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14 最後の晩餐

「わっ、すごい……!」


 目の前のテーブルには、数々の美味しそうな料理が並んでいる。

 見目も洗練されており、高級感が漂っている。公爵邸のシェフの腕前が窺えるようだった。

 その高級感あふれる品々に、ティリアは完全に気圧されていた。


(やっぱり私、とんでもなく場違いだわ……!)


 思わず回れ右して逃げ出したくなったが、笑顔のラウラに促されればそのまま席に着く他はない。

 ティリアの正面の席に腰を下ろしたアルヴィスは、こちらを見て優しく告げる。


「ティリアはどんな料理が好きなんだい? 何か要望があればすぐに用意するよ」

「い、いえ……そんな、畏れ多いです……」


 ここで料理に手を付けなかったら、「口に合わないのかな?」と勘違いされ、更にメニューが追加されてしまうかもしれない。

 それは申し訳なさすぎる。

 緊張で胃がひっくり返りそうだったが、ティリアは覚悟を決めカトラリーを手に取った。

 そっと前菜を口に運び……思わず声を漏らしてしまう。


「……美味しい」


 その言葉が自分の耳に届き、ティリアははっと我に返る。


(わ、私ったらなんてはしたない……!)


 慌てて手で口を覆ったが、そんなティリアを見てアルヴィスは嬉しそうに笑った。


「よかった、君の口に合ったみたいだね」

「は、はい……。とても、美味しいです……」


 豊かな味わいがじわりと舌に染み込んでいく。


(こんなに美味しい料理を口にしたのは、いつ以来かしら……)


「無能」の烙印を押されて以来、ティリアは粗末な食事ばかりをさせられていた。

 懲罰の一環として、食事を抜かれることも少なくはなかった。

 だから、こんなに豊かな食事を口にすると……気を抜いたら涙が出そうになってしまう。


(……きっともう、生涯こんなに素晴らしい食事を頂く機会はないでしょうね。最後の晩餐だと思って、存分に味わっておこう)


 ここを出たら、本格的に職探しを始めなければならない。

 無能のティリアに務まる仕事あるのかどうかもわからないし、奇跡的に職にありつけたとしてもこんなに豪勢な食事を口にすることはできないだろう。

 そんなことを考えながら、もう一口噛みしめた時だった。


(え……?)


 不意に、どこかから探るような強い視線を感じた。

 ちらりとそちらへ視線を向けると、壁際で使用人たちが静かに整列しているのが目に入る。

 その中には、先ほど相まみえた執事のシデリスの姿もあった。

 だが、誰もこちらへ視線を向けている様子はない。


(私の勘違い……? きっとそうよね)


 そう自分に言い聞かせ、ティリアは食事を再開する。

 すると、満足げにティリアを眺めていたアルヴィスが声をかけてきた。


「ティリア、今更だけど今晩はここに泊っていってくれ」

「そんな……そこまでご迷惑をおかけするわけには――」

「大丈夫、もうラウラに用意も頼んでおいた」

「えぇ、ばっちりです!」


 こちらへ向かってぱちんとウィンクするラウラに、ティリアは何も言えなくなってしまう。


(じ、準備が早い……)


 できるだけ早くここから去ろうと思っていたティリアは、さっそく予定が狂ってしまったことに少し混乱した。


「もし宿を取っていたのなら教えてもらえるかな。今から使いをやってキャンセルしてこよう」

「い、いえ……どこに泊るのかは決めていなかったのですが……」

「ならちょうどよかったね」


 果たして「ちょうどいい」といえるのかどうかはわからないが、にっこりと笑うアルヴィスの顔を見ていると、ついつい頷いてしまっていた。


「よし、時間もたっぷりできたことだし……よかったら、君のことを教えてもらえないかな」


 そんなアルヴィスの言葉に、ティリアの体は少しだけ強張った。

 ……遅かれ早かれ、聞かれるとは思っていた。

 できることならその前に逃げ出したかったが……ここに泊ることになった以上、ある程度の情報は明かしておかないと逆に不審だろう。


(……大丈夫、落ち着いて)


 王都への長い馬車旅の最中、ティリアはずっと考えていた。

 もし過去のことを聞かれた時に、どう答えるべきかと。

 もちろん、すべてを正直に話せる気はしなかった。


(伯爵家の娘だと名乗るわけにはいかない。なんとかうまく誤魔化さないと……)


 気を落ち着かせるように息を吸って、ティリアはそっと口を開いた。


「……ここに来る以前は、とある地方の貴族の屋敷で下働きとして働いておりました。ですが、仕事中に失敗をして主人の不興を買ってしまい、解雇され……新たな働き口を探しに王都へ来たばかりです」


 ……おかしくはない、はずだ。

 アントンがそうしようとしたように、働き口を求めて王都へやって来る若者は多い。

 ティリアもそんな一人……だと思ってもらえればいいのだが。


「なるほど……」


 ティリアの話を聞いて、アルヴィスは納得したように頷いた。


「ちなみに、その失敗というのは?」

「えっと……屋敷の絨毯に汚れた水をこぼしてしまいまして……」

「あはは、そのくらいならラウラは三日に一度はやらかしてるよ」

「若様! 嘘を言うのはやめてください! 三日じゃなくて一週間に一回くらいです!」

「たいして変わらないじゃないか」


 おかしそうに笑いながらそう口にするアルヴィスに、ティリアは呆気に取られてしまった。

 伯爵家でティリアがうっかり粗相をした時には、いつもひどい折檻を受けていた。

 だから、こんな風に……まるで何でもないことのように軽口を叩き合う彼らが、信じられなかったのだ。


(眩しい……)


 初めて出会った時以上に、彼のことを眩しく感じる。


(きっとアルヴィス様がこんなに優しい方だから、神獣にも好かれているのね……)


 彼のような人間に会うのは初めてだ。

 だからこそ……彼の一挙一動で心が揺らめく。

 彼という存在から、視線を外せなくなる。

 そんなことを考えている自分に気づき、ティリアははっとした。


(な、何を考えているの私は……)


 変な目で見られては、アルヴィスだってティリアを気味悪く思うだろう。

 せっかく客人として歓迎してくれているのだ。

 不審な行動は控えなければ。

 そう自分を律していると、アルヴィスが再び声をかけてきた。


「それで、就職先は見つかったのかな?」

「いえ、これから探すところです。あっ、でも……ブラックサンダーを助ける直前に、就職先を紹介してもらえそうでした」

「ブラックサンダーを救う直前? ……あのあたりで?」

「えぇ、親切な方があの辺りにあるお店の近くまで案内してくださって――」


 ティリアがそこまで口にした途端、すっとアルヴィスの纏う気配が変わった。

 まるで、温かな春から急に氷嵐の吹きすさぶ真冬に変わってしまったかのように。

 ぞくりとするような冷たい気配に、ティリアは思わず身震いした。


「やめた方がいい」


 真剣な目でティリアを見つめながら、アルヴィスは静かにそう口にした。


「あの周辺は治安が良くない。君がまた危険に巻き込まれてはいけないからね。だから、やめたほうがいい」


 アルヴィスの口調は、あくまでも穏やかなものだった。

 だがその奥に有無を言わせぬ威圧を感じ、ティリアはこくこくと頷くことしかできなかった。

 ティリアが頷いたのを確認し、アルヴィスは先ほどの恐ろしい気配が嘘のように穏やかに笑う。


「それはよかった! 仕事が必要ならこちらで君に合うものを紹介しよう。大丈夫、きっと気に入るよ」

「あ、ありがとうございます……」


 それからもアルヴィスは、先ほどの威圧感が嘘のように上機嫌に会話を続けた。

 ティリアは相槌を打ちながらも、ずっと気にし続けていた。


(あのアルヴィス様の態度……私が何か気に障るようなことを言ってしまったのかしら……)


 もしそうならば、謝りたい。

 父や義母や義妹……家族に好かれようと思うのは諦めた。

 だが、目の前の優しい青年には、できれば嫌われたくはないのだ。


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