50 僕を信じて
「しっかしお前から頼みごとなんて珍しいな。この貸しは高くつくぞ?」
「恩着せがましいな。いつも僕に雑事を押し付けてくるんだからチャラ……いや、まだ僕の貸しの方が多い」
数日後、ティリアは約束通りアルヴィスと共に再び王城を訪れていた。
そこで待っていたのは、以前会ったアルヴィスの同僚――ルーカスだ。
彼はアルヴィスと、その背後でブラックサンダーを抱っこしながらどぎまぎしているティリアを交互に眺め、にやにやと意味深な笑みを浮かべる。
「今日もティリアちゃんと一緒? デートなら俺いらなくね? 俺の研究室貸せっていうけどもっと色気のあるところに行った方が――」
「ルーカス」
アルヴィスは温厚な彼にしては珍しく、ルーカスの言葉を途中で遮った。
「その話は後でしよう」
まるで周囲に聞かれたくないというように、アルヴィスは声を潜めてそう告げた。
その態度に、ルーカスも何かを察したようだ。
「……ふーん、まぁ別にいいけど」
「あとお前はいる。説明役だ」
「何の説明?」
「いいから行くぞ」
乱暴にルーカスの肩を押しやってから、アルヴィスはどきどきとその様子を見守っていたティリアの方へ振り返る。
「待たせてごめん、ティリア。話はついたから一緒に行こう」
微笑みながらそう言うアルヴィスに、ティリアは慌てて頷いた。
「は、はい……!」
ティリアが追い付くのを待ってから歩調を合わせて歩き出すアルヴィスに、ルーカスが呆れ顔で呟きを漏らす。
「……俺と態度違い過ぎない?」
アルヴィスとルーカスが所属する蒼穹騎士団の詰所――ブルーパレスには、団員一人一人に与えられた研究室が存在する。
ルーカスに先導されるようにして、アルヴィスとティリアはその中の一室に足を踏み入れた。
(すごい……!)
一歩室内に足を踏み入れ、ティリアは驚きに息をのんだ。
壁一面を覆うような巨大な棚には、種々の魔石や植物の標本など、所狭しと研究素材が並んでいた。
以前訪れたコルネリアの診療所のような部屋とはまた違う、まさに「研究室」といった雰囲気の強い場所だった。
「相変わらず地震が来たら死にそうな部屋だな」
「その時は俺の可愛い研究素材たちと運命を共にすると決めてる。まぁ俺が生き残ったらお前も片付け手伝ってくれ」
冗談か本気かわからない会話を交わしながら、アルヴィスとルーカスは部屋の奥へと足を進めていく。
ティリアもその後に続いた。
「ルーカスは人に宿ったり自然界に存在する魔力の解析者なんだ。性格はあれだが研究内容については信頼できる」
物珍しそうに周囲を見回すティリアに、アルヴィスはそう教えてくれる。
なるほど。彼も以前会ったコルネリアのように、研究成果が認められて蒼穹騎士団の一員となったのだろう。
あらためて、とんでもない者たちと関わっているのだと実感し、ティリアはくらくらする思いだった。
「お前に性格のこと言われたくねぇわ。……で? わざわざ非番の俺を引っ張り出してここに来た理由は?」
ルーカスにそう問われたアルヴィスは、ちらりと部屋の入り口の扉に視線をやった。
扉はぴっちりと閉じられており、誰かの気配を感じることもない。
「……最初に約束してくれ。これからここで起こったこと、知りえたことは、全て内密にすると」
そんなアルヴィスの言葉に、ルーカスはにやりと笑う。
「珍しいな。お前がそんなヤバそうな案件を持ってくるなんて」
「別にヤバくない。いや……緊急性はないんだが、僕の推測が正しければ、外に漏れたら少し厄介なことになる」
アルヴィスが背後に控えたティリアを振り返る。
よくわからないまま二人の会話を聞いていたティリアは、急に自分が注目されたことにどきりとしてしまった。
「……ティリアちゃんに関することか?」
「あぁ……ここで、ティリアの魔力測定をしてほしい」
「っ……!」
アルヴィスの口から出た言葉に、ティリアはひゅっと息をのんだ。
(私も魔力測定……? そんな、どうして……)
自分は何の力もない無能だと、アルヴィスには伝えてあるはずなのに……。
魔力測定という言葉を聞くだけで、十年前の苦い記憶が蘇る。
「きゅい……?」
ティリアの体が強張ったのに気付いたのか、腕の中のブラックサンダーが心配そうな声を上げる。
その声で少し落ち着きを取り戻したティリアは、震えながらもそっと口を開く。
「あの、アルヴィス様……」
アルヴィスの目はまっすぐにこちらを見ている。
ルーカスもいる中で己が「無能」だと再び告げるのは気が引けたが、それでも言わなければならないだろう。
「前にもお話した通り、私はどの魔力の素養もない無能で――」
「大丈夫」
アルヴィスはティリアの真正面に立つと、至近距離で視線を合わせるようにして告げた。
「僕を信じて」
その言葉だけで、胸の中に渦巻いていた不安は惨めさが小さくなっていく。
アルヴィスにどんな意図があるのかはわからない。
だが、彼ならば決してティリアの身も心も傷つくようなことはしないだろう。
そう信じているからこそ、ティリアは小さく頷いた。




