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37 隣に立ちたいなんて

「…………は?」

「えっ……?」


 アルヴィスとティリアはほぼ同時に声を上げてしまった。

 だがそんな二人の様子も気にすることなく、コルネリアは意気揚々と続ける。


「いるんだよ、先天的に動物に好かれる人間というのは。彼女はそれに加えて、動物を落ち着かせる何かを持っているようだ。彼女がいれば私の研究もずっと捗るだろうし、是非とも私の助手として育成を――」

「それはできません」


 コルネリアの言葉を、アルヴィスは途中で遮った。

 そんなアルヴィスに、コルネリアはにやりと笑う。


「何故? 彼女にとっては悪い提案ではないと思うが。私の助手として実績を積み、名を挙げることもできる。給金も今以上に出そう。リースベルクの方に人手が足りないというのなら、私が適当な人員を紹介することもできる。それでも――」

「駄目です。いくらコルネリア先輩の頼みでもそれだけは聞けません」


 アルヴィスは頑として譲らなかった。

 いつも穏やかな彼には珍しく、びりびりとした緊張感がこちらまで伝わってくるようだった。

 するとコルネリアは、今度はティリアの方へ話を振ってくる。


「ティリア、君はどうだ? 私の下へ来ると言うのなら、決して損はさせないよ」


 そう言って、コルネリアは挑発的に笑う。

 ティリアは思わずごくりと唾を飲んだ。

 コルネリアの誘いは魅力的だ。だが……ティリアの心は決まっていた。


「コルネリア様、大変申し訳ございませんが……私はこれからもリースベルク家にお仕えしたいと思っております」


 リースベルク家――アルヴィスには、困っていたところを救ってもらった恩がある。

 ラウラやシデリスには世話になりっぱなしで、まだ待遇に見合う働きができているとも思えない。

 それに何より……ティリアが、あの場所を離れたくはないのだ。

 神獣たちと、それにアルヴィスと共に暮らすあの場所から。


「そうか、それは残念だな」


 コルネリアは、意外にもあっさりと引き下がった。

 もしかしたら、今のは彼女の戯れでただの冗談だったのかもしれない。


「先輩、変なこと言い出さないでくださいよ……!」

「私は別に変なことだとは思っていない、いつも本気だ。彼女が仁義を通すというのならそれに従うが、ヘッドハンティングが悪いことだとは思っていない。ティリア、アルヴィスの下で働くのが嫌になったらいつでも逃げてくるといい」

「先輩! まったく……帰ろう、ティリア」

「は、はい……」


 アルヴィスは一刻も早くここから立ち去りたいとでもいうように、手際よく荷物をまとめている。

 そんなアルヴィスを愉快そうに眺めながら、コルネリアは口を開く。


「そういえばティリア。君は魔力測定を受けたのか?」

 その言葉が耳に届いた途端、ティリアは思わず息を飲んでしまった。


 ――「……お前には失望した。伯爵家の後継として大切に育ててきたのに、まさか家名に泥を塗る『無能』だったとはな……!」


 光らない魔石が、冷たい雨が、父の言葉が……あの日の記憶がフラッシュバックする。


「相手を落ち着かせたり、癒すのは水の魔力の素養と関係性があるのだろうか。もしくは――」

「先輩、魔力判定を受けるのは基本的に貴族の者だけです。ティリアは使用人なので……ティリア?」


 アルヴィスに呼びかけられ、ティリアははっと我に返る。

 おそるおそるアルヴィスに視線を向けると、アルヴィスは慌てたように近づいてくる。


「……顔色が悪い。どこか具合でも悪いのか?」

「い、いえ……大丈夫です。検診が終わったと思ったらほっとして、疲れが出たのかもしれません」

 なんとか笑顔を取り繕い、そう告げる。

 アルヴィスはいまいち納得していないようだったが、すぐに真面目な顔で告げた。

「わかった、すぐに屋敷へ帰ろう」

「はい……」


 アルヴィスは手早く礼の言葉を述べると、足早に部屋を後にしようとする。

 ティリアもコルネリアに頭を下げ、後に続こうとしたが――。


「ティリア、先ほどの言葉は別に冗談じゃない。その気になったらいつでもおいで」

「先輩! いい加減に怒りますよ……!」

「ふん、手放したくないならしっかりと捕まえておくことだな。これは先輩からの忠告だ。有難く受け取るといい」

「…………」


 それからずっと、アルヴィスは何か考え込むかのようにあまり言葉を発しなかった。

 馬車に乗って帰路に就いてからも、彼はじっと外の風景を眺めている。

 そんな彼の様子を伺いながらも、ティリア自身もどこかぼんやりとしていた。


「きゅい?」


 二人の様子に、不思議そうに首をかしげるブラックサンダーの背を撫でる。

 ブラックサンダーの定期健診を、無事に終えられたのはよかった。

 だがアルヴィスの過ごしている世界を垣間見ていることで、ますます彼との間に高い壁があると理解してしまった。


 ……彼の隣に立ちたいなんて、一瞬でも願ってはいけないのだ。



 ◇◇◇



「何はともあれ、ブラックサンダーが脱走するようなことがなくてよかった」

「えぇ、本当に……」


 屋敷へ戻ってくる頃には、いつものアルヴィスに戻っていた。

 ティリアがほっとして頷くと、アルヴィスは優しく告げる。


「……君のおかげだ、ティリア。本当にありがとう」

「いえ、私なんて……ただ傍についていただけで……」


 アルヴィスに褒められ、ほんのりと胸が暖かくなる。

 だが、二人の間に漂う穏やかな空気を壊すかのように……遠くからアルヴィスを呼ぶ声が聞こえた。


「見つけましたぞ、若様! いい加減アンデルス家のご令嬢との顔合わせの日程調整を進めてくだされ!」


 怒りの滲んだ形相で、カツカツとこちらへ向かって足を進めてくるのは……この屋敷の家令を務める壮年の男性だ。

 その途端、アルヴィスは急に慌てだす。


「うわっ、マルセル! その話は後で――」

「なりませぬ! もうずいぶんと先方をお待たせしているのですぞ。今度こそはこのマルセルの名にかけて後延ばしは許しませぬ。この婚約がまとまれば、公爵夫人となられる方なのですから――」


「マルセル!」


 アルヴィスは抗議するような声を上げたが、ティリアは聞いてしまった。


(婚、約……?)


 そうだ、何も不自然じゃない。

 アルヴィスは公爵家の嫡男で、国王直属の特務騎士団の一員で。

 むしろ、今まで婚約者がいなかったのが不思議なくらいなのだ。

 だから、いつそういう話が出てきてもおかしくはないのだが――。


(何かしら、苦しい……)


 まるで鉛を飲み込んでしまったかのように、苦しさが胸を襲う。


「きゅいぃ……」


 ブラックサンダーが心配するようにティリアの頬を舐める。

 それでやっと呼吸が楽になったが、それでもティリアは全身がすっと冷たくなるような嫌な感覚を味わっていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] うーんなんだろう、主人公はこれまで最低レベルと言ってもいい奴隷の様な待遇を長年受けて来て、自尊心も失われて自分が無能であると疑ってなくて、更には最後の希望の幼馴染にすら裏切られて身も心…
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