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29 思わぬプレゼント

 馬車が止まったのは、高級店が立ち並ぶ壮麗な通りの一角だった。

 華やかで洗練された店舗が軒を連ね、上品な服装をした人々が通りを歩いていく。

 おそるおそる窓の外へ視線を投げかけ、目の前に立つ店の姿にティリアは思わず息をのむ。


(こ、このお店は……!?)


『ヴィヴィアンテ』という華麗な看板を掲げたその店舗は、どう見ても女性向けの服飾を取り扱う高級ブティックだったのだから。

 ショーウィンドウには目もくらむような美しいドレスが飾られている。

 きっと異母妹のバーベナであれば、大興奮して一も二もなく飛びついていただろう。

 だがティリアは、なぜアルヴィスがこの店に立ち寄ったのか見当がつかなかった。


(どなたかへのプレゼントを選びに……?)


 きっとそうなのだろうが、キラキラした店の雰囲気にどう見てもティリアは場違いだ。

 御者のように馬車の中で待っているべきだろうか。それともアルヴィスの荷物持ちとして侍るべきなのだろうか。

 そんなことを考えているうちにアルヴィスはひらりと馬車を降り、戸惑うティリアに向かって手を差し出した。


「着いたよ、ティリア」

「あ、ありがとうございます」

「きゅい!」

「こら、ブラックサンダーはちゃんとティリアの傍にいろ」


 興味津々に馬車の外へ飛び出そうとするブラックサンダーを、アルヴィスは慌てて抱き上げティリアの腕の中へと戻した。

 片手でブラックサンダーを抱き、もう片方の手でアルヴィスの差し出した手を取り、ティリアはそっと舗装された地面へと降り立った。

 アルヴィスは戸惑うことなく、『ヴィヴィアンテ』の入り口の扉を押し開く。


「まぁ、リースベルク家の若様ではございませんか! すぐに店主を呼んで参ります!」


 アルヴィスが姿を現した途端、出迎えた店員が騒然となる。

 ティリアはアルヴィスのすぐ後ろで、静かに存在感を消そうと努力していた。


(おそらく私は、ブラックサンダーのお目付け役兼荷物持ち……せめて、アルヴィス様の邪魔にならないように気を付けなければ)


 興奮して「きゅいきゅい」と騒ぐブラックサンダーを宥めながら、ティリアはそっと店内へと視線を走らせた。

 それにしても、なんと美しい空間だろうか。

 飾られたドレスは、どれも洗練された美しいデザインのものばかり。

 照明や調度品も美しく品があって、まさに高位貴族御用達の高級店といった趣だった。 

 ティリアが感心していると、奥からこれはまた珍しいデザインのドレスに身を包んだ不惑の女性が現れる。


「これはこれは……まさかアルヴィス様にお越しいただけるなんて光栄ですわ」

「御機嫌よう、ユンカース夫人。お変わりはないようですね」

「えぇ。仕立て屋としての腕だって、あなたの母君にウエディングドレスを仕立てた時からまったく衰えていないと自負しておりますわ。それで……本日はいったいどのようなご用件で? もしや……王都中の乙女の熱い視線を集めてやまないリースベルク家の若様にも、意中の御方が現れたのかしら?」


 どこかウキウキとした様子の女性に、アルヴィスは少し困ったように笑う。


「いや、そういうわけではないのだけど……彼女に、いくつか衣装を見繕ってもらえないかな」


 アルヴィスはそう言って、背後に控えたどう見ても使用人でしかないティリアを指し示した。


「「え?」」


 ティリアと支配人――ユンカース夫人が同時に驚きの声を上げたのも、無理はないだろう。


(わ、私……!?)


 いや、そんなはずがないだろう。きっとティリアの背後に、アルヴィスがドレスを贈るような高貴な女性がいるのだ。

 そう思い振り返ったが、背後にあるのはただの壁だった。

 だが戸惑うティリアとは対照的に、ユンカース夫人は何かを察したようににんまりと笑みを浮かべる。


「あらあら……まあまあ! そういうことですのね」

「ア、アルヴィス様……私の衣装とはどういう――」

「まだ、うっかり破いてしまった君の服に対する補填ができていなかっただろう? ちょうどいい機会だと思って」

「うっかり服を破いてしまうなんて……リースベルクの若様は顔に似合わず情熱的ですのね!」


 何かとんでもない勘違いをしているユンカース夫人の態度にも、アルヴィスは動じずに微笑んでいる。

 だがティリアは、とんでもないことだと真っ青になっていた。


「そんな……あんなボロボロの服の代わりにこんな立派な店だなんて……。それに、あの時の服の代わりは既に頂いております……!」


 あんなボロ雑巾をなんとか身にまとったような衣服の代わりが、こんなに最上級のブティックの商品だなんて。

 いくら何でもつり合いが取れていなさ過ぎる。

 ティリアはそう主張したが、アルヴィスは引かなかった。


「あれはただの仕事着。公爵家が支給して当然のものだ。君への償いにはならないだろう」


 変なところで頑固なアルヴィスに、ティリアは頭を抱えたくなってしまった。


「ですが――」

「うふふ、これはこれは……磨きがいのありそうなお嬢様ですこと」

「ひょえ!」


 目をぎらつかせるユンカース夫人ににじり寄られ、ティリアは思わず小さく悲鳴を上げてしまった。


「きゅい!」


 すぐにブラックサンダーが威嚇するような鳴き声を上げたが、ぽんぽん、とアルヴィスがブラックサンダーの頭を撫で、宥めていた。


「大丈夫だよ、ティリア。夫人の腕は確かだ」

(いえ、そういう問題ではなく……)


 ティリアはユンカース夫人の店のスタッフに促され、店の奥の試着室へと連れていかれてしまう。

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