18 もう一度、期待に応えたい
「……! ま、待ってください!」
ティリアは慌ててペンを持つアルヴィスの手を押しとどめた。
元の額からして信じられないほどの高給なのに、末端にゼロを足せば十倍だ。
どう考えてもメイド一人に出す給金の額じゃない……!
「お、お給金は今の額で十分……むしろ、多すぎるくらいかと……!」
「そうか、なら今の条件で話を受けてくれるかな?」
にっこり笑ってそう告げるアルヴィスに、ティリアは言葉に詰まってしまう。
ここでティリアが拒否すれば、アルヴィスはまた給金を吊り上げたり、もっと(いい意味で)とんでもない待遇を提示してくる可能性もある。
(そんなことをしては、アルヴィス様や公爵家の負担になってしまうわ)
……だから、仕方がないのだ。
そう内心で言い訳をしつつ、ティリアは肯定の言葉を紡ごうと口を開く。
ティリアの押しに弱い性格を把握したアルヴィスに、そう誘導されているとは気づかずに。
「……ご迷惑をお掛けすることもあるかと存じますが、私でよろしければ……このお話、お受けいたします」
「そうか……!」
ティリアがそう告げた途端、アルヴィスの顔がぱっと明るくなる。
「よかった……ずっとこの仕事を任せられる人を探していたんだけれど、きっと君に引き受けてもらうために今日まで空席になっていたんだろうね」
こちらに向かって優しい笑みを浮かべるアルヴィスに、ティリアは自然と頬が熱くなるのを感じた。
(わぁ……!)
伯爵家での仕打ちに冷たく凍りついていた心が、確かに温まっていくのを感じる。
そんな自身の変化に驚くティリアに、アルヴィスは真剣な顔つきに戻って告げる。
「そうだね……まずは簡単に、君にお願いしたい仕事のことを話そう」
「はい」
頷くティリアに、アルヴィスは続ける。
「リースベルク公爵家は王家より信任を受けて幻獣の保護活動を行っている。昨日君を案内した別館、あそこが王都における拠点だ。数は少ないが、何匹かの幻獣をあそこに保護して生育を行っている。だが……残念ながら幻獣は気難しくて、気に入った人間じゃないと世話をさせないし近くに寄ることすら許さない。だが現在は完全に人手不足で……僕が目を離した隙に、ブラックサンダーが屋敷から逃げ出す始末だ」
「まぁ……」
彼の口ぶりからすると、おそらく今まではアルヴィス一人で幻獣たちの世話をしてきたのだろう。
手が足りないのも当然だ。
「君に頼みたいのは、神獣たちの世話と別館での家事仕事だ。ブラックサンダーやクルルに好かれる君なら、彼らの傍に近寄ることは問題ないだろう。重労働だろうけど……頼めるかな?」
まっすぐにこちらを見つめるアルヴィスの目には、ティリアに対する信頼と期待の光が宿っていた。
もしも彼の期待を裏切ってしまったら……と考えると、体が震えそうになる。
だが、それ以上に……ティリアは彼の信頼に応えたかった。
(こんな風に思うのは、何年ぶりかしら……)
「無能」の烙印を押されてからは、ずっと周囲には踏みつけられ、自分を卑下して生きていた。
自分の能力を、存在を評価されたいと願うことなどおこがましいと、下を向いていた。
でも、もう一度……。
(私を見つけてくれた、彼の期待に応えたい)
勇気を出して、ティリアは真っすぐにアルヴィスを見つめ返す。
「……喜んで、お引き受けいたします」
「ありがとう、ティリア!」
ティリアの返事にアルヴィスは嬉しそうにティリアの手を握る。
いきなりの接触にティリアは驚きにあまり心臓が口から飛び出そうになってしまったが……それでも、少しも不快感はなかった。
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