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28 初めてのおでかけ

「それでね、今週末がいよいよお給料日なんだ! ティリアは初めてのお給料日でしょ?」

「お給料日……そうなのですね」


 別館で一緒に昼食を取りながら、ラウラは目を輝かせて「お給料日」について教えてくれた。


(すっかり忘れてた……)


 ティリアからすれば、こんなに好待遇の環境で働けるだけで何か罰が当たるのではないかと恐ろしくなるくらいなのだが、更には給金までもらえてしまうらしい。


(といっても、使う宛てなんて無いのだけれど……)


 伯爵家で長年虐げられていたことにより、ティリアは「自分自身が何かを望む」ということ自体を諦めるようになっていた。

 義妹のバーベナは年がら年中「もっと新しいドレスを買って! ドレスにあうアクセサリーもよ!!」と騒いでいたが……それも、いつからか羨ましいとすら感じなくなっていた。

 そんなことを考えていると、ラウラが嬉しそうに誘いを駆けてくる。


「ねね、今度お給料が入ったらお休み合わせて街に行かない?」

「街に……ですか?」

「そうそう。ティリア、王都に来たばかりでしょ? いろいろお勧めのとこ案内するからさ」


 確かに、ティリアは王都に住んでいるといってもリースベルク公爵家の屋敷から出ることはない。

 ここに来たのもわけのわからないままユニコーンのトリスタンの背に揺られていただけなのだ。

 公爵邸の門の外に何があるのかすらも、あまりよくわかっていなかった。


(確かに、少し気になる……)


 幼い頃、両親に連れられて王都に来た時の記憶がぼんやりと蘇る。

 優しい母がいて、父も今よりはずっとティリアに関心を持っていてくれていて。

 ……楽しかった、ような気がする。


「……はい。よろしければ、是非。あっでも、ここの別館でのお仕事が――」

「ほんの半日くらい大丈夫だって! シデリスに交渉してティリアが休む時は替わりの人員回してもらうからさ。ティリアだって、たまには休まないと疲れちゃうでしょ?」


 ラウラの気遣いに、ティリアは小さく頷いた。



 迎えた約束の日、ティリアは外出用のお仕着せを身に纏い、公爵家の門の傍でラウラを待っていた。

 だが、時間ギリギリにやって来たラウラは何故か青い顔をしている。


「あの、ラウラさん。顔色が――」

「ぜ、全然大丈夫だから……。ほら行こ!」

「ですが、体調が悪いのでしたら休んだ方が――」

「いや、それが……」


 いつもはきはきとしたラウラには珍しく、彼女は何か歯切れが悪く口ごもっている。

 いったいどうしたのだろうかと、ティリアが首をかしげていると――。


「ラウラ! そんなところにいたのですか!」

「ひぇっ、メイド長……」


 怒りをあらわに屋敷から出てきた妙齢の女性に、ラウラはますます顔をひきつらせた。


「今日は先月あなたが破損した備品の分の罰則を受けてもらうと言っておいたでしょう!」

「で、でもメイド長……今日はティリアに街を案内する約束で――」

「関係ありません! ほら、さっさと来る!!」

「ひぇ……ごめんねティリア~。この埋め合わせは絶対するから……!」


 ラウラは情けない声を上げながらメイド長に引きずられて行ってしまった。

 呆然とその姿を見送り、ティリアはやっと状況を理解した。

 どうやらラウラは今日の約束となんらかの罰則が被ってしまい、ティリアとの約束を優先しようとしてくれたが捕まってしまったのだろう。


(それは、仕方がないわ)


 ティリア一人で街へ出る勇気はない。

 せっかくシデリスに申請して取得した休日だが、いつものように神獣たちと過ごすことにしよう。

 そう考え、ティリアは再び別館へと足を踏み入れる。

 だがそこには、出てくるときにはいなかったアルヴィスの姿があった。


「ティリア……? 今日は休暇を取得したと聞いて驚いたよ。もしかして、何か用事でも……?」

「いえ、ラウラさんに街を案内してもらう予定だったのですが、ラウラさんの方に外せないお仕事が入ってしまったようでして……。今日は普段通りに仕事に入ります」

「いや、それは駄目だ」


 急に真剣な顔でそう言われ、ティリアは驚いてしまった。


「休暇ならばきちんと休むべきだ。ラウラの奴もまた何かやらかしたんだろうな……よし、こうしよう」


 アルヴィスは名案を思い付いたとばかりに手を叩くと、とんでもないことを言いだしたのだ。


「ラウラに代わって僕が王都を案内しよう。普段の感謝も込めてね」

「……!? そ、そんなお手間をお掛けするわけには――」

「馬車の用意をするから少し待っていてくれ。トリスタンに二人乗りなら今すぐにでも行けるけどどうする?」

「えっ……? あの、街中をユニコーンで走るのはやはり目立つのでは――」

「そうれもそうだ。やはり馬車を用意するべきだな」


 初めて出会った時を思い出すような強引さで、アルヴィスはあっという間に馬車の手配を始めてしまった。


(で、でも……使用人の外出に主人がついてくるなんておかしいのでは……?)


 なんてあわあわしている間に、気が付けば公爵家の所有する豪奢な馬車に乗せられてしまった。

 向かいに座っているのは機嫌がよさそうなアルヴィスと、二人の外出の気配を察知して、興味津々について来てしまったブラックサンダーだ。

 残しておくとまた脱走しかねないので、ならば目につくところにいてもらった方がいいというのがアルヴィスの意見だ。


「さて……ラウラとはどこにいく予定だったのかな?」

「それが、お恥ずかしながら行き先はラウラさんにお任せしていたもので……ラウラさんは、『お勧めのお店を紹介してあげる』と仰っていたのですが……」

「なるほど……」

「きゅい?」


 物珍しそうに馬車の中を眺めているブラックサンダーの頭を撫で、アルヴィスは御者に行き先を告げる。


「『ヴィヴィアンテ』へ向かってくれ」

「承知いたしました、若様」


 滑るように馬車が動き出す。

 いったいどこへ向かうのだろうかと思案しかけた時、ティリアの耳に甲高い鳴き声が届く。


「きゅいん!」


 馬車が動き出したことにブラックサンダーは驚いたのか、ティリアの膝の上に飛びついてくる。

 宥めるようにそんなブラックサンダーを撫でていると、その光景を見たアルヴィスがくすりと笑った。


「怖いもの知らずなのか怖がりなのかわからないな」

「ふふ……好奇心旺盛なのですね」


 だが、それは悪いことではないのだろう。

 彼女はこうして、外の世界を学ぼうとしているのだ。


(私も、見習わないと)


 ブラックサンダーほどとは言わないが、ティリアだって世間知らずなのは確かだ。

 こういった機会に、少しずつ学んでいかなければ。


(これから行く場所に、アルヴィス様は用があるのかしら……?)


 その目論見が甘かったことを、すぐにティリアは思い知ることとなる。

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