51 光と闇
「……はい、わかりました」
アルヴィスは安堵したように息を吐くと、ルーカスの方へ振り返り告げる。
「ということだから、魔石盤を用意してくれ。普及盤ではなく、大聖堂にあるような旧式のものを」
「……?」
ティリアにはその言葉の意味がよくわからなかったが、ルーカスははっとしたように目を瞬かせる。
「旧式……? お前まさか――」
「結果はすぐにわかる」
「わかった……。待ってろ」
心得たとでもいうように、ルーカスは部屋の奥の棚から何かを引っ張り出してきた。
彼が抱えている物に気づいた途端、ティリアの鼓動は嫌な音をたてる。
「魔石盤……」
十年前、ティリアの運命を閉ざした道具がそこにあった。
ティリアが触れても、どの魔石も反応を示すことはなかったのだから。
嫌な記憶が脳裏をよぎり、思わず視線をそらしてしまいそうになる。
だが、そんなティリアを気遣うようにアルヴィスが優しく声をかけてくる。
「……ティリア。昔、君が触れた魔石盤のあれの違いはわかるかな?」
「違い、ですか……?」
アルヴィスの問いに、ティリアは再び視線を戻す。
ルーカスがティリアによく見えるように、魔石盤を移動してくれる。
すぐに、ティリアは過去の記憶との相違点に気がついた。
「魔石の、数が多い……?」
あの日神殿で触れた魔石盤には、五つの魔石がはまっていたのを覚えている。
だが今目の前にあるそれは、七つの魔石が少し窮屈そうにあしらわれているのだ。
透き通る月の光を閉じ込めたかのような白の魔石と、全てを飲み込む漆黒の闇のような黒の魔石は、あの日の記憶にはなかったはずだ。
「大正解。今現在一般的に使用されている魔石盤はいわば改良盤。これは最初に発明された時のオリジナルに近い旧式盤だ」
にやりと笑ったルーカスが、そう教えてくれる。
「魔石盤は今から約150年前にグラモイア博士によって発明された。目的は魔術的素養を持つ者の発掘と正しく才能を分類し、伸ばしていくことだ。そのそも人の魔術的素養を呼び起こすには、自然に存在する魔素と共鳴する必要がある。だが生育的環境により自分自身に秘められた素養と後天的に触れる魔素にミスマッチが起こり、本来の才能を殺してしまうことがしばしばあって――」
ルーカスは目を輝かせながら、何かに憑りつかれたようにぶつぶつと話し始めた。
ティリアはそんな彼の変化に一瞬恐怖すら覚えたが、すぐに納得した。
(これは、神獣のことを話すアルヴィス様と同じ……!)
アルヴィスが幻獣のことを話す時も、こんな状態になることがままある。
何かに打ち込む人間が興奮した時は、こうなるものなのかもしれない。
「ティリア、真面目に聞かなくていい。こいつは自分の専門分野になるといつもこうなんだ」
あなたも同じですよ、という言葉を飲み込み、ティリアはそう囁いたアルヴィスにそっと頷いてみせた。
「つまり、魔石盤には人の持つ魔術的素養の分類の他に覚醒の意味合いも含んでいる。んで、問題になるのがこの二つだな」
ルーカスが指し示したのは、ティリアが見覚えのない白と黒の魔石だ。
「白い方は光属性、黒い方は闇属性の力を秘めた魔石だ」
「え……? ですが、闇属性の魔法は禁忌とされているのでは――」
闇属性の魔法は、人の身体や精神を傷つけることに特化したものが多く、現在では禁忌とされており、闇属性の魔法を使っただけで重罪となると聞いている。
「あぁ、だからうっかりこれに触れて、闇属性の素養に目覚められたりしたら困るわけだ。実際に闇属性の使い手が集まり、国を揺るがす犯罪集団となったこともあったんだよな。だから現在では、できる限り闇属性の使い手を生まないように徹底されている」
なるほど、ティリアにも少し話が見えてきた。
元々七色の魔石を搭載していた魔石盤が今の形になったのは、闇属性の素養を目覚めさせないためだったのだろう。
「では、光属性の方は……」
「こっちは簡単、単なるコストカットだな。光属性の魔石は希少ですべての魔石盤に搭載するには莫大なコストがかかる。その割に光属性の使い手っていうのはもっと希少で、一つの国に数人いるかいないかレベルだ。その使い手も王族や聖職者の血を引く者がほとんどで、そういうお偉い様の魔力測定の時だけこの旧式を持ち出せばいいってことになったんだよ」
「それで、普及盤なんですね……」
片田舎の貴族の子どもが光属性の魔石に触れても、隠された光属性の素養が目覚めることなど、ないに等しいのだから。
通常の魔力測定では、魔石の数が少ない「普及盤」で問題ないということなのだろう。
「だが、それだと隠されていた才能が見逃されることもある」
じっと七色の魔石盤を見下ろし、アルヴィスがぽつりとそう呟いた。
「コスパの問題だからな。そう怒るなよ」
「別に怒ってない。ただ、それで人生を捻じ曲げられている人間も存在すると気づいただけだ」
そんなアルヴィスから鬼気迫るような気迫を感じ、ティリアの肌がぞくりと泡立つ。
(そもそも、私はどうして今日ここに……?)
ティリアがなんの才能もない「無能」だということは、アルヴィスも知っているはずなのに。
いったいここで、彼はティリアに何をさせようというのだろうか……。




