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45 愚図の出来損ないのくせに

なぜ、彼がここに。

彼はバーベナと婚約しているはずだ。

まさか、バーベナもここに……。

次々と連鎖する嫌な想像に、ティリアは後ずさろうとした。

だが、それを許さないとばかりに強く抱きしめられる。


「ティリア、もう離さない……!」


ぞわりと全身の鳥肌が立つ。

途方もない不快感に、ティリアは息をつめた。


「っ……!」


ティリアは必死にアントンを引きはがそうと足掻いたが、力の差は歴然だ。

だが、ティリアは一人ではなかった。


「きゅい!」


腕の中のブラックサンダーが動いたかと思うと、アントンが苦しげに呻く。

その隙にアントンを振り払い、ティリアは慌てて距離を取る。


「ぐっ……なんだその生き物は……!」


おそらくは、ブラックサンダーが小さな角でアントンを攻撃したのだろう。

アントンは苦々し気に、ティリアの腕の中のブラックサンダーを睨みつけている。

ティリアは慌てて、守るようにしっかりとブラックサンダーを抱きなおした。


「ティリア……?」

「来ないで」


牽制するようにそう口にすると、アントンは信じられないとでもいうように目を見開く。


「ティリア、何を……」

「あなたがどうしてここにいるのかは知らないわ。でも……あなたと私は、もう関わらない方がいい。あなたはバーベナの婚約者でしょう」


もう決別したのだ。

アントンにはアントンの、ティリアにはティリアの人生がある。

再び、交わるべきではないのだ。


「……私ももう、別の生活を始めているの。だからもう――」

「なんだよそれ」


アントンが再び距離を詰めてくる。

その目に宿る昏い光に、思わずぞっとしてしまう。


「君だって、僕の想いを受け取ってくれたじゃないか!」


そう詰め寄るアントンに、ティリアの胸にまた苦い思いが押し寄せる。


(それでも、バーベナを選んだのはあなたじゃない)

「ずっと君を探し続けて、やっと見つけたんだ! 今更逃がすつもりは――」

「ちょっとぉ、何やってんのよ」


その声が耳に入った途端、びくりと身が竦んだ。

……そうだ。アントンがここにいるということは、「彼女」がいる可能性だって高いのに。

さっさと、ここから逃げなくてはいけなかったのに……!


「荷物持ちとして連れてきてやったのに、そんなことすらできないの? 本当にあなたって愚図なのね! ……って、え?」


アントンの背後――少し離れたところからこちらへ近づいてくる女性の姿に、心臓が嫌な音をたてる。

凍り付いたように体が動かなくなり、恐怖から思考が鈍ってしまう。


「……なんで、お姉様がこんなところにいるのよ」


不快そうにこちらを睨みつける異母妹――バーベナに、ティリアは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。

そんなティリアを見て、バーベナは意地の悪い笑みを浮かべた。


「へぇ……しぶとく生きてたのね。まさか王都にいるとは思わなかったけど……」


バーベナはティリアと、ティリアに迫るアントンに気づき、一気に眦を吊り上げた。


「愚図の出来損ないのくせに、人の婚約者をたぶらかすなんていい度胸じゃない」

「違っ、これは……」


ティリアは慌ててアントンから離れたが、バーベナの怒りは収まらなかった。


「何が違うのよ!」

「っ……!」


駄目だ。長年染みついた恐怖が、ティリアの内から冷静な判断力を奪っていく。

バーベナに睨まれ、怒声をぶつけられると……それだけで抵抗する気力すらなくなってしまう。


「本当に汚らわしい……。どうせここで娼婦でもやってるんでしょ? だったら――」


バーベナの手のひらの上に、小さな火球が出現する。

あれをぶつけられた時の熱が、痛みが蘇り、ティリアは無意識にと後ずさっていた。


「私が素敵な化粧を施してあげる!」


バーベナが勢いよく、火球をこちらへ打ち出した。


(っ……この子だけは守らないと……!)


ティリアの腕の中にはブラックサンダーがいるのだ。

この、小さく清らかなユニコーンだけは、なんとしてでも守らなければ……!

そんな思いが胸に溢れ、ティリアはブラックサンダーを抱き込むように屈みこむ。

自分自身は、何度も経験した痛みと熱に襲われるのを覚悟して。


だが――。


(え……?)


何か、温かくて優しいベールのようなものに、包まれたような気がした。

覚悟していた痛みと熱さは訪れない。

おずおずと顔を上げると、きらきらとした光の粒が霧散するのが見えた。


「なによ、それ……」


呆然としたバーベナの声に、ティリアははっと意識を彼女に戻す。


「なによ、なんなのよ……知らないわ、そんなの……」


バーベナは錯乱したように何事かわめいている。

何故彼女の放った魔法がティリアに命中しなかったのかはわからないが、なにか彼女の想定外のことが起きたのかもしれない。


「気持ち悪い!!」


怒りをあらわにそう叫んだバーベナが、再びてのひらの上に火球を生み出す。

先ほどよりもずっと大きな炎の球に、ティリアは小さく悲鳴を上げた。


「バーベナ! やめるんだ!!」

「うるさい!」


止めようとしたアントンも、バーベナに突き飛ばされ態勢を崩してしまう。


「お姉様なんて、何もできない役立たずの無能なんだから!!」


バーベナが放った火球が、ティリアめがけて飛来する。

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― 新着の感想 ―
[一言] 流石に白昼堂々街の中で攻撃魔法なんて放ったらいくら貴族の令嬢とはいえ詰所案件だろ!こいつの人生終わったな!
[一言] さすが引き籠もりの田舎者。町中で攻撃魔法を放ってはいけないという子供でも知ってる公衆道徳も身に付けてないアホ。 警邏してる騎士達に現行犯逮捕されるな、コレは。しかも公爵家の使用人とはいえ、幻…
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