10 ほら、よくお似合いです
足を踏み入れた衣裳部屋と思わしきその空間には、ずらりと種々の女性用の衣装が並んでいる。
(ひいぃぃぃぃ……!)
ティリアはあまりの華やかさに完全に委縮してしまう。
そんなティリアの様子などどこふく風で、ラウラは次々に衣装をティリアに勧めていく。
「こちらなんてどうですか? 公爵夫人が若い頃に着用されていたドレスです。少し時代遅れかもしれませんが――」
(ひゃああぁぁぁ……!!)
「そ、そんな上等なドレスに袖を通すなんて畏れ多いです……!」
涙目になってぶんぶんと首を振るティリアに、ラウラはきょとんと首をかしげる。
「あら、こういうタイプはお気に召しませんでした? ならこういった大胆なのはどうですか?」
「ひぎゃ!」
次にラウラが示したのは、着用していない状態でも目のやり場に困るようなセクシー志向のドレスだった。
まったくもって自分が着用した姿がイメージできない。きっと色々な部分がスカスカになってしまうことだけは想像に難くなかったが。
「むむむ、無理です……!」
「やっぱりそうですよね! お嬢様にはもっと気品ある感じの方が良いかと思うんですよ。例えばこっちなんて――」
ラウラは次から次へと、ティリアに目もくらむような上質なドレスを勧めてくる。
ティリアは何度も「畏れ多いので結構です」と断ったが、ラウラは退かなかった。
「お嬢様、女性の衣服を破いておいて代わりの衣装も用意しないとなると、我がリースベルク家の沽券に関わります! それこそ若様には『往来で女性のスカートを破いてなんの償いもしなかった』なんて汚名が――」
「そ、そんなつもりでは……」
「なら、着てくださいますよね?」
ラウラはそう言って、にっこりと笑顔を浮かべた。
だがその笑みからは、底知れない圧を感じる。
結局、ティリアは押し負けてこくこくと頷いてしまった。
「よかったぁ……。大丈夫ですよ、絶対に似合いますから!」
そう言って、ラウラはあらためてティリアが気に入りそうなドレスを勧めてくる。
ティリアも観念して、できるだけ地味な一着を選んだ。
青と濃紺を基調とした、露出の少ないドレスだ。
「ふふ、きっとすごくよく似合いますよ~! お着替えのお手伝いをさせていただきますね!」
「ありがとうございます。……あっ!」
そこでティリアは、大事なことを思い出した。
(体の傷跡を見られたら、きっと変に思われるわ……)
ティリアの体には、いたるところに鞭打ちや火傷の傷跡が残っている。
着替えを手伝われたら、間違いなくラウラも気づいてしまうだろう。
(どうしよう……)
ラウラには醜い傷跡を見られたくなかった。
見られてしまえば、こんなに優しくしてくれる彼女も、自分に対する態度をがらりと変えるかもしれない。
義母や妹のように、蔑みの視線を向けられるかもしれない。
それが、とてつもなく恐ろしかった。
ぎゅっと自分を抱きしめるようにして震えるティリアに、ラウラは何かを察したようにはっと息をのむ。
そして……安心させるように、優しく口を開いた。
「……傷跡のことなら、気になさらなくて大丈夫ですよ」
「えっ……?」
「若様からお伺いしております。お嬢様があまり見られたくない傷を抱えているようだから、余計にあの状態で往来を歩かせるわけにはいかなかったと」
(そういえばあの時……)
ユニコーンの雛によってティリアのスカートが裂けた際に、隙間から見える範囲にも傷跡が残っている。
あの一瞬で、アルヴィスは気づいたのだろう。
(それで、あんなに強引にここに連れてきたのね……)
やっと彼の行動が(少しだけ)理解でき、ティリアはほっとした。
「さぁお嬢様。こちらへどうぞ」
ラウラに促されるままに、ティリアは鏡の前に立つ。
ぼろぼろの一張羅を脱ぎ、素肌があらわになると……ラウラは驚いたように息を飲んだ。
アルヴィスが見た足の傷だけでなく……ティリアの体には多くの醜い傷跡が残っていたのだから。
「……見苦しくてごめんなさい」
とっさにそう謝ると、ラウラはとんでもないとでもいうようにぶんぶんと首を左右に振ってみせる。
「いえ、それよりも……お怪我の手当ては――」
「昔のものだから大丈夫です。もう、触れても痛みませんので」
しいて言えば最近つけられた火傷の痕だけはまだ痛むのだが……変なことを言ってもラウラの手を煩わせるだけだろう。
「……承知いたしました。もしも痛むようでしたら、すぐに言ってくださいね」
そう言って、ラウラは懇切丁寧にドレスを着せてくれる。
きっとティリア一人ではうまく袖を通すこともできなかっただろう。
彼女がいてくれてよかったと、ティリアは心の底からそう思った。
「……ほら、よくお似合いです!」
ラウラに促され、ティリアはおずおずと顔を上げ目の前の鏡を見つめる。
遠くから見た時には気づかなかったのだが、ドレスにはあちこちに小さな宝石の粒が縫い付けられており、まるで夜空に瞬く星のようにきらめていていた。
そんな美しいドレスに対して、やはり着ているティリアは貧相でもったいないように思えてならなかったが……それでも、想像していたよりかは幾分まともに見える。
(よかった……。できるだけ汚さないように気を付けてお返ししなければ)
そう決意を固めるティリアに、ラウラはにっこりと笑う。
「じゃあ次は、お化粧とヘアセットですね!」
「え……? いえ、ユニコーンが破いたのはスカートの端だけなので――」
だからそこまで気を使ってもらう必要ない、と言ったが、ラウラは心外だとでもいうように大きくため息をつく。
「何をおっしゃるのですかお嬢様。ドレスを着るならそれに合うように全身をセットするのが私の務めです! こんな中途半端な状態でお嬢様を外にお連れしたら、他の使用人に鼻で笑われてしまいますよ!」
「そ、そうなのですか……?」
「えぇ、そうなんです! だから……セット、させてくださいますよね?」
笑顔でにじりよってくるラウラに、ティリアはまたしても白旗を上げたのだった。