラックサンダーは何度か脱走を試みたことがあるが、こんな風に強引に駆け出すことは今までなかった。
アルヴィスの腕の中でブラックサンダーはじたばたと暴れていたが、急に何かを訴えるように泣き始める。
「きゅきゅい!」
「……ブラックサンダー?」
そのつぶらな瞳は何か訴えるように潤み、小さな角は……かすかな光を発していた。
その反応に、アルヴィスの中でまさかという思いが湧き上がる。
「もしかして、ティリアと共鳴しているのか……?」
そんな事象が起こりうるのかはわからない。
だが、ティリアもブラックサンダーも同じ光属性の魔力を持つ者。
かつてこの小さなユニコーンがティリアの傷を癒したように、今も何かを感じ取ったのだとしたら――。
「……わかった。ティリアのところへ行こう」
小さなユニコーンをひと撫でして、アルヴィスはそう囁いた。




