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4 希望なんてどこにもなかった

数日後、ティリアは実に珍しいことに父の執務室に呼び出されていた。


(いったい何なのかしら……)


少なくとも、ティリアにとっていい話でないのは確かだ。

「無能」の烙印を押されて以来、父はティリアに一切の関心を示さなかった。

 奴隷のように扱われても、バーベナに魔法で傷つけられても、止めるどころか視線を向けもしないのだから。

 そんな彼がティリアに関わるのは、義母やバーベナに頼まれてティリアを罰する時だけだ。

 おそらく、この前の朝の一件で義母かバーベナがティリアに罰を与えるように言ったのだろう。


(今度は何を言い渡されるのかしら。体に後遺症が残ったり、死ぬような危険がないといいのだけれど……)


 消えない痕が残るほど、鞭で打たれたこともあった。

 凍り付きそうなほど寒い屋外で、夜通しの仕事を言いつけられたこともあった。

 井戸の底に落としたバーベナのアクセサリーを、拾って来いと言われたこともあった。


(……きっと、お父様は私が死んでも構わないと思っている)


 今まで、見ない振りを、考えないようにしていた。

 だがアントンから勇気を貰ったことで、ティリアはあらためて自身の境遇に向かい合うことができるようになっていた。

 ……最初から、希望などこの屋敷のどこにもなかったのだ。


(そうね、もっと早くに出ていくべきだったんだわ……)


 あと少し、あと少しなのだ。

 もう少し我慢すれば、新しい生活が始まる。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか父の執務室の前に着いてしまった。

 ティリアは緊張を抑えるように息を吸い、意を決して目の前の扉を叩く。


「お父様。ティリアが参りました」

「入れ」


 そっと扉を開き、ティリアは室内の思いがけない光景に目を丸くする。

 執務室で父と一緒にいたのは、ティリアの幼馴染のアントンだ。

 その光景を見て、ティリアの頭にとある可能性が思い浮かぶ。


(もしかして……アントンはお父様に許可を願い出てくれたの?)


――「……伯爵は認めてくれないかもしれない。いざとなったら夜逃げのようになるかもしれないけど、構わないかい?」


 一緒にここを出ようと言ってくれたあの日、アントンはそう口にしていた。

 律義な彼のことだ。断られる覚悟で、ティリアの父である伯爵にティリアを連れ出す許可を貰いに来たのかもしれない。

 そして父がわざわざティリアを呼びつけたということは……。


(お父様が、許してくださったの……?)


 そう思い当った途端、心の中にぱっと光が射したような気がした。

 ティリアは嬉しくなってアントンの名を呼ぼうとしたが……その声は喉元で詰まってしまった。

 視線の先のアントンは、こちらを見ていなかった。

 それどころか、まるでティリアに合わせる顔がないとでもいうように、俯いて視線を逸らしていたのだ。


(アントン、どうしたの……?)


 急に不安が押し寄せ、ティリアは固まったようにその場から動けなくなってしまう。

 すると、背後から嘲笑うような声が聞こえた。


「ちょっとお姉様。なにぼさっと突っ立ってるの? 邪魔よ」


 長年身についた習慣で、ティリアは反射的にぱっと横に飛び退いた。

 そんなティリアに嘲るような視線を向けながら、バーベナは悠々と執務室の中へと足を踏み入れる。

 そして……まるで恋人に甘えるかのようにアントンの腕に自身の腕を絡めたのだ。


「ぇ……」


 絶句するティリアに勝ち誇った笑みを向け、バーベナは甘えたような声を出す。


「ねぇお父様。早くお姉様にもあのことを教えてあげて?」

「あぁ、そのつもりだ。……ティリア、何を突っ立っている。早く中へ入れ」

「はい……」


 おそるおそる、ティリアは部屋の中へと足を踏み入れる。

 既に、この後父から聞かされるのが自分が望んだような話でないことは察しがついた。

 所在なさげに立ち尽くすティリアを見て、バーベナはにやりと口角を上げる。

 俯くティリアを厳しい目で見つめたまま、父はゆっくりと口を開いた。


「この度、バーベナとアントンの婚約が決まった。二人に伯爵家を継いでもらい、お前には一切の相続権利を放棄させる。異論はないな」


 ……まるで、巨大なハンマーで頭を殴られたかのような衝撃だった。

 なんで、どうして。そんな言葉が口をついて出そうになってしまう。

 縋るようにアントンの方へ視線をやったが、彼は相変わらずティリアと視線を合わせようとはしなかった。

 その代わりに、バーベナがおかしくてたまらないとでもいうように、笑いながら口を開く。


「やだ、お姉様。どうしてそんなに怖い顔をしているの? あっ、もしかして……アントンのことが好きだった? うふふ、ごめんなさぁい。でもアントンが選んだのはお姉様じゃなくて、私だったみたいよ?」


 その言葉が、鋭利なナイフのように心に突き刺さる。

 目の前に見えていた、もうすぐ手の届くはずだった希望の灯が……一瞬にして掻き消されてしまった。


(なんで、どうして……!)


 まるで火山の噴火のように、様々な感情が溢れ出しそうになってしまう。

 これ以上ここにいたら、きっととんでもなく惨めで情けない姿をさらしてしまう……!

 最後に残った矜持で、ティリアはくるりと踵を返しその場から駆け出した。


「ティリアっ!」


 背後から慌てたようなアントンの声が聞こえたが、足を止めることはできなかった。

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