54 このまま、死んでしまっても
「いずれ、君が光属性の使い手であることを大々的に公表したいと思っている」
屋敷に帰り着き、人払いを済ませ二人きりになると……アルヴィスは静かにそう口火を切った。
アルヴィスがそうするというのなら従うのに異論はないのだが、それでも不安が表情に出てしまっていたのかもしれない。
アルヴィスはティリアの顔を見ると、慌てたように付け加えた。
「もちろん、すべて準備を整えた上でだ。たとえば、どこかリースベルク家と友好的な家の養女となってもらい、リースベルク公爵家が後ろ盾となっていることをアピールして……」
そこまで言うと、彼は少し遠慮がちな視線をティリアへと向けた。
「……いや、勝手に先走って済まなかった。君に、生家である伯爵家を捨てる意志があればの話だが――」
「それは……構いません」
そんなことか……と、ティリアはほっとした。
「もともと私は、伯爵家にとって死んだも同然の人間です。あそこに戻りたいなんて、一度も思ったことはありません」
アルヴィスに拾われ、遠い昔に忘れていた人の優しさに触れてしまったから。
もう二度と、伯爵家に戻りたくはない。あの頃のことを思い出しただけで身も心も恐怖で震えてしまうほどに。
「……君に光属性の才が宿っていると知れば、伯爵家の者たちも君を取り戻そうとするかもしれない」
「っ……!」
その言葉に息をのむと、ティリアを落ち着かせるようにアルヴィスがそっと肩を抱いてくれた。
「大丈夫だ、ティリア。君の年齢であれば、自分の意志での養子縁組が認められる公算は高い。僕もそうなるように手を回す」
アルヴィスはしっかりとそう宣言してくれた。
彼が言うのなら、きっと間違いはない。
そっと頷くと、アルヴィスはほっとしたように表情を緩めた。
「もちろん、それですべてが安泰になるわけじゃない。君が光属性の使い手として公の場に姿を表せば、それこそどんな手を使っても君を手に入れようとする者が後を絶たないだろう。だから――」
そこで一度、アルヴィスは言葉を切った。
彼の様子を窺いみて、ティリアは驚く。
その時のアルヴィスは今まで見たこともないような……非常に緊張したような顔をしていたのだから。
驚くティリアの視線とアルヴィスの視線が合う。
ティリアが視線を逸らすよりも前に、アルヴィスは意を決したように口を開いた。
「ティリア」
彼の手が、しっかりとティリアの手と繋がれる。
視線を逸らせない。彼の真剣な視線が、まっすぐにこちらを捕らえている。
「君を守りたいんだ、ティリア。だから……僕と婚約してくれないか」
その言葉に、時が止まったような気がした。
……ずっと、隠し通そうと思っていた。
向日葵が太陽の方を向くように、夜になれば星と月が空へ昇るように。
まるで自然の摂理のように、ティリアはアルヴィスに惹かれていた。彼のことが好きだった。
だが、ティリアはとても彼に釣り合うような人間じゃない。
一方的に思いを寄せられても、アルヴィスだって迷惑なだけだろう。
そう思って、ずっと押し殺してきたのに。
そんな風に言われてしまっては、隠せなくなってしまう。
「……いや、違うな」
逡巡していると、アルヴィスが自問自答のようにそう零す。
どきりとして息をのむと、アルヴィスは繋いでいたティリアの手を持ち上げ、そっと唇を落とした。
「……ごめん。今のはずるい言い方だった。君の今後を考えて、リースベルク家として君を守りたいのはもちろんだけど――」
ぐっとアルヴィスが距離を詰めてくる。
至近距離で見つめ合うような態勢で、彼は告げた。
「君が好きだ、ティリア。リースベルク家の人間としてではなく、『アルヴィス』として君に――光属性の使い手じゃなく『ティリア自身』に強く惹かれている。だから、残りの人生をずっと僕の傍にいてほしい」
今度こそ、本当に心臓が止まりそうだった。
……叶わなくても、いいと思っていた。
使用人として、彼に仕えることができるのなら。
たとえ彼の隣に、自分ではない女性が立っていたとしても。
それで、いいはずだったのに。
(それでも、アルヴィス様は私を選んでくれた)
今更、彼の言葉を疑ったりはしない。
彼はティリアがなんの才もない「無能」だったころから、ずっと優しかった。
それに、何とも思っていない相手に戯れに口付けるような人間でないこともよく知っている。
だから、本当は……心のどこかで期待していたのかもしれない。
――彼も、自分のことを想ってくれているのではないかと。
だが、期待してしまえばそれが叶わなかった時に傷つくことになる。
無意識にそう考え、蓋をしようとしていたのに……。
アルヴィスはそんなティリアの浅はかな逃避さえ、包み込んでくれた。
……ティリアがほしくてたまらなかった言葉をくれたのだ。
「わ、たし……」
言わなくては、伝えなくては。
そんな思いに駆られて口を開いても、うまく言葉を紡ぐことができない。
それどころか、ぽろぽろと涙が溢れてしまう。
こんな体たらくでは、アルヴィスにも呆れられてしまうかもしれない。
そんな不安が胸を覆ったが、そっとティリアの涙を拭うアルヴィスの指先は優しかった。
「……ゆっくりでいい。君の気持ちを教えて」
ティリアはこくりと頷き、必死に言葉を絞り出した。
「わ、たしは……ずっと……」
きっと、初めて彼に出会った時から。
「ずっと、アルヴィス様のことが――」
押し殺してきた、抑えてきた感情が溢れ出す。
「すき――」
そう口にした途端、強く抱きしめられた。
「……ありがとう、ティリア」
抱きしめる腕の強さが、全身に感じる彼のぬくもりが、愛おしくてたまらなかった。
生まれて初めて、心から幸せだと思えた。
……このまま、死んでしまってもいいと思うくらいに。




