16 リースベルク家裏会議
「……さて」
ティリアが胸の高鳴りが収まらないままベッドに入ったころ、アルヴィスは信頼できる使用人とテーブルを囲んでいた。
ラウラとシデリス……親の代からリースベルク家に仕えており、アルヴィスにとっては幼馴染も同然の間柄だ。
主人と使用人という境目はあれども、二人は割とズバズバとアルヴィスの欠点を指摘してくれる貴重な存在でもあった。
「率直に聞こう、お前たちはティリアをどう思う?」
そう問いかけると、ラウラはにんまりと笑い、シデリスは呆れたようにため息をついた。
「ふふ、若様もやっと人間の女性が気になるお年頃になりましたか? ……なんていうのは置いといて、とてもいい方だと思いますよ」
「ありがとう、ラウラ。僕も同意見だ」
うんうんと意気投合する二人に、シデリスは釘を刺す。
「わざわざそんなことを言うということは、彼女を屋敷で雇用するつもりですか」
「あぁ、彼女は神獣に認められる逸材だ。是非とも、一緒にブラックサンダーの生育に携わってほしいと思っている」
「……手放しに賛成はできませんね」
そう口にするシデリスに、ラウラは憤慨するように声を上げた。
「なんでよ! せっかく仕事を探してるって言うし、ちょうどいいじゃない」
「お前も晩餐の場で見ただろう。……あの女性が、本当に自分で言ったように『ただの使用人』だと思うのか?」
その言葉に、ラウラは「う……」と声を詰まらせ黙り込んだ。
やはり、彼女も気づいてはいたのだろう。
「あれだけの種類のカトラリーを、彼女は迷うことなく正しい手順で使ってみせた。その手つきも付け焼刃ではなかった」
アルヴィスの客人だということで、シェフたちはいつも通り上流階級御用達の料理――最上級のテーブルマナーが必要とされる晩餐を用意してしまっていた。
どうみても平民の彼女にそれ酷だろうと、シデリスはいつでも助け舟を出せるように見張っていたのだが……その必要はなかった。
ティリアは自分の目の前に次々と運ばれる料理に驚いてはいたが……食事の作法については戸惑うことなく優雅にこなしてみせたのだ。
「あれは、きちんと教育を受けた人間の所作だ」
ただのメイド……それも地方の貴族の屋敷の下働きが、あそこまで完璧なマナーを身に着けているとは考えにくい。
それ故に、シデリスはティリアを屋敷へ迎え入れるのを危惧していた。
何か裏があるのではないか……と。
「でもでも、厨房や給仕として働いていたのならそのくらい……」
「傍から見るのと実際に使ってみるのとでは雲泥の差だ。ラウラ、そういうお前は彼女のように完璧な作法で食事ができるのか?」
「うっ……それは難しいかもしれないけどぉ……」
途端に弱気になるラウラは置いておいて、シデリスは黙ったままの主人へ言葉を投げかける。
「若様、彼女は公爵家の内情を探るために派遣されたスパイの可能性も捨てきれないかと」
「……それはないな」
意外なことに、アルヴィスはシデリスの懸念を一蹴した。
シデリスは眉根を寄せ、再び主人に問いかける。
「その根拠は?」
「ブラックサンダーが彼女に懐いている。ティリアがこちらに敵意や害意を抱いているのなら、神獣がすぐに気づくはずだ」
「そのブラックマンデーの感覚が信用できると? あれはまだ分別の付かない子どもじゃないですか。いいように懐柔された可能性もあります」
「ブラックサンダー、な。そう簡単に神獣が懐柔できるのなら密猟者も苦労しないよ。彼らは人の心を見抜く生き物だ。ティリアが悪人なら、素直に屋敷へ連れてくるはずがない」
「ですがブラックサンデーは――」
「ブラックサンダー」
「ああもう! 前から思ってたけどその名前変ですよ! なんであんなに真っ白なのにブラックなんですか!」
「なっ……かっこいいだろう!?」
「率直に言うとダサいです。トリスタン、イゾルデときてブラックサンダーなのも統一感が崩れてマイナス百点ですね。正直若様のセンスを疑います」
「うぐっ……」
自身の渾身の名づけを否定され、アルヴィスは静かに傷ついた。
だが、今はいつまでも落ち込んでいる暇はない。
コホンと咳払いし、アルヴィスは話を戻そうと口を開く。
「とにかく……ティリアはお前が思うような悪人じゃない。彼女の口にした経歴に少々疑義があるのは確かだが……きっと、何か理由があるはずだ」
アルヴィスは初めてティリアと出会った時のことを思い出していた。
好奇心で屋敷から逃げ出したブラックサンダーを探している最中、アルヴィスは彼女を見つけた。
あんなに細く頼りない体で、それでも小さなユニコーンの雛を守るため、彼女は果敢に無法者の前に立ち塞がったのだ。
その姿を目にした途端、まるで傷ついた神獣を保護する時のように……胸の奥から熱い思いが沸き上がった。
何が何でも、彼女を助けなければ。
今思えば生身の相手にトリスタン――ユニコーンの成獣をけしかけるなどやりすぎた気はするが、後悔はしていない。
あと少しでも対応が遅れていたら、ティリアが奴らに傷つけられていたのかもしれないのだから。
「ブラックサンダーが屋敷から逃げ出したのは偶然だ。すぐに捜索に出た僕よりも早くにティリアがブラックサンダーを見つけたのは、決して打算や策略じゃない。きっと、引かれあったんだ」
もしも彼女がアルヴィスに……リースベルク公爵家に入り込もうと画策していたのなら、あんなに何もかもタイミングよく動けるはずがない。
彼女が純真な想いでブラックサンダーを救おうとしたからこそ、アルヴィスや神獣たちも彼女を放っておけなかった。
力強くそう口にするアルヴィスに、シデリスは観念したようにため息をつく。
「はぁ、若様がそこまで仰るなら反対はしませんが。厄介なことにならないといいですね」
「もう、もっと応援してあげたらいいじゃない! せっかく若様が人間の女性に興味を持ったのよ?」
「あれは野生の獣を保護する時のテンションとそう変わらないと思うが」
好き勝手に主人のことを評する二人のことは意識の外へと追いやって、アルヴィスはさっそく思案に入った。
あの遠慮がちな少女を、どうやって屋敷に留めておくかを。