59 必要とされたかったのに
「すみません。どうしても本邸の方の人手が足らず……買い出しをお願いしてもよろしいかしら」
それは突然のことだった。
別館を訪れたメイドの一人が、前置きもそこそこにそう頼み込んで来たのだ。
「買い出し、ですか?」
「えぇ、簡単なものだから専門の知識がなくても大丈夫よ」
ティリアは迷った。
今までこういう変則的な業務が発生する時は、事前に指示を受けていたからだ。
短時間買い出しに出ることに異論はないが、アルヴィスの指示を仰がずに勝手な行動をとってよいのだろうか。
言いよどむティリアの心中を察したのか、メイドは安心させるように告げた。
「あぁ、アルヴィス様の許可は頂いているから大丈夫よ」
「っ! 本当ですか?」
「えぇ、頼めるかしら」
「はい!」
……少し考えれば、登城しているアルヴィスから許可を貰っているなどおかしいことだとわかったはずなのに。
リースベルク家の使用人が嘘などつくはずがないと、ティリアは信じ切っていた。
だから、違和感に気づくことができなかったのだ。
「承知いたしました」
神獣たちの一日の世話に必要な作業は済んでいる。
ほんの少しの間なら、ティリアがここを空けても大丈夫だろう。
「すぐ帰ってくるから、いい子にしていてね」
「きゅい……」
不安そうな顔をするブラックサンダーの頭を撫で、ティリアは足早に別館を後にした。
「……本当にこの道、ですか?」
「はい……頂いた地図によればそのようなのですが……」
訝しげな御者と顔を見合わせ、ティリアは再び手渡された地図に視線を落とす。
その地図によれば、この先の馬車も入れない細い小路の先に目的の店があるようだが――。
「やはり、何かの間違いではないでしょうか。あまりこの辺りに、リースベルク家の必要とするような物品を扱っている店があるとも思えませんが……」
御者のいうとおり、薄暗くどこか萎びた空気が漂う退廃的な通りと、輝かしいリースベルク家の名はあまりにもミスマッチだ。
だが、ティリアは買い出しを頼んで来たあのメイドを疑いたくはなかった。
担当範囲が違うティリアに頼むということは、きっと火急の用件なのだろう。
戻って確認していては、間に合わなくなってしまうかもしれない。
(少なくとも、地図に記された道はあった……。必要な物品が何かはわからないけど、店主に話せばすぐにわかると言っていたし……)
ここまで来てしまったのだ。このまま何もせず手ぶらで帰るのは、それこそ無駄足になってしまう。
「すみません、ここで待っていてもらえますか? 目的の店に確認に行ってきます」
「どうか、お気をつけて」
御者に頭を下げ、ティリアは建物と建物の間を縫うような細い道へと足を踏み入れる。
やがて少し開けた通りに出たが、普段買い出しにいくような明るい大通りとは違い、やはり異質な場所だ。
あまり身なりのよくないものが通りに座り込み、まるで余所者がやってきたというように、いくつもの視線がまとわりついてくる。
ティリアは何も気にしていない振りをして、そっと地図へ視線を落とす。
(大丈夫……。地図によれば目的の店はもうすぐそこなのだし。なにか危なそうなことがあれば、すぐに帰ればいいだけよ……)
そう自分に言い聞かせなければならないほど、心中に不安が渦巻いていく。
不安を押し隠すように足早に目的の方向へと進むと、地下へと進む階段が現れる。
(ここね……)
本当にこの先なのだろうか。何かの間違いじゃないだろうか。
まるで警告のように心がそう叫んで止まなかったが、はやく帰りたい一心でティリアはその先へ進んだ。
そして、一番下の段から続く扉に手をかけた瞬間――。
「っ――!」
後頭部に鈍い痛みを覚え、ティリアの意識は一瞬で闇に沈んでいった。
――「……リア」
誰かが、呼んでいる。
――「テ……ア!」
早く、目を覚まさなくては。
――「ティリア!」
……体が、重い。
「さっさと起きなさいよ! このグズ!!」
「っ……!」
ばしゃりと顔に水をかけられ、ティリアは衝撃で目を覚ました。
その途端、視界に映るのは――。
「そんな、どうして……」
不快そうにこちらを睨みつける異母妹――バーベナと、じっとりとした重い視線をこちらに向ける幼馴染の姿だった。
(どうして。何でバーベナたちがここに……)
まったく状況がわからず怯えるティリアに、バーベナは恨み言をぶつけるように告げる。
「……お姉様。希少な光属性の使い手だってことを私たちに隠してたのね」
「なっ……」
なぜそれを……と戦慄するティリアに、バーベナはぞっとするような冷たい目を向け口を開く。
「喜びなさい、グズで役立たずのお姉様にもやっと使い道ができたのだから。……お父様が、お姉様をお呼びよ。お姉様の力が必要だって」
「そん、な……」
どうして、彼らにバレてしまったのだろう。
それに、ここはどこなのだろう。
リースベルク家の者たちは、神獣は、アルヴィスは……。
様々な懸念や不安が頭を駆け巡り、カタカタと歯の根が鳴るほど体が震えている。
かつては、あれほど父に――家族に、必要とされたかったのに。
実際にその時が来ても、ティリアは少しも喜べなかった。




