1 「無能」と呼ばれた日
「ようこそおいで下さいました、リッツェン伯爵令嬢」
その日、リッツェン伯爵家の長女――ティリアは、期待と不安を胸に神殿へと足を踏み入れた。
つい先日八歳を迎えたばかりのティリアは、どの属性の魔力に素養があるのかを測定するためにこの場所にやって来たのである。
ティリアは未だにどの属性の魔力も発動できてはいなかった。
だが、この儀式をきっかけに魔法を使えるようになる子どもも多いと聞く。
(お父様は雷魔法の使い手でいらっしゃるし、亡くなられたお母様も優れた水魔法の使い手だったと聞いているもの。私だってきっと……)
どんな属性でもいい。ただティリアは、皆を唸らせるような優れた魔法の才が欲しかった。
そうすればきっと……。
(お父様も、私を見てくださるはず……)
ティリアの母は、ティリアが幼い頃に亡くなってしまった。
それからほどなくして父は後妻を迎え入れ、ティリアには腹違いの妹が生まれた。
母が亡くなってからもティリアは伯爵家の後継として丁寧に育てられていたが、「家族」としてはいつも疎外感を覚えていた。
父は義母や妹を溺愛していたが、ティリアに対してはどこか他人行儀で冷たく接する。
義母はあからさまにティリアを避けているし、妹は「お姉様ばかりいろいろなことを教えてもらってずるい」と駄々をこねる。
……ティリアにとっては、父や義母に愛されている妹こそが羨ましくてたまらないというのに。
「こちらへどうぞ。何も怖がることはありませんよ」
神官に案内されるままに足を進め、ティリアはごくりと唾を飲む。
目の前には、五色の宝石がはまった台座がある。
「こちらに手を触れさせると、適正に応じた魔石が光を放ちます。ただ魔石との共鳴により、反動で使用者自身の魔力が暴走してしまう危険もございます。お嬢様も少しでも身の危険を感じたら、すぐに離れてください」
神官の丁寧な説明に、ティリアははやる気持ちを押さえながら行儀よく頷いた。
「わかりました」
ティリアはずっとこの日を待ち望んでいた。
早く、自身の才を試したかった。
ティリアが優れた才を持っていると証明できればきっと、皆が喜んでくれる。
父は伯爵家の後継としてティリアを誇りに思ってくれるだろう。
義母だってティリアを認めてくれるだろうし、妹にも早く魔法を教えてあげて仲良くなりたい。
……あと少しで、何もかもがうまくいくはずだ。
「それでは、どうぞ」
神官の許可が降り、ティリアは小さく息を吸って台座へと手を触れさせる。
だが……ティリアの才を示してくれるはずの台座は、いっこうに反応を見せなかった。
「……おい、どうなっている。何故反応しない」
ティリアと共に神殿に来ていた父が、静かな怒りを滲ませながら神官に詰め寄った。
「何か不具合が発生したのか、あるいは――」
「もういい。ティリア、どけ」
顔を青ざめさせるティリアを押しのけるようにして、父が台座に触れる。
すると、台座の中の紫の宝石が強く光を放ち始めた。
これは、雷属性に反応する魔石だ。
ということは――。
「……台座の故障や不具合ではありません。どの魔石も、お嬢様の魔力に反応しなかったということです」
「なんだと……? ティリア、もう一度やってみろ……!」
父が震えるティリアの腕を掴み、再び台座へと押し付ける。
だが、やはり五色の魔石は反応を見せなかった。
つまりは、ティリアがどの属性の才にも恵まれない「無能力者」だということを示していたのだ。
……そう理解した時、頭が真っ白になってしまった。
父が怒声を上げて神官に詰め寄っていたのは覚えている。
後ろに控えていた義母が、蔑むような、それでいて勝ち誇った目でこちらを見ていたのは覚えている。
あと、はっきりと記憶に残っているのは――。
「……お前には失望した。伯爵家の後継として大切に育ててきたのに、まさか家名に泥を塗る『無能』だったとはな……!」
神殿を出た途端、父は恐ろしい形相でティリアを見下しながら、吐き捨てるようにそう告げた。
その瞬間、衝撃で心臓が止まりそうになってしまう。
――「無能」
それが自分のことを指す言葉なのだと、父にとって本当に自分は「いらない子」になってしまったのだと、ティリアは理解せずにはいられなかった。
くるりと背を向け、義母や異母妹を連れて、父は遠ざかっていく。
その背中を追いかけながら、ティリアは必死に懇願した。
「お願いですお父様! なんでもします、なんでもするから捨てないで! ひとりにしないで……!」
降りしきる雨の冷たさも、すべてを失った絶望も、今でもはっきりと思い出せる。
ティリアにとって、人生最悪の日の記憶だ。
新連載始めました。
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