39 しっかり見ておかなきゃ
「若様のお父上の公爵閣下も、そろそろちゃんと相手を見つけろってせっついてるみたい。だから、そろそろ若様の理想の相手探しも終わりかもね。今度のお相手は、もう自分は未来の公爵夫人だって周りに吹聴してるみたいだし。さすがに若様も観念するかもね~。使用人としては、あんまり我儘だったり厳しくない方であることを願いたいけど」
「そう、ですね……」
ラウラの言葉に、ティリアは力なく頷いた。
そんなティリアの様子には気づかないで、ラウラは何気なく告げる。
「はぁ……ティリアみたいに初対面で神獣に気に入られる方がいれば一番なんだけどね。というか、ティリアがどこかの貴族令嬢だったらよかったのね」
……その言葉が耳に入った時、動揺を表に出さなかった自分を褒めてやりたい。
ちらりとラウラを見返したが、特段おかしな様子はない。
彼女は別にティリアの素性を探ったり疑っているわけではなく、ただ言葉の綾でそう口にしただけなのだろう。
だから、こちらも軽く返せばいいだけなのだ。
「きっと、今度の方は大丈夫ですよ。私も神獣たちに大人しくしているように言い聞かせます」
「あはは、頑張って!」
そう言うと、ラウラは軽く手を振って自分の仕事へと戻っていった。
ティリアも立ち上がり、神獣たちの暮らす温室へと足を進める。
ここに雇われてからもうしばらくが経つ。
神獣たちもかなりティリアに慣れたようだ。
温室に足を踏み入れると、悠々と宙を飛んでいたイリデセント‐カラドリウスがティリアの近くの枝にとまった。
ちらりと振り返っても、その美しい鳥はティリアのことなど気にするそぶりも見せずにツンと取り澄ましている。
だが、こうやって世話係の動向を監視する位置が少しずつ近づいてきているのに……ティリアは気づいていた。
(少しは、信頼されたと思っていいのかしら……)
アルヴィスの愛読書である図鑑によれば、イリデセント‐カラドリウスは神獣の中でも特に気位が高く、人の前に姿を現すことすらほとんどないのだという。
そう考えれば大きな進歩だ。……きっと。
そっとお辞儀をして、温室の中ほどへと足を進める。
池のほとりまでやって来ると、ティリアの来訪を待ち構えていたように一匹の神獣が近づいてきた。
巻貝から上半身だけを出した小さなドラゴンのような神獣――ル・カルコル種のケイオスだ。
この小さな神獣は、とても臆病だがティリアによく懐いてくれている。
ティリアが現れると必死に這うようにやってくるその姿は、なんとも愛らしい。
そっと名前を呼んで手を出すと、ケイオスは待ってましたとばかりにティリアのてのひらへと乗ってくる。
そのまま膝に乗せ、少しずつ好物のキャベツを食べさせていく。
しゃくしゃくと少しずつキャベツを咀嚼していく姿は、なんとも癒される。
ティリアがなごんでいると、のっしのっしと別の神獣が近づいてくるのが見えた。
「いらっしゃい、ゲンさん」
まるで宝石のように美しい甲羅を持つ「ジュエルタートル」が、大きな欠伸で答えて見せた。
この二頭は比較的おとなしい神獣であり、問題はないだろう。
(……大丈夫。きっとアルヴィス様の婚約者の方も気に入ってくださるわ)
問題は――。
「クルゥ!」
どこからか機嫌よさげな鳴き声がしたかと思うと、ティリアの頭の上にぽふっと何かが降ってくる。
「クルル、どこにいたの?」
「クルルゥ?」
ティリアの問いかけに、いたずらっぽくクルルは鳴いてみせた。
そんなクルルの鳴き声に触発されたのか、温室の奥の小屋からブラックサンダーが勢いよく走ってくる。
「きゅい!」
負けじとティリアの頭の上に乗ろうとする小さなユニコーンに、ティリアは苦笑した。
この二匹の神獣は、とにかく元気がいい。
そして……暴れる時は暴れる。
(婚約者の方にお会いする時も、おとなしくしてくれればいいのだけれど……)
クルルはいたずら好きで、アルヴィスやティリアに対してもよくいたずらを仕掛けてくるのだ。
ラウラの話によれば、気に入らない人間に対しては結界を張って締め出したりもするのだとか。
ブラックサンダーの方は、まだ幼く少しのことでパニックになってしまう。
その光り輝く小さな角で、うっかりアルヴィスの婚約者に怪我でもさせてしまったら――。
(うっ、心配……しっかり見ておかなきゃ)
ティリアはそう心に誓った。




