24 ただいま、ティリア
とっぷりと日が暮れ、窓の外が宵闇へと包まれる。
温室から続く庭でのんびりしていた神獣たちを温室の中へと引き入れ、ティリアはしっかりと鍵を閉めた。
神獣たちは各々の寝床で、のんびりリラックスしているようだ。
(よかった、何も問題が起きなくて……)
仕事初日ということで緊張していたが、元気いっぱいのブラックサンダーに振り回されっぱなしだったくらいで、穏やかな気質の神獣たちは決してティリアを困らせることはなかった。
これならなんとかやっていけそうだと、ティリアはほっと安堵に胸をなでおろした。
「あっ」
安心したら、途端に空腹感が押し寄せてくる。
伯爵家にいた時は罰として食事を禁じられることなどしょっちゅうだった。
ティリアはあらゆる手段で空腹感を誤魔化してきたものだが……今は、そんなことをする必要もない。
(私も、夕食を頂こうかしら)
既に神獣たちの夕食は済んでいる。
厨房へ行こうと温室を後にすると、扉を閉める前にブラックサンダーとクルルがトコトコと後をついてきた。
温室へ戻そうかとも思ったが、ティリアはその手を押しとどめた。
きっと彼らは、彼らなりにティリアのことを気遣ってくれているのだろう。
「……一緒に来てくれるの? ありがとう。嬉しいわ」
クルルはいつの間にか温室を抜け出すことなどしょっちゅうだし、ブラックサンダーは寝る前に両親の下へ送り届ければいいだろう。
ティリアは二匹を抱き上げ、共に厨房へと向かった。
(さすがは公爵家のキッチン設備……あんなに使いやすいなんて……)
無事に夕食を食べおえ、ティリアは談話室のソファでのんびりと膝上のブラックサンダーを撫でていた。
慣れない場所で戸惑うかと思いきや、公爵家が導入している最新型の魔導式キッチンはティリアのような「無能」でも問題なく扱うことができた。
その事実に感動を覚えながら、ティリアは遊び疲れたのかうとうとと微睡むブラックサンダーを撫で続ける。
そんな中、不意に屋敷の入り口の扉のベルが鳴る音が耳に届く。
「は、はい!」
ラウラが何か伝えに来てくれたのだろうか。
そう予想しながら、ティリアはブラックサンダーをソファへと降ろしエントランスへと向かう。
そのまま、相手を確かめることなく扉を開くと、その向こうにいたのは――。
「ただいま、ティリア」
「ア、アルヴィス様……!?」
思ってもみなかった相手の登場に、ティリアは驚きに目を丸くする。
そんなティリアを見て、アルヴィスは不思議そうに首を傾げた。
「何かあったのかい?」
「い、いえ……その、アルヴィス様は本館の方へお帰りになられるのだと思っていたものですから……」
思わずそう口にすると、アルヴィスはくすりと笑った。
「向こうにはもう寄って来たところだ。君の様子が気になってね」
優しく微笑むアルヴィスにティリアの胸は高鳴る。
頭が真っ白になりかけたが、いつまでもアルヴィスを玄関先に立たせたままではいけないとの理性が働き、なんとか彼を屋敷の中へと招き入れた。
談話室のソファに腰を下ろしたアルヴィスから上着を受け取り、ほんのりと彼の香りを感じるだけで頬に熱が集まってしまう。
そんな自分に気が付き、ティリアは慌てて邪な思考を振り払った。
(な、何を考えているの私は……! アルヴィス様に失礼よ……)
ちらりとアルヴィスの方へ視線をやると、彼はブラックサンダーの腹に顔を埋めて、一心にふわふわのお腹を吸っていた。
そんな奇行も様になるとは、さすがはリースベルク公爵家の貴公子という所だろうか。
「きゅい!」
「痛っ!」
本気で嫌がっているわけではないだろうが、ブラックサンダーがぽかりとアルヴィスの頭を蹴る。
それでも、彼は嬉しそうに表情を緩めていた。
(本当に、神獣がお好きなのね……)
そんなことを考えていると、不意に彼の視線がこちらを向く。
上着を脱ぎ、ラフなシャツ姿になったアルヴィスはいつも以上に色っぽく思えて……ティリアは再びどきりとしてしまった。
「ブラックサンダーを吸うと一日の疲れが癒されるんだ。ティリアもやってみるといい」
「お、覚えておきます……」
先ほどの奇行を思い出すと、とても真似できそうにはなかったが……ティリアは曖昧に微笑んでおいた。
彼は王宮の騎士団に勤めているのだと、朝食を共にしたラウラが教えてくれた。
(きっと、大変なお仕事なんでしょうね……)
それこそ、幼いユニコーンの腹に顔を埋めなければやっていられないほどに。
アルヴィスに促されるままに、ティリアは今日一日の出来事をアルヴィスに話して聞かせる。
あまり話し上手ではないティリアの言葉は、きっと聞きづらかっただろうが……アルヴィスは目を輝かせ、時折相槌を挟みながらも文句も言わずに聞いてくれた。
「そうか。それは楽しそうだな……よし、決めた」
いったい何を決めたのだろうかと、ティリアはぱちくりと目を瞬かせる。
そんなティリアに向かって、アルヴィスは嬉しそうに口を開いた。
「明日からは、基本的に僕もここに寝泊まりすることにしよう。君と一緒に」
「…………!?」
予想もしなかった言葉に、ティリアは驚きすぎて声も出なかった。




