49 君は特別だ
「……経歴を偽っていたことは、本当に申し訳ございませんでした。今更何を言っても許されるとは思いませんが――」
「大丈夫、誰も君を責めたりはしないよ」
俯いてぎゅっと膝の上でこぶしを握ると、その手にアルヴィスの手が重ねられる。
「もちろん、ここから出ていく必要もない」
「ですが――」
「いや、違うな。君に出ていかれると困るんだ。ここの幻獣たちも、もちろん僕も」
強く握りしめた拳をほどくように、アルヴィスの指先がティリアの手を撫でる。
そのまま、指先を絡めるように手を握られ……ティリアの胸は高鳴った。
「それと……君の魔力測定の件だが」
アルヴィスの口から出た言葉に、ひやりと背筋が寒くなる。
そんなことはないとわかっていても、嫌な想像が頭をよぎる。
またあの時のように、冷たい言葉を投げかけられ、見捨てられるのではないかと……。
だが、彼の口から出てきたのは予想外の言葉だった。
「少し、気になることがあるんだ。よければ今度、僕の登城に付き合ってもらっていいかな」
「は、はい……」
なぜアルヴィスの登城に付き合うのかはわからないが、彼に何かを頼まれ、断るという選択肢はティリアの中には存在しなかった。
(「無能」の私にしかできないことでもあるのかしら……?)
何かの実験の被検体でも探していたのだろうか。
もちろん、アルヴィスが望むのならティリアは喜んで被検体でもなんでもなる心積もりはあるのだが。
「……さて」
その場の空気を切り替えるように、アルヴィスは努めて明るい声を出した。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休むといい」
優しくそう言われ、ティリアの胸はじんわりと熱くなる。
「ありがとうございます、アルヴィス様……」
本当に、彼のような優しく善良な人間に仕えることができて良かった。
あらためて、ティリアはそう思わずにはいられなかった。
アルヴィスはティリアの部屋の前まで付き添ってくれた。
「それじゃあ……おやすみ。いろいろと考えてしまうだろうけど、ここにいる限り何も心配することはないから。しっかり眠るんだよ」
「はい……あの、アルヴィス様」
気が付けば、そのまま背中を向けようとしたアルヴィスを呼び止めていた。
どうしても、彼に伝えたかったのだ。
「私、本当に……アルヴィス様には感謝しております。あなたのように優しい方に拾っていただけなかったら……きっと、私は生きていなかったと思います。私のような無能にも優しくしてくださって、本当に――」
「ティリア」
ぽん、と優しくティリアの頭上に手のひらが乗せられる。
おずおずと顔を上げると、アルヴィスはじっとこちらを見つめていた。
「そんなに気負わなくていい。それと……君の印象を覆すようで悪いけど、僕は言うほど誰にでも優しいわけじゃない」
「え……?」
「相手を選ぶ、ということだよ」
アルヴィスの指先が、優しくティリアの前髪を掬い取る。
そして――。
「君は特別だ」
そんな言葉と共に、額に口づけられた。
その後、ティリアはいったい彼と何を話したのか覚えていない。
気が付けば、呆然と自室のベッドに腰掛けていた。
時刻はもう深夜を回っている。
明日も仕事があるのだから、早く寝なければ。
そう思って横になっても、とても眠れる気がしなかった。
バーベナやアントンに再会して、不安になっているのもあるだろう。
だが、それ以上に――。
――「君は特別だ」
その言葉が、優しい指先が、額への口づけが……ティリアの熱を冷ましてくれそうにはなかったのだ。




