20 神獣のお世話係
「お待たせいたしました、若様!」
ラウラが勇ましく別館の入り口の扉を開き、ティリアもその後に続く。
エントランスホールでは、既にアルヴィスが待っていた。
「きゅーい!」
アルヴィスと共にいたユニコーンの雛――ブラックサンダーが、ティリアの姿を見て嬉しそうに駆け寄ってくる。
「すごい……本当に懐かれてる……」
ティリアの足元にすり寄るブラックサンダーを見て、ラウラは驚いたように目を丸くしている。
「若様以外に懐かれてる人初めて見た……」
「ラウラさんは……?」
「私なんて全然! 何度もそのちっちゃい角で刺されたし」
「まぁ……」
確かに足元のブラックサンダーは、いっこうにラウラに近寄ろうとはしない。
ティリアにとっては、こんなに親切にしてくれるラウラこそが清い心の持ち主だと思うのだが……。
「ラウラがこう見えて欲が深い。それをブラックサンダーに見透かされているんだろう」
笑いながらそう告げるアルヴィスに、ラウラは不服そうに口を尖らせた。
「若様ひどい! 別にこの年頃の女の子としては普通です!」
「いつも外出用の新しいドレスが欲しいとか、どこかのお金持ちの御曹司と結婚したいとか言ってるじゃないか」
「そのくらい普通なんです! ね、ティリア!」
「は、はい……」
長年虐げられていたせいで、そんなたいそうな願望を抱くことすら諦めていたティリアだが……ラウラに話を振られて、反射的に頷いていた。
「ふぅん……」
そんなティリアを見て、アルヴィスは意味深に何かを考え込むような顔をした。
だがすぐに、けろりと表情を変え明るく告げる。
「まずは君の部屋に案内しよう。ラウラもご苦労だった。もう仕事に戻ってもらって構わない」
「はいはい、邪魔者は退散しますよ」
鼻歌を歌いながら、ラウラはこちらに手を振り去っていく。
少しだけ心細さを覚えるティリアに、アルヴィスは優しく声をかける。
「それじゃあ、行こうか」
「はい、よろしくお願いいたします」
アルヴィスが案内してくれたのは、屋敷の一室だった。
「ここが君の過ごす部屋だ」
アルヴィスの後に続いて部屋に足を踏み入れ、ティリアは驚きに息を飲んだ。
「こっ、ここが使用人の部屋……!?」
確かに、昨晩止まった客室よりかは幾分質素な造りだと言えるかもしれない。
だがベッドに書き物机にクローゼットに鏡台に……一通りの家具が揃った広々とした部屋は、とても使用人が一人で使う空間だとは思えなかった。
(すごい……伯爵家にいた時の物置小屋がいくつ入るかしら……)
あまりに驚きすぎて、そんなどうでもいいことまで考えてしまう。
「気に入ってもらえたかな?」
だがそんなアルヴィスの声に我に返り、ティリアはおずおずと口を開く。
「あの……ただのいち使用人である私にはもったいない部屋では……」
「君は家事使用人兼神獣の生育係。特に後者が重要だ。まだ自覚がないかもしれないが、神獣の世話っていうのは誰でもできることじゃない。特別な職務だ。だからこのくらいの待遇は当然だよ」
その言葉に息をのむティリアに、アルヴィスは慌てたように付け足した。
「あっ、いまのはあくまで一般論であって、そんなに気負わなくても大丈夫。神獣に近づくのを許してもらえるかっていうのが一番の難関だから、そこをクリアした君ならなんの問題もないよ」
そう告げるアルヴィスに、ティリアはほっと安堵の息を吐く。
(でも、気を緩めるわけにはいかないわ。アルヴィス様は私を信じてこの仕事を任せてくださったのだから、きちんと職務を遂行しなくては)
さっそくラウラに貰ったお仕着せをクローゼットに仕舞い、ティリアはあらためてアルヴィスへと向き合う。
「ありがとうございます。よろしければ続きの説明をお願いします」
「あぁ、まずはこの建物全体を案内しよう」
微笑んでそう言うアルヴィスに、ティリアはしっかりと頷いた。
公爵邸の離れとなっているこの建物は、やはり本館に比べると小規模だ。
それでもホール、応接間、書庫、キッチン、食堂など必要最低限の設備が揃っているようだった。
「洗濯が必要なものがあれば一日一回本館から取りに来る者に渡してくれ。君の食事についてはここで作ってもいいし、本館で他の使用人と共にとってもいいけど……どうする?」
「可能であれば、こちらで作らせていただきたいと思います」
……他の使用人に過去の経歴を聞かれた時に、うまく嘘をつける自信がない。
そんな思いから、ティリアはそう口にする。
だがアルヴィスは特に怪しむこともなく、鷹揚に頷いてくれた。
「わかった。食材はラウラあたりに届けさせよう。何か足りないものがあった時も彼女に言ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
深く追及されることがなかったので、ティリアはほっとした。
各所の説明をしてくれるアルヴィスの後を追いながら、ティリアは屋敷の構造を頭に入れていく。
どうやらそこまで広い建物ではないようだ。建物の中では、時折神獣の鳴き声や羽音が聞こえるのみで人の気配はない。どうやら神獣以外の住人はいないようだ。
これなら一人でもなんとか管理できそうだと、ティリアは内心で安堵した。
「さて、次は……温室の方へ行こうか」
建物の住居部分の説明が終わり、アルヴィスはもう半分――初めてこの屋敷の外観を目にした時に驚かされた、大きな温室部分へと足を進めていく。
住居部分と温室は、大きな木製の扉で隔てられている。
「昨日はこの先を見せられなかったね。……きっと驚くよ」
アルヴィスはそう言っていたずらっぽく笑うと、一気に扉を開け放す。
その向こうに広がる光景に、ティリアは思わず感嘆の声を漏らしていた。




