19 新しい人生、新しい生活
「よかったぁ~、若様の口説き落とし成功したんだ!」
アルヴィスに言われて、部屋の外で待機していたラウラにこの屋敷で働くことになった旨を報告すると、彼女は目を輝かせて喜んでいた。
「く、口説き落としなんてそんな……」
にやにやと笑うラウラに、ティリアは思わず頬を赤らめた。
遅れて部屋を出たアルヴィスが、そんな二人の様子を見て首をかしげる。
「……何かあったのか?」
「い、いえ……何でもないです」
「それならいいんだが……ラウラ。ひとまずはティリアに当面の備品支給を頼む。僕は先に別館に行っているから、準備が済んだらティリアを僕の下へ連れて来てくれ」
「了解でーす」
「ティリア、わからないことがあったら何でもラウラに聞いてくれ。……それじゃあ、待ってるからね」
「はい……!」
しっかりと頷いたティリアに笑いかけ、アルヴィスはその場を去っていく。
その姿を見送り、ラウラはどこか嬉しそうに口を開く。
「ふふ、若様ったら……ティリアには甘いのね」
「そうでしょうか……?」
ティリアの目から見て、アルヴィスは誰に対しても優しいように見えるのだが……。
「まぁ、名門公爵家のご令息だって割には奢ってないし、優しい方ではあるけど……ティリアには、特別に優しいってこと」
ぱちん、とウィンクしたラウラに、ティリアは気恥ずかしくなって俯いた。
そんな空気を変えるように、ラウラは明るく声を出す。
「よし! じゃあ備品支給と行きますか!」
「はい、お願いします」
上機嫌なラウラに続いて、ティリアは足を進める。
やって来たのは、使用人棟にある倉庫だ。
「えっと、この辺だったかな……」
どうやらラウラが探しているのはティリア用のお仕着せのようだ。
(でも、今朝頂いた……今着ているものがあるからそれで……)
ティリアはそう口にしようとしたが、その前にラウラは次々とティリアの手に衣装を手渡していく。
「はい、これが掃除用。こっちはお客様の前に出るときと軽作業用ね。レースが多いからうっかり破かないように気を付けて。あとこれは外出用!」
(お、多い……!)
手渡された少しずつデザインの異なるお仕着せを見て、ティリアは驚いてしまった。
伯爵家では、既に退職した使用人の一着のお古を修繕しながらずっと着続けてきた。
だからこそ、この待遇が信じられないのだ。
洗い替え用も含めて、ティリアの腕にはどんどんと真新しいお仕着せが増えていく。
「こんなに頂いてしまってもよろしいのでしょうか……」
「当然の権利だから問題なし! 洗っても落ちない汚れが着いたり、修繕できないくらい破れたらぱぱっと新品に替えちゃってね。このお仕着せを身に纏っている限り、私たちはどこにいても『リースベルク家の使用人』として見られちゃうから。みっともない姿を晒して、主人に迷惑をかけるわけにはいかないでしょ?」
ラウラの言葉に、ティリアははっとした。
(そういう考え方もあるのね……)
ティリアほどひどい扱いはされていないにしろ、リッツェン伯爵家はあまり使用人への待遇が良いようには見られなかった。
義母や義妹はすぐに使用人に怒鳴り散らし、恐れられていた。
「使用人にお金を使うなんてもったいないわ!」という義母の方針の下、皆いつまでも着古した仕事着を着用し続けていた。それも自腹でそろえたものだと聞いたことがある。
ずっと、それが当然だと思っていた。
だが、こうして外の世界へ出てみると……案外そうでもなかったのかもしれない。
「ティリアの部屋は別館にあるんだって。若様も待ってるだろうし行こっ!」
「はい!」
(……これだけ良くして頂いているのだもの。せめて、この待遇に見合う働きをしなければ)
そう自分に言い聞かせ、ティリアはしっかりと前を向いた。