17 雇用契約書……?
「お、おはようございます……」
翌朝、ティリアがおずおずと応接間に顔を出すと、既にそこで待っていたアルヴィスはにっこりと笑った。
「おはよう、ティリア。昨夜はよく眠れたかな?」
「はい、何もかもご親切にしていただき感謝いたします」
ティリアは意を決して、アルヴィスの下へと足を進めた。
今日のティリアは、ラウラと同じようなお仕着せを身に纏っていた。
朝にこにこと笑いながら客室へやって来たラウラが、ティリアに手渡してくれたのがこの衣装だったのだ。
お仕着せと一言で言っても、伯爵家で身に纏っていたようなぼろ切れとは何もかもが違う。
生地はしっかりとしていて、手触りも滑らかだ。
目立たない部分にもレースなど細やかな装飾が施され、公爵家の財力と権威が窺えるようだった。
(それにしても、なぜお仕着せ……?)
おそらくはブラックサンダーが破いてしまった衣服の補填なのだと思うが、わざわざお仕着せを選んだ意図がティリアにはよくわからなかった。
単に余っていたのだろうか。
王都では外へ買い出しに行く使用人も多い。少なくとも大きく裂けたスカートを身に着けて歩くよりかは目立たないが……やはりどうにも腑に落ちなかった。
そんな思いを抱えながらも、ティリアはアルヴィスに促されるままに応接間の椅子へと腰を下ろす。
「さて、昨日君に仕事を紹介するといった件だけど」
「あの、そこまでお世話になるのは申し訳――」
「こんなのはどうだろうか」
ティリアの小声での遠慮などものともせずに、アルヴィスはティリアの目の前に一枚の紙を差し出した。
「雇用契約書……?」
紹介状か何かだと思ったが、どうやらその段階をすっ飛ばしての契約書のようだ。
おそるおそる内容に目を通し、ティリアは驚きに声を上げてしまった。
「リースベルク公爵邸別館での家事使用人及び神獣の生育係……?」
信じられない思いで顔を上げると、アルヴィスは驚くティリアを見てにっこり笑った。
「どうかな? 君にぴったりだと思うんだけど」
「っ……!」
胸に様々な感情が湧き上がって来て、言葉に詰まってしまう。
最初に湧き上がってきたのは、確かな歓喜だった。
まだ、ここにいられる。
それはティリアにとって、願ってもないことだった。
だがそれと同時に、恐怖も感じてしまう。
また、あの時みたいに……期待した分だけ、ひどく傷つくのではないかと。
(それに、私にはアルヴィス様にこんなに優しくしていただく資格がないわ……)
きっとここで彼の話を断れば、もう二度と彼らと相まみえることはないだろう。
そうわかっていたが、これ以上ここにいては彼らにどうしようもない「無能」だということがバレてしまうかもしれない。
ティリアは後ろ髪惹かれる思いで、決死の思いで言葉を紡いだ。
「……大変ありがたいのですが、私にはもったいないお申し出です。きっと、もっと他に適した方がいらっしゃるはずです」
そう口にすると、アルヴィスは困ったように眉根を寄せた。
「そうか……」
話が通じたのだと、ティリアは胸に一抹の安堵と大きな喪失感を覚えたが――。
「わかった。給金の額が足りなかったのか」
「えっ?」
「神獣の生育係は重労働だ。これだけの額じゃ割に合わないと君が考えるのも無理はない。すまなかった」
そのままアルヴィスは、ティリアが目を通していなかった給金の欄――もともととんでもない高給だったところに、更にゼロを足そうとした。