25 君がいてくれてよかった
(アルヴィス様が、私と一緒にここに寝泊まりする……!?)
想像もしなかった言葉に、ティリアは呆気に取られてしまった。
そんなティリアに向かって、アルヴィスは嬉しそうに続ける。
「君が神獣の世話係に就任した以上、ある程度は君に任せるべきなのだろうけど……やっぱり、君と関わることによって日々変わっていく神獣を見逃すことなんてできるわけがない!」
そう語るアルヴィスの目は熱意に溢れていて、ティリアは口を挟むこともできずにその勢いに押されるばかりだった。
「やはり関わる人間が増えれば幻獣たち――特にまだ幼いブラックサンダーには大きな変化があるはずだ。それを見逃すのはどんな財宝を逃すよりも口惜しい。君の負担を軽減させるために他の使用人を呼ぶこともできないし、少し君の仕事を増やすことになるのは申し訳ないけれど――」
「い、いえ……それは問題ないのですが……」
今の言い方だと、アルヴィスは神獣ではなく自身の世話係をここに呼ぶつもりはないようだ。
ということは……。
(わ、私が……アルヴィス様の身辺のお世話を……!?)
うっかり自身がアルヴィスの着替えを手伝っている場面を想像してしまい、ティリアは恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
そんなティリアをどう思ったのか、アルヴィスは慌てて付け加える。
「自分の身の回りの世話くらいは自分でできるから安心してくれ。これでも騎士団で鍛えられているからね」
そう言って笑うアルヴィスに、ティリアは少しだけ驚いてしまった。
公爵家の人間のような高位貴族は、何をするにもお付きの者の手が必要なのかと思っていたが……意外の目の前の人物はそうではないようだ。
「部屋は開いている客室を使わせてもらうよ。僕がいない間の掃除と、僕がここに滞在する時間の食事だけは頼めるかな」
「わ、私……アルヴィス様の舌を満足させられるような料理の腕では――」
「そんなの気にしないさ。騎士団のサバイバル訓練では苦すぎる野草や食用に向かない酸っぱい木の実やギリギリ死なない毒キノコしか食べられないこともあった。それに比べればなんだって食べられる」
そう力説するアルヴィスの熱意に押されて、ティリアはまたしても頷いてしまっていた。
(まさかアルヴィス様が、私と似たようなことをしていたなんて……)
伯爵家でひもじい思いをしていたティリアも、同じようにとても食用には向かない野草や木の実に手を出してしまったことがった。
そのことを思い出し、不謹慎にもアルヴィスに親近感を覚えてしまう。
「……駄目かな?」
少しだけ困ったように笑うアルヴィスに、「駄目です」だなんて言えるはずがない。
(お、落ち着いて、私……)
なんとか冷静になろうと、ティリアは小さく息を吸う。
アルヴィスはこれでも公爵家の跡取り。いろいろと忙しくしているはずだ。
ここで過ごすのは、本当に彼の公務がない時に限られるのだろう。
そうわかっていても……アルヴィスのように何もかもが輝かしく魅力的な人間と、一つ屋根の下で(神獣たちはいるけれど)二人きりで過ごすことを考えると、どうしても胸が騒いでしまう。
(アルヴィス様はただ神獣の様子をお気になさっているだけ。私は神獣のおまけでしかないのだから、あまり動揺しすぎるのもみっともないわ……)
なんとかそう自分に言い聞かせ、ティリアは微笑んでみせる。
「承知いたしました、アルヴィス様。必要がございましたらなんなりとお申し付けください」
「ありがとう、ティリア。……君がいてくれてよかった」
そう微笑むアルヴィスに、ティリアの胸は熱くなる。
「……私は客室の用意をして参ります」
なんとかそれだけ告げ、ティリアは足早にアルヴィスが泊まるであろう客室へと向かう。
そして中へと足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉め……そのままへなへなと座り込んでしまった。
――「……君がいてくれてよかった」
……初めてだった。誰かに、そんな風に必要とされたのは。
じわりと瞼が厚くなり、自然と目の縁に涙が溜まっていく。
でもそれは……伯爵家で傷つけられた時のような、悲嘆と屈辱の涙じゃない。
誰かに必要とされたという、嬉しさからくる涙だった。




