13 「やっぱり、君は僕と同じだね」
「ティリア、どうやら君は神獣に認められる希少な存在のようだ」
アルヴィスの言葉に、ティリアは顔をこわばらせた。
『くるぅ?』
腕の中のクルルが、そんなティリアを見て不思議そうに首をかしげる。
(違う、そんなはずがないわ……)
――「……お前には失望した。伯爵家の後継として大切に育ててきたのに、まさか家名に泥を塗る『無能』だったとはな……!」
――「無能の分際で私の邪魔をするなんて! 本当にお姉様って使えないのね!!」
――「ティリア、いくら自分が無能だからってバーベナに嫉妬で当たるのはやめてちょうだい」
家族の言葉が、頭をよぎる。
そうだ、自分は何の才もない無能で。
誰にも選ばれないのが当然のことで。だから――。
(希望なんて、持ってはいけないのに……)
――「こんな時に言うのも何だけど……ずっと、君が好きだったんだ」
――「ここを出て、王都に行って……二人で新しい人生を始めよう。大丈夫、二人ならなんとかなるはずさ」
希望なんて抱かなければ、裏切られることもなかった。あんなに苦しむこともなかった。
(だから、私は……!)
『きゅーい!』
急に聞き覚えのある声が聞こえ、ティリアははっと顔を上げる。
見れば、目の前のアルヴィスの腕の中には、ティリアがここに来るきっかけとなったユニコーンの雛が抱かれていたのだ。
「こいつはブラックサンダー。この屋敷で生まれた子どものユニコーンだ。どうやら君の声が聞こえて飛び出してきたみたいだね」
『きゅい!』
ユニコーンの雛――ブラックサンダーは、ティリアの方を見て嬉しそうにぱたぱたと足を動かしている。
「お前もティリアの所へ行きたいんだろう? ほら」
まるでぬいぐるみのように小さなユニコーンを、アルヴィスはティリアの方へと差し出した。
反射的に、ティリアは腕を伸ばしブラックサンダーを受け取ってしまう。
『きゅきゅい!』
感じるのは、確かな重みとぬくもり。
ティリアの腕の中で、小さなユニコーンは嬉しそうに鳴いていた。
その姿を見ていると、胸の中に渦巻く黒い感情が少しずつ浄化されていくような気がした。
「……これでわかっただろう? こいつらは君に構われたくて仕方がないんだよ」
「ですが、私……とても、神獣に認められるような清い心の人間では――」
おそるおそるそう口にすると、アルヴィスは「なんだそんなことか」と笑った。
「僕も一応神獣に認められているようだけど、実はそんなに清い心の持ち主でもない。必要があれば嘘だってつく。だが――」
アルヴィスは真っすぐにティリアを見つめ、優しく告げる。
「少なくとも、神獣たちのことは本当に大切に想っているし何に替えても守りたいと思っている。それは、きっと君も同じだろう?」
ティリアはそっと、腕の中のブラックサンダーへと視線を落とした。
初めてこの子を見た時、不思議と捨て置くことができなかった。
危険な目に遭うことはわかっていた。それでも、自分と同じく踏みつけられ虐げられている存在を……見捨てることなど出来なかったのだ。
「…………はい」
小さく頷くと、アルヴィスは嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、君は僕と同じだね」
その笑顔を見ていると、自然と鼓動が早鐘を打つ。
ティリアは少しだけ熱くなった頬を誤魔化すように視線を落とし、慌てて話を変えようと口を開く。
「あの、公爵家にはどのくらい神獣に認められた方がいらっしゃるのですか?」
「それが……今のところは僕一人なんだ」
「え?」
「領地にいらっしゃるお爺様もそうなんだけどね。今この屋敷にいるという点では、僕一人で間違いないよ」
「そ、そうなのですか……」
てっきり国内有数の公爵家であれば、使用人の中にもそのような人物が複数いるものかと思っていたが……どうやら、そうではないらしい。
「だから、できれば君に――」
アルヴィスが何か言いかけた時、屋敷の玄関のベルが鳴る。
「……どうやら晩餐の準備ができたみたいだ。続きはそこで話そう」
アルヴィスはそう言ってティリアにひっついていたブラックサンダーとクルルを抱き上げ、屋敷の奥へと放す。
そして、自然にティリアの手を取った。
「それじゃあ行こうか」
「は、はい……」
またもや鼓動が早まり、ティリアはうまくアルヴィスの顔が見られなかった。