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23 やすらぎの時間

 アルヴィスは昨日、この屋敷で保護している神獣たちの特徴や世話の仕方を教えてくれた。

 念のためその手順が書かれたノートも持参し、ティリアは温室へと足を踏み入れる。


 ――「イリデセント‐カラドリウスは気位が高く中々人に懐かない。毎日一回、巣箱の掃除と餌やりを頼むよ。あと、綺麗な羽を見つけたら取っておくといいかもしれない」


 件のイリデセント‐カラドリウスはやはりティリアに心を許しているわけではないようで、上空を悠々と飛びながらこちらの様子を窺っているようだった。

 頭上の美しい鳥に向かって頭を下げ、ティリアはアルヴィスにいわれた通りに巣箱の掃除をし、餌と水の補給を行う。

 巣箱の中には、美しい金色の羽が一枚落ちていた。


「これは……捨ててしまうのはもったいないでしょうね」

「クルルゥ!」

(取っておいて、次にアルヴィス様にお会いする時にお渡ししよう)


 そう決め、ティリアは美しい羽をそっとハンカチで包んでエプロンのポケットへとしまい込んだ。


「えっと、次は……」


 ――「池のほとりの低木の下が、ル・カルコルの家だ。臆病な性格だけど意外と甘えたがりだから、できれば手づから食事を食べさせてやってほしい。キャベツが大好物だから、キャベツを持ってじっと待っていると出てくるはずだよ」


 アルヴィスに言われた通り通り、ティリアはキャベツを手に池のほとりの低木の傍の丸石に腰を下ろした。

 しばらくの間、何も起こらないかと思われたが――。


「ぁ……」


 やがて、のそのそと低木の下から小さな生き物が這い出して来る。

 一見すると、少し大きなかたつむりのように見えるかもしれない。

 だが、美しい巻貝からにょっきりと出ている上半身は……まるで、ドラゴンのような姿をしていた。

 そんな不思議な生き物――ル・カルコルは、少し離れたところで止まり不安そうにティリアを見つめている。

 そのつぶらな瞳に微笑みかけ、ティリアは優しくその名を呼ぶ。


「こんにちは、ケイオス。キャベツはいかが?」


 そう呼びかけると、目の前の生き物はぴくりと反応した。

 心なしか先ほどよりも早いスピードで、ティリアの方へと近づいてくる。


 ――「このル・カルコルには『ケイオス』という名前を付けたんだ。評判は散々だったけど……とにかく、自分の名前を呼ぶ相手については味方だと認識するはずだよ」


 アルヴィスが言っていた通り、ケイオスはどんどんと傍へと近づいてくる。

 そっと手のひらを差し出すと、ぷにぷにした前足で必死に登ってきた。

 その愛らしい仕草に、ティリアは思わず口元を緩めた。


「ふふ、可愛い……」


 丸石に腰掛けたティリアの膝の上で、ケイオスはしゃくしゃくとキャベツを食んでいる。

 そっとその体に触れると、ひんやりと冷たくぷにぷにした感触が伝わってくる。


(本当に、不思議な生き物だわ……)


 アルヴィスによると、ル・カルコルの見た目は巻貝から上半身を出している手乗りドラゴンだが、実際の生態はスライムに近い種族なのだという。

 とても臆病で基本的に巻貝の中に引きこもっており、移動や食事の時は外敵に襲われないようにこうしてドラゴンのような姿に擬態しているのだとか。

 こんなに臆病で愛らしい生き物も、希少な霊薬の材料として多くの密猟者に狙われているのだという。


(可哀そうに……)


 その怯えたような姿に、どうしてもかつての自分を重ねてしまう。

 そんな風にティリアが感傷に浸っていると、不意にのっしのっしと足音が聞こえてきた。

 顔を上げると、少し離れたところから非常に美しい亀がこちらへ近づいてくるのが見える。


 ――「ジュエルタートルの『ゲンさん』だ。この中では一番の最年長で、僕にとっても人生の偉大な先輩でもある。穏やかな気質だから、きっとティリアの力になってくれるはずだよ」


 そんなアルヴィスの言葉を思い出し、ティリアはあらためて目の前の美しい亀へと挨拶をする。


「おはようございます、ゲンさん」


 ティリアの挨拶に、ゲンさんは大きな欠伸で応えてくれた。

 その貫禄に、ティリアは感嘆の息を漏らす。


(きっと、色々な修羅場を潜り抜けてきたのでしょうね……)


 まるで幼い子供が背に乗れそうなほどの大きな亀。

 更にその甲羅は、まるで宝石のように美しい輝きを放っている。

 かつてその甲羅を目当てに乱獲され、今では絶滅寸前なのだとか……。


(あなたも、つらい思いをしてきたのね……)


 ゲンさん用の餌を用意し、彼がゆっくりと餌を食べている間にティリアは丁寧に甲羅を磨く。

 悪意を持つ人間に追われ、傷ついていた神獣たちが……今はこうして穏やかに暮らしている。

 少しでも、自分がその助けになれるのなら何よりだ。


「クルルゥ!」


 ついてきてくれたクルルも、嬉しそうにケイオスやゲンさんの餌をつまみ食いしている。


「クルル、あなた自分の分はもう食べたでしょう?」

「クルァ?」

「ふふ、とぼけちゃって」


 餌を取られたというのに、ケイオスもゲンさんも怒る様子はない。

 穏やかな気質だとアルヴィスが言っていたのは本当なのだろう。

 餌を食べ終わったケイオスとゲンさんが散歩へ出ていくのを見送り、ティリアは立ち上がる。


「さて、次は――」

「きゅーい!」


 一歩足を踏み出そうとした時、温室の奥から可愛らしい鳴き声と共に、小さな白い塊が突進してくる。


「きゅい!」

「ブラックサンダー!?」


 飛び込んで来たブラックサンダーを、ティリアは慌てて抱き留めた。

 ブラックサンダーはきゅいきゅいと鳴きながら、嬉しそうにはしゃいでいる。


「あなたのところへ行くのが遅くなってごめんなさい。お父様とお母様のところへ連れて行ってくれる?」

「きゅい」


 ブラックサンダーはひらりとティリアの腕の中から地面へ飛び降り、トコトコと歩き出す。

 温室の奥に備え付けられた小屋――それが、彼らユニコーン一家の棲家だった。

 まとわりついてくるブラックサンダーの相手をしながら、ティリアは餌の用意をし、おそるおそるトリスタンとイゾルデの美しい毛並みにブラシを通していく。

 こうして神獣たちと過ごしていると、あっという間に時間が過ぎていくようだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 確かに可哀想と言えば可哀想だけどその霊薬でなくては治せない病気があってそれを治すために神獣を狩ると言うのならそれは弱肉強食の自然界の摂理とも言えるのではないか?愛玩動物にしたいだの毛皮…
[一言] 眼福です〜光景が頭上に広がります。
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