52 きっとこの先何があっても
「ティリア」
そんなティリアの胸中を察したかのように、アルヴィスが優しくティリアの名を呼ぶ。
「……どうか、この魔石盤に触れてみてはくれないか」
「ぇ……?」
ティリアが触れたところで、魔石盤が反応するはずなどないのに。
だが――。
「……承知いたしました」
アルヴィスが何を考えているのかはわからない。
だが、ティリアは彼を信じている。
アルヴィスなら決して、ティリアが傷つくような真似はしないと。
だから、アルヴィスが願うのなら、聞かないという選択肢はティリアにはなかった。
「ブラックサンダーは僕が抱いていよう。……こら、文句を言うな」
「きゅい!」
ティリアの手からアルヴィスの手に抱き上げられたブラックサンダーは不満そうな声を上げたが、それ以上暴れる様子はない。
ティリアは深呼吸し、意を決して魔石盤に触れた。
あの時と同じで、何も起こらない。
……はず、だった。
「え……?」
魔石盤はすぐに反応を見せた。
十年前と同じく、見慣れた五色の魔石は沈黙したままだ。
だが、たった一つだけ。
光属性を意味する、白の魔石が。
まるで夜空に輝く星のように、煌々と光を放っていたのだ。
「嘘、だろ……」
その光景を目の当たりにしたルーカスが、呆然としたようにそう零す。
ティリア自身も、何が起こっているのかまったく理解できなかった。
……だって、そんなはずがない。
「な、何かの間違いです……」
恐ろしくなって手を離すと、魔石はすぐに輝きを失う。
ティリアは怯えたように後ずさったが、ぽん、と肩に優しく手が置かれた。
「間違いじゃない。これが結果だ」
アルヴィスはしっかりとした声でそう告げる。
ティリアが振り返ると、真っすぐにこちらを見つめるアルヴィスと目が合った。
彼は真剣な表情で、言い聞かせるように告げる。
「ティリア、君は希少な光属性の使い手なんだ」
その言葉が耳に届いた途端、ティリアはひゅっと息をのんでしまった。
ずっと、望んでいたはずだった。
周囲に――家族に認められ、受け入れてもらえるような才に目覚めるのを。
だがまさか、存在自体が伝説じみた光属性の使い手だったなんて……想像すらしたことがなく、頭がついていかない。
「お前……知ってたのか!?」
慌てた様子のルーカスに詰め寄られ、アルヴィスは静かに首を横に振った。
「いや、気づいたのは最近だ。というよりも……おそらくティリアの力が目覚めたのもここ最近のはずだ」
アルヴィスは自身の腕の中の小さなユニコーンに視線を落とすと、優しく口を開く。
「ティリア、君がクルルの暴走を止めようとして怪我を負った時、その傷を癒そうとしたブラックサンダーと共鳴したように見えた。おそらくあの瞬間、君の中に眠っていた光属性の魔力が目覚めたんだ」
「ぁ……」
あの時のことを思い出し、ティリアははっとした。
確かにあの時、自分の中で何かが変化したのを感じた。
まさかあれが、光属性の魔力が覚醒した瞬間だったのだろうか……?
「人の中に眠る魔力は、自然に存在する魔力と共鳴することで覚醒するとされている。ティリア、君は『無能』だったんじゃない。今まで光属性の魔力に触れる機会がなかったから、潜在能力が可視化されなかっただけなんだ」
「そんな、ことが……」
今でも、信じられない。
「無能」でしかないと思っていた自分に、そんな力が宿っていたなんて……。
じっと黙って二人のやりとりを聞いていたルーカスも、いまだ戸惑ったように口を挟んで来た。
「マジかよ……信じらんねぇ。光属性の使い手が見つかるのなんて、それこそ数十年ぶりだぞ……? とにかく、一刻も早く上に報告を――」
「いや、報告はしない」
アルヴィスは珍しくぴしゃりとルーカスの言葉を跳ねのけた。
「僕が何のためにお前を頼ったと思ってる。ただ単にティリアの素養を測りたいだけなら、これと同じ魔石盤のある大聖堂にでも行けばいいんだ。そうしなかったのは――」
「公的な記録を残さないため……か」
何かを悟ったようなルーカスの言葉に、アルヴィスは頷く。
「国の管轄下にある神殿で行われる魔力測定は、その結果が全て国に記録されることになる。大々的にティリアが光属性の使い手だと発覚したらどうなる? すぐに厄介な権力争いに巻き込まれることになる」
その言葉にティリアはびくりと身を竦ませた。
ぼんやりと、想像はできていたからこそ怖かったのだ。
光属性の使い手が希少な存在だというのなら、ティリアがそうだというのなら。
何か、とんでもないことに巻き込まれてしまうのではないかと……。
「……大丈夫だ、ティリア」
アルヴィスはそっと震えるティリアの肩を抱く。
ブラックサンダーもティリアを慰めるように、よじよじとティリアの腕の中へと乗り込んで来た。
「決して君を醜い争いに巻き込んだりはしない。君は今まで通り、僕の傍にいてくれればいい」
「アルヴィス様……」
彼の言葉だけで、胸中に渦巻いていた不安が消えていく。
きっとこの先何があっても、彼といれば大丈夫なのではないかと思えてしまうのだ。




