56 幸せって、こういうことなのかしら
「……大変申し訳ございませんでした」
あらかたの事情を話し終わると、ラウラは小さくなってアルヴィスに謝罪していた。
「まさか若様とティリアが相思相愛でもう婚約していたなんて、このラウラの目をもってしても……」
「いや、構わないよ。君がティリアのためにそこまで怒ってくれたことの方が僕は嬉しい。……壺は割れたけど」
「うっ……!」
二人のやりとりを聞きながら、ティリアはおそるおそる今まであえて見ないようにしていた壺の惨状へちらりと視線をやった。
きっと目もくらむような値がついているであろう美しい壺は、これでもかというくらい粉々に割れている。
アルヴィスや神獣たちが怪我をしないように後で掃除をしなければ。
「メイド長が君に手を焼く理由がよくわかったよ」
「うっ、やめてくださいよぉ……」
恥ずかしそうに手で顔を覆っていたラウラだが、上機嫌なアルヴィスを見てくすりと笑う。
「それにしても、まさかティリアが実は伯爵令嬢で、しかも光属性の使い手で、若様と婚約するなんて――」
「……ラウラ。言っておくがこの話は他言無用だ。僕も信頼できる者にしか話すつもりはない」
「わかってますよ。安心してください、これでも口は堅いので!」
自信満々に自らの胸を叩いてみせたラウラは、ティリアの方を振り返り嬉しそうに笑う。
「でもよかったぁ……。若様こんなんだから変な女性に捕まるんじゃないかって心配してたけど、その点ティリアなら安心だね!」
「安心、ですか……?」
「うん。……ちゃんと若様の性格とか、やりたいこととかわかってくれて、一緒に歩めるような人。神獣たちにも気に入られていて、神獣たちを愛せる人。そんな人いないって思ってたけど……ちゃんといたんだな、って」
感慨深そうにそう言われ、ティリアは涙が出そうになってしまった。
ラウラはアルヴィスとティリアの婚約を祝福してくれた。
その事実が、たまらなく嬉しい。
「あっでも、若様と婚約するってことは次期公爵夫人かぁ。もう気軽に『ティリア』って呼ばない方がいい?」
「そんなことはないです! 私なんて、何も……」
「ラウラ、お前にはいずれティリアの側仕えになってもらおうと思ってる。プライベートは今のままで構わないが、公の場での態度は少し気を付けてくれ」
「えっ、本当ですか!? 大出世じゃん!」
頬を紅潮させ喜ぶラウラを見ていると、ティリアの胸もぽかぽかと温まるようだった。
(幸せって、こういうことなのかしら……)
いつか夢見た形とは違うけれど。
確かに今、ティリアは幸福を感じていた。
――「しばらくは水面下で準備を進めることになりそうだ。君は今まで通り、ここで神獣たちと一緒にいてくれるかな」
アルヴィスにそう言われた通り、ティリアはいつもと変わらず神獣の生育係としての日々を過ごしている。
(今でも、夢みたい……)
まさかアルヴィスと想いが通じ合って、婚約者にまでなれるなんて。
正式な書面をかわしたわけでも、何か証があるわけでもない。
それでも、アルヴィスはティリアのことを婚約者だと言ってくれた。
ティリアが夢だと疑うのなら、何度でも教えてくれるとも。
それに……あれから、二人っきりの時はまるで恋人のように接してくれる。
いつも忙しくしているアルヴィスを独占できる時間は限りなく少ないが、それでもティリアは少しずつ彼の愛情を受け取れるようになっていた。
「きゅーい」
ぼぉっと考え事をしていたら、手が止まってしまっていたようだ。
ブラッシングが途中で止まっていることが不満なのか、ティリアの膝の上でブラックサンダーが不服そうな声を上げた。
「あっ、ごめんね」
慌てて謝りながら、ティリアはブラッシングを再開する。
……神獣は世にも珍しい、「光属性」の魔力を内に秘めた稀少な生き物だ。
アルヴィスや彼の友人であるルーカスによれば、ティリアが神獣たちと触れ合うことで、ティリアの中の光属性の魔力も活性化するのではないかとのことだった。
(……といっても、今のところその兆候はなし、か)
今のところティリアが光属性の魔力を使えたのは、クルルに噛みつかれ怪我を負った時と、バーベナに再会し火球をぶつけられそうになった時の二回だけだ。
あの後何度か試してみたが、まだ自分の意志で自在に魔力を操れるようにはなっていない。




