表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/77

62 どうか、もう一度会えますように

「お父様が仰られたとおり、嫁ぎ先が決まるまではここでおとなしくしてなさい」

「ここは……王都?」

「えぇ、お父様が一時的に借りている屋敷よ。狭いし、使用人も少ないし、さっさとこんなとこ出ていきたいんだけど!」


 口をとがらせるバーベナに、ティリアはごくりとつばを飲み込んだ。


(ここが王都なら、なんとか逃げ出せば……)


 きっとバーベナは、ティリアに逃げ出す度胸などないと踏んでいるのだろう。

 だから、素直に教えてくれたのかもしれない。


「飢え死にしない程度に食事は持ってきてあげるから、せいぜいおとなしくしてなさい」

「…………」

「何よ、その反抗的な目。不快だわ」


 バーベナはふん、と鼻を鳴らすと、背後に控えたアントンに声をかける。


「行くわよ、アントン」


 そう言ってバーベナは部屋の外へと出て行ったが、アントンはその場から動こうとしない。

 不審に思ったティリアはアントンの方へ視線をやり……ぞっとした。


(なんて、昏い目……!)


 ティリアの知るアントンは、少し優柔不断な部分もあるが……それでも、優しく人当たりの良い青年のはずだった。

 だが今の彼の表情はどこか生気がなく、何よりもまるで深淵のように昏い瞳は見るものに怯えを抱かせる。

 彼が異常な状態なのは、火を見るよりも明らかだった。


「っ…………」


 怯えたように後ずさるティリアの姿を、アントンの視線がゆっくりと追う。

 そして、彼が一歩踏み出そうとした瞬間――。


「何やってるのよ! 行くわよ!!」


 いつまでも部屋を出ないアントンにしびれを切らしたのか、戻ってきたバーベナが乱暴にアントンの腕を引いた。

 そのまま二人が出ていき、部屋の扉が閉まったかと思うと……外から鍵をかけられる音が響く。

 完全に二人の足音が聞こえなくなったところで、ティリアはずるずるとその場に崩れ落ちた。


「…………っぅ」


 時は一刻を争う。

 早く、何とかしてここから抜け出さなくては。

 アルヴィスや神獣たちのところへ帰らなくては。

 頭ではそうわかっているのに、絶望に侵された体は思うとおりに動いてはくれない。


(駄目、また昔の私に戻ってしまう……)


 伯爵家にいたころの、つらい記憶が次々と蘇ってくる。

 また、あんな日々に戻るのだろうか。

 誰にも愛されず、奴隷のように虐げられる日々に――。


「アルヴィス様……」


 手で顔を覆い、ティリアはそっと愛しい人の名を呼んだ。

 どうか、もう一度会えますように……と。



 ◇◇◇



「まだティリアは見つからないのか!?」


 焦燥をあらわに、アルヴィスは舌打ちした。

 彼女が忽然と姿を消してからもう三日も経っている。

 今のところ彼女に関する手掛かりは見つかっておらず、焦りばかりが募っていくようだった。


「彼女が馬車を降りた周辺の捜索を続けておりますが、依然として有力な情報は集まっておらず……」

「っ……わかった。捜索を続けてくれ」


 頭を下げてその場を辞した使用人を見送り、アルヴィスは歯がゆさに唇を噛んだ。

 最後にティリアと会話を交わした御者によると、失踪直前、彼女は「本館のメイドからお使いを頼まれた」と言い、裏通りに姿を消したそうだ。


「あの時無理にでも引き留めていれば……」と自責の念に駆られながら口にした御者の男は、長年リースベルク家に仕えており、ティリアの失踪に関与した可能性は薄いだろう。


「となると、怪しいのはその使いを頼んだメイドってことか」


 捜査の協力を依頼され駆けつけた同僚――ルーカスの言葉に、アルヴィスは重々しく頷いた。


「あぁ、もう何度もうちに仕えるメイド全員に話を聞いているが、誰も自白しようとはしない」

「誰かがメイドに扮して忍び込んだ可能性は?」

「それはない。最近ここで働き始めたティリアはともかく、他の者は見知らぬ人間がいれば気づかないはずはないだろう。実際に、当日に不審者が目撃されたという報告はなかった」

「なるほどね。ということは……リースベルク家の使用人の中に、ティリアちゃんの失踪に噛んでいる裏切者がいるってことか」

「……そうだろうな」


 なぜティリアが……というのは考えるまでもない。

 彼女が光属性の使い手だということが、どこかから漏れたのだろう。


「……ルーカス、念のため聞くが……お前、ティリアのことを誰かに話したりはしてないだろうな」

「当たり前だろ。やっと可愛い恋人ができたっていうのに、その子がいなくなったらまたユニコーンにしか興味なくなるだろ、お前」


 茶化すような言葉に睨みつけると、ルーカスは「やれやれ」とでも言いたげに肩をすくめた。


「……冗談はさておき、もちろん俺は誰かにティリアちゃんのことをばらしたりはしていない。……彼女が光属性の使い手だって発覚した日も、人払いと盗聴防止結界はきちんとしていた。あそこで秘密が漏れる可能性は万に一つもないぞ」

「盗聴……」


 耳に入った言葉に、アルヴィスは眉根を寄せた。


 ……嫌な予感がした。

 ルーカスからティリアの情報が漏れたのではないとしたら。

 リースベルク公爵家の中に、ティリアの失踪に関与した者がいるというのなら。


「……悪いが、この屋敷内……特に別館に盗聴が可能な魔法具が仕掛けられていないかどうか調べてくれ」

「了解。ちゃんと準備してきたから今すぐ取り掛かれるぞ」

「……頼む」


 藁にもすがる思いで、アルヴィスはそう口にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] あの壺は盗聴器だったのか。でも盗聴器を仕掛けたって事は最初から主人公が光属性の使い手だってことをある程度予想していたのかな?やっぱり一度妹に見られたのが不味かったのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ