35 アルヴィス様のご友人
宮殿内に入り、アルヴィスと共に大理石の床が敷き詰められた回廊を進む。
すると、正面からやって来た人物が驚いたように声をかけてきた。
「アルヴィス? 今日は非番のはずじゃ……」
「あぁ、騎士団の職務とは別件で用があってね」
(アルヴィス様のお知り合いかしら……)
ティリアは邪魔にならないようにアルヴィスの背後に控え、ちらりと目の前の人物に視線をやった。
年のころは、アルヴィスと同じくらいだろうか。
アルヴィスと同じデザインの騎士の装束を身に纏う青年だ。
この親しげな雰囲気からしても、アルヴィスの同僚なのだろう。
そんなことを考えていると、不意に彼の視線がこちらを向き、ティリアはどきりとしてしまった。
「おっ、そちらの女性は?」
まさか使用人でしかない自分に声をかけてくるとは思わず、ティリアは焦った。
だがティリアが何か言う前に、アルヴィスが朗らかに紹介をしてくれる。
「彼女はティリア。最近リースベルク家で働くことになった使用人で、今は僕の……助手、みたいな感じかな」
(助手……)
ティリアはアルヴィスがそう言ってくれたことが嬉しかった。
胸の奥から、じぃんと歓喜が沸き上がってくる。
だが目の前の青年は、アルヴィスの言葉に呆れたように溜息をつく。
「助手、ねぇ……。珍しくお前が女性を連れているから、やっと恋人の一人でもできたかと思えば……なんてつまらない回答なんだ。相変わらず馬の尻ばっかり追っかけまわしてるのか?」
「馬じゃない、ユニコーンだ」
「どっちも同じだろ」
「いや、確かにユニコーンと馬は多くの点で類似点が見受けられるが、決定的に違うのは――」
「はいはい、難しい講義はまた今度な! それよりも……」
彼の視線が再びティリアの方を向く。
思わず姿勢を正したティリアに、青年は人好きのする笑みを浮かべた。
「初めまして、美しいお嬢さん。俺はルーカス・クラウスナー。国王直属部隊、蒼穹騎士団に所属しております。どうぞお見知りおきを」
彼はそう言って、緊張するティリアの手を取ろうとした。
だが彼の手がティリアに触れる直前、アルヴィスがぱしんとその手をはじく。
「おい、何すんだよ」
不服そうに口をとがらせる青年――ルーカスに、アルヴィスは驚いたように自身の手を見つめている。
「いや、これは……そう、いきなりこんなことをしたらティリアが驚くだろう」
「じゃあ事前に許可を貰えばいいのか? お嬢さん、あなたの美しい手に口づける許可を――」
「駄目だ」
ティリアが何か言う前に、アルヴィスはすげなくルーカスの言葉を跳ねのけ、ティリアを庇うようにルーカスの前へと立ち塞がった。
だがルーカスは怒るでもなく、にやにやと笑いながらアルヴィスを眺めている。
「ふぅん、そういうことねぇ……。おもしろくなってきたじゃん。ティリアちゃん、こいつの長話がウザかったら遠慮なく蹴飛ばしてやってくれ。じゃあな!」
それだけ言うと、ルーカスは手を振って去っていく。
「まったく……」
その姿を見送り、アルヴィスは呆れたようにため息をつく。
「済まない、ティリア。驚かせただろう」
「いえ、今の方は……アルヴィス様のお知り合いですか?」
「あぁ、蒼穹騎士団の同僚だ。あっ、蒼穹騎士団というのは、さっきあいつが言った通り国王直属の特務騎士団で――」
「国王直属……」
アルヴィスが王立騎士団で働いていることは知っていたが、まさか国王直属の部隊だとは。
驚くティリアに、アルヴィスは笑って告げる。
「国王直属なんて言っても名目だけさ。蒼穹騎士団は様々な分野で功績を上げた者への栄誉職という側面が強く、騎士団といっても活動内容はバラバラだ。僕は神獣の保護活動が評価され栄誉ある騎士団に加わる名誉を得たが、面倒ごとを押し付けられてばっかりだよ。いわば国のお偉いさんの雑用係だね」
聞けば、アルヴィスと先ほど会ったルーカスが、蒼穹騎士団においては最も若手なのだという。
その分無茶ぶりばかりされるのだと、アルヴィスは不満そうにぼやいている。
(でも、それだけ頼りにされるってことは、国の上層部もアルヴィス様のことを信頼されているのよね……)
公爵家の嫡男というだけじゃない。
アルヴィスは、彼自身の力で自らの地位を気づいているのだ。
(本当に、すごい……)
ティリアの前では少し間抜けな面も見せることもあるアルヴィスだが、きっとティリアが思う以上に優秀な人間なのだろう。
そんな彼の下で働けるのを誇らしく思うのと同時に、「無能」の自分と比べてしまい少しだけ切なさを覚えたのも確かだった。




